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3.翻弄される

――次の日


 昨日はあの後、3人で猪鍋を囲み、早めに就寝した。

 就寝中も、狩り残しのワイルドボアや他の魔物が襲ってこないか警戒していたが、何事もなく朝を迎えることができた。

 昨日感じたもやもやは、取り越し苦労だったということだろうか。


「トメさん、お世話になりました。本当に助かりました」

「トメっち、猪鍋めちゃくちゃ美味かったぜ! また今度来た時はよろしくな!」

「はいはい、わたしも久々に賑やかで楽しかったねぇ。ケガしないように気を付けるんだよ」

「はい、ありがとうございます。トメさんもお元気で」


 早朝に俺達はトメさんと別れ、他の騎士団のメンバーと合流するため村長の家を目指す。


 それにしてもトメさんは一体何者だったんだ?

 昨日質問した時には、はぐらかされてしまったが、一般人でないことはあきらかだ。

 隊長に報告する必要があるだろうが、信じてもらえるかどうか……


「ダグラス、何を暗い顔して歩いてるんだ? ようやく街に帰れるんだから、テンション上げてこうぜ」

「なぁエリック、トメさんの異常性に気付いたか?」


 エリックは解体の場面は見ていないが、流石に猪鍋を食べたらワイルドボアの肉だと気付いただろう。

 ……気付いたよな?

 だとすれば、トメさんの動きの端々から異常性を感じ取れたはずだ。

 ワイルドボアの解体ほど派手ではないが野菜を切る時の包丁捌き、食器の片付けや布団を敷く際の身のこなし。

 無駄というものが一切無い、最適で最小限の動作。


「異常性……? うーん、異常なほど優しい婆さんだった、とかか?」

「……お前は普段からもう少し気を張ってた方がいいと思うぞ」

「そんなこと言ったって、普通の婆さんだっただろ? おっ、みんなもう集まってるみたいだな。早く行かないと、また隊長にどやされちまう」


 俺達は駆け足で隊長達の元へと向かう。


「ダグラス、エリック、お前達で全員だ。何か報告すべきことはあったか?」

「はい、隊長。昨日の夕飯の猪鍋がすげぇ美味しかったっす!」

「おぉ、猪鍋か。それは美味そう……いや、そんな報告はいらん! 他には特にないか?」


 エリックは気付いてなかったようだが、トメさんの件を報告しない訳にはいかないよな。

 国の利益になる、重要人物の可能性がある。


「隊長、よろしいでしょうか。私達がお世話になった家のトメさんというお婆さんが、めちゃくちゃ強いと思われます。恐らく、我らが青の騎士団団長よりも強いです。街へと招いて教えを請うなど、何らかの対応を取るべきかと」


「「「お婆さんが強い……??」」」


「……ははははっ! そんな訳ないだろ。山姥にでも化かされたんじゃねーか?」

「いや、本当なんだって! めちゃくちゃ強くて、ワイルドボアも包丁で一刀両断だったんだって!」

「真面目なダグラスでもそんな冗談言うんだな」

「いや――」


 騎士団のみんなは誰も信じてないみたいだ。

 確かに俺だってまだ解体しか見ていないから、本当にワイルドボアを倒したかどうかもわからないけど。

 ……こうなればもう少し残って、しっかりとした実力の把握と証拠を手に入れないとな。

 そうと決まれば――


「隊長! 今回の討伐、ワイルドボアの数が報告より異様に少なかったため、イレギュラーが発生している可能性があります。狩り残している恐れもあるため、私はもう少し残って警備にあたりたいと考えます」

「確かに私もワイルドボアの数が少ないとは思っていた。だが、周辺の状況から危険は少ないと判断したため、小隊として残ることは出来ん。なんとかダグラス一人くらいなら、後処理と警戒ということで残せると思うが、それでもいいか?」


 一人か……エリックくらいは付けてもらえるかと思ったが、騎士団も暇ではない。

 ここに人員を割くということは、他の場所が手薄になるということだ。

 それ以上の成果を上げられなければ、俺がここに残る意味はない。

 何としてでも騎士団のために、トメさんの力を貸してもらわなければ……!


「はっ! ありがとうございます!」

「何かあれば早馬でも使って連絡してくれ。では我々は行くぞ」


 俺一人を残して、他の騎士達は馬に乗って帰っていった。

 さて、俺は俺の仕事をするとしますか。

 トメさんの実力を見極めることと、建前ではあるがしっかりと魔物の調査もしないとな。

 とりあえずトメさんのところに行って、もう少し滞在させてもらえないか確認するとしよう。


「トメさーん! ダグラスです。いらっしゃいますかー?」


 すぐに玄関の戸が開き、トメさんが顔を出す。


「おやおや、何か忘れ物でもしたかね? 家には何も無かったと思うがねぇ。家の裏の方かえ?」

「いえ、魔物の生き残りがいないか、もう少し様子を見ようということになりまして。それでご相談なのですが、もうしばらく泊めてもらえないでしょうか?」


 トメさんの実力を見るには、なるべく近くにいた方がいいからな。


「あぁ、何日でも泊まっていきなさい。なんももてなしはできんが、それでも良ければねぇ」

「それで構いません。ご協力感謝いたします。あ、もしかして今日も山菜採りに行くところでしたか?」


 トメさんをよく見ると、カゴを背負っていた。

 ちょうど出かけようとしていたから、玄関の戸が開くのが早かったんだな。


「あぁ、そうだよ。山菜やキノコなんかを採ってこようと思ってね。ダグラス坊が泊まるなら、沢山採ってこないとねぇ」

「お心遣い感謝いたします。私もちょうど山へ調査に行こうと思っていたので、ご一緒してもよろしいですか?」

「もちろん構わんよ。ただ、山に入って危険だったことは今までないから、ダグラス坊の調査になるか分からんがねぇ」


 そりゃ、トメさんが危険だと感じるようなことがあれば、既にこの村は無くなっていただろう。

 一般的なお婆さんだったら、昨日のワイルドボアと遭遇した時点で終わりだ。


「はい、それでは参りましょう」



「はぁはぁ……」


 昨日も感じたが、この山は傾斜が急なところが多く、かなり険しい。

 それなのに……なんでトメさんはあんなにスイスイ登っていけるんだ!?

