2.出会い
「失礼! 本日、こちらでお世話になる予定の、青の騎士団所属ダグラスと申します! ご在宅でしょうか!」
俺は入り口の前で、声を張り上げる。
「はいはい、すぐに表に行くから、少々待っとってくれねー」
家の裏手から高齢の女性と思われる声が響いた。
まだ第一声を聞いただけで安心は出来ないが、少なくとも騎士嫌いではない様子でホッとする。
間もなく、60代と思われる白髪交じりで背が低い、しかしまだ足取りはシッカリとしている女性が現れる。
この国の平均寿命が60歳前後ということを考えると、かなり高齢と言えるだろうが、まだまだ元気そうだ。
「遠いところよく来たねぇ。魔物の討伐までしてもらって、ご苦労様でした」
「いえ、これも騎士の務めですから。こちらこそ、お宅を提供していただいてありがとうございます。改めまして青の騎士団所属ダグラスと申します。後ほどエリックという者も参ります。なるべくご迷惑にならないように致しますので、明日までよろしくお願いします」
「ダグラス坊って言うのかい。そんなに畏まることはないよ。わたしゃトメ。自分の家だと思ってゆっくりくつろいで行ってくれなぁ」
「お心遣い感謝致します、トメさん」
本当に優しい方で良かった。
そういえば、子供の頃に亡くなった祖母も、こんな風に優しかったと思い出す。
初孫だったから甘やかされていた、と言った方が正しいかもしれないが。
「辺境なもんで、なんのおもてなしも出来なくて申し訳ないねぇ。夕飯はイノシシが捕れたもんで猪鍋でも作ろうかね。この辺じゃ一番のご馳走だよ。わたしゃ裏でイノシシの解体してくるから、自由にくつろいでくれな」
「お一人で解体されるのですか? 大変でしょうから私もお手伝い致します」
「そげに大きくもないから大丈夫だけんど、どんなもんか見てみるかいね?」
「はい」
俺はトメさんに、家の裏まで案内してもらうことにした。
どんなに小さくたって、イノシシの解体を一人でやるのは大変に決まっている。
騎士団でも大きい獲物の解体は、複数人で力を合わせて行うのが当たり前だ。
それがお年寄りともなれば、言わずもがなだろう。
「ダグラス坊は、なんか苦手な食べ物はあるかいね?」
「いえ、私は――はっ?」
俺は目の前の光景に、目を疑った。
家の裏の作業台に『デーンッ!』と、大きなイノシシが置かれていたからだ。
……いや、イノシシにしては大きくないか?
というか、さっきまで任務で討伐していたやつに似ているような……?
何故、こんなお年寄りが危険な魔物を丸々持っているのか。
俺とエリック以外の騎士が、倒したやつを渡したのか?
……いや、数が多いから皮だけ剥いで、あとは埋めるか燃やすかしろという指示が出ていた。
だとしたら、どうして……?
「いえ、苦手なものはありませんが……それって、イノシシではなく、ワイルドボアでは……?」
「そげな大層なもんじゃないっちゃ。山菜を採りに行ってたら襲ってきたんだけども、ちょっとおどかしたらコロッと倒れちまったんだわ」
うーむ、その説明は無理があるというか、意味不明というか、誰が聞いたとしても信じることは出来ないだろう。
だが、見える限りではワイルドボアに外傷はない。
騎士団が倒したとしたら、剣による切創がつくはず。やはり騎士団が倒したものではなさそうだ。
どちらにしろ、こんな大物では一人で解体するのは不可能。エリックが来るのを待つとしよう。
「トメさん、これは流石に解体するのは無理でしょう。エリックが来るのを待っ――」
スパーンッ!!
ゴトッ
「ダグラス坊、何か言ったかいねぇ?」
「!! い、いえ……」
ワイルドボアの首を一刀両断だと!?
ワイルドボアの毛皮は硬いのが特徴で、よく防具にも使われる程だ。
騎士でも実力の低い者では苦戦するような相手だぞ。
それを包丁で……?
あの包丁、実はとんでもない名刀なのか?
「トメさん、一つ質問いいだろうか。その包丁はどのようにして手に入れたのだろうか?」
「これかい? これは何年も前に、この村唯一の商店で買った安物だよ」
「そ、そうですか」
それなのに刃こぼれ一つしていない。
これは皮の一番弱いところを見抜き、骨と骨の間を正確に真っ直ぐ狙う技術が必要だ。
……いや、それだけでは無理か。
いくら技術があっても、剣ならともかくこんな包丁では。
そもそも刃渡りも足りていないし。
まさか、魔力で刃をコーティングでもしているのか……?
スパパパパッ!
「――!」
考え事をしていて一瞬目を離した隙に、ワイルドボアが宙に舞っていた。
――と思った時には、皮、骨、部位ごとに分けられた肉が綺麗に並んで落ちてくるところだった。
トン、トン、トン、トン、トン!
作業台に整然と並ぶ、解体されたワイルドボア。
皮は迷いなく刃が入れられたために傷が無く、見ただけで最高品質の状態だとわかる。
一方、骨はどうしたらこうなるのか想像もできない、肉が一切付いていない本当に骨だけの状態。
ははっ、もしかしてトメさんって、俺たち騎士団よりも強いのでは……?
そんな疑念が生じる程の、いやもう疑念ではなく確信に近い感情を抱かせる程の美技。
騎士団に招いて、この国のために力を貸してもらうことも考えられるだろう。
「もしかしてトメさんは、高名な剣士であられたのですか……?」
「……? なんだいそれは? 最近はそういう冗談が流行ってるのかねぇ。わたしゃただの田舎のばばあだよ。イノシシの解体なんてのは、昔はみんな家の手伝いでやらされたもんさ」
「いやいやいや、そんな――」
「おっ! 美味そうなイノシシ肉だな!」
声に振り返ると、遅れていたエリックがいた。
しかし、これがイノシシに見えるとは、流石エリックと言ったところか。
ここぞという時は頼りになるのだが……まぁいい、まずはトメさんに紹介するべきだな。
「トメさん。こいつが本日お世話になる、もう一人の騎士であるエリックです」
「紹介にあずかりましたエリックと申します。今日は猪鍋なんて豪勢ですねー! 脂のノリも最っ高に美味そうだ!」
右手を額に当て、敬礼をしながら自己紹介するエリック。
はぁ……敬礼は我々騎士ではなく、警備隊などがするものだろうに、まったく軽すぎるな。
だが、他のやつがこんな態度をとると顰蹙ものだが、エリックがやると憎めないのが不思議だ。
キャラクターというやつだろうか。
「おやおや、元気な子だねぇ。昔はこの村もこんな子が沢山いて、もっと活気があったんだよ。こりゃあ、腕によりをかけて、美味しい猪鍋を作らないとねぇ」
「あざっす! 俺も火をおこしたり、お手伝いしますよ」
「それじゃ火おこしは任せようかねぇ。年を取るとしゃがむのも一苦労でね」
ほら、こんな風にエリックは、相手の懐に入り込むのが上手いのだ。
「優しそうな婆さんで良かったな