 急な坂の場合、真っ直ぐ登るのではなく、ジグザグに登ると傾斜が緩くなって楽に登れたりする……のだが。

 トメさんは急な坂でも真っ直ぐに、しかも平地と変わらぬペースで歩いていく。

 どんな足腰してるんだ……もうついていけない……


「ダグラス坊、辛そうだねぇ。それじゃあ、ここらで一旦休憩でもするかね」

「……はぁはぁ……ありがとう……ございます」


 トメさん、全然息切れしてない。どれだけ鍛えてるんだ。


「トメさん、すごいですね。こんなキツい坂もスイスイ登ってらして」

「いやいや、子供の頃からここらの野山を駆け回ってるから、これが当たり前になってるだけさね。ダグラス坊だってしばらく暮らしてれば、慣れてくるはずだよ」


 確かに毎日野山を駆け回っていれば、多少なりとも慣れてくるはずだ。

 山でのトレーニングは騎士団でも取り入れるべきかもしれないな。(※これが後の高地トレーニングの始まりである)


 それにしても、任務以外で(これも一応任務ということにはなっているが)久しぶりに山に登ったが、気持ちいいものだな。

 空気はキレイだし、高いところからの景色もいい。ここで寝転んでゴロゴロしたい。


「はい、お茶と干し肉だよ。汗をかいたら水分と塩分を補給しないとねぇ」


 なるほど、勉強になります。


「ありがとうござ――!!」


 なんだこの気配は……!?

 強大な気配が、ものすごいスピードで近付いてくる!

 俺じゃあ……いや、小隊が残ってたとしても、勝てないような相手だ……!


「トメさん! 強い気配が近付いてきます! 早くどこかに隠れましょう!」

「あぁ、大丈夫だよ。この辺に住み着いてる野良犬さね」


 いやいや、野良犬でこの強さだったら、世界は野良犬に支配されてますよ。

 でもトメさんがいれば大丈夫なのか……?


 不安を覚えたが、隠れる間もなく一匹の狼が現れた。

 だが、ただの狼ではない。銀色に見える綺麗な毛並みに、見上げる程の大きな体。

 こいつは――


「あの、こいつってフェンリルでは……?」


 フェンリルといえば危険度SSの災害級の怪物だ。

 神々にすら災いをもたらすと言われている程の強さを持つ。

 しかし、あまり人前に出てくることはないから、普段は気にすることはない。

 なるほど、そりゃあこんなやつがいたら、ワイルドボアの数が減るはずだよ。

 これも戻ったら報告しなければならない案件だな。

 ……無事に戻れたらの話だが。


「ポチや、また来たんか?」


 トメさん、本当に犬だと思ってるだと!?


「あの、もしかしてフェンリルなのでは……?」

「この子は犬のポチさね。前に干し肉を分けてやったら、味をしめて寄ってくるようになったのさ。これポチや、この干し肉はダグラス坊の分だからダメさね」


 すごい睨まれてる!?

 俺のせいじゃないから、俺を睨むのはお門違いですよ。

 トメさん、フェンリルを挑発するようなことはやめて、さっさと干し肉をあげてくれ!


「あの、俺は大丈夫なんで、干し肉はポチさんにあげてください」

「そうかえ? ダグラス坊は優しいんだねぇ。そらポチ、お食べ」


 トメさんが干し肉を投げると、フェンリルは飛びつき一口でペロリと食べてしまった。


『う~……』


 唸ってるけど大丈夫なのか?

 犬扱いしたことに怒っているのでは……?


『……まい!』


 喋った!?

 今『うまい』って言ったよな?


「今、喋りましたよね? やっぱりただの犬じゃないですよ!」

「犬が喋るわけないべ。怖い怖いと思ってると、幻聴が聞こえたりするもんさね」


 子供の頃、壁のシミが人の顔に見えて怖かったようなものだということか。

 魔物をも手懐けるこの手腕と、何事にも動じないメンタルコントロールも騎士団に取り入れるべきだな。これも報告しなくては。


「おや、これをくれるのかい? いつもありがとねぇ」


 おっと、少し目を離した隙に、フェンリルから草のようなものをもらっている。

 干し肉のお返しに山菜でも持ってきたのかな?

 意外と義理堅いやつじゃない……か――!!

 あれは、霊草『龍の髭』!?

 霊草『龍の髭』とは、ハイポーションの材料にもなる最高級薬草の一つだ。


「あのトメさん、それは霊草『龍の髭』では……?」

「これかい? これを干して作ったお茶を飲むと、腰の調子が良いんだわ」

「お、お茶……?」


 街では滅多に買うことも出来ない、買えたとしても金貨数十枚はするであろう霊草を、お茶として飲む……?

 霊草『龍の髭』をお茶にするなんて聞いたことがない。しかも、ちゃんと効果が出るなんて。

 これがトメさんが強く、若々しい要因の一つだろうか。

 もしかしたら、これはまだ学会でも知られていない新事実の可能性もある。

 金額的に騎士団に導入することはできないだろうが、これも報告だな。

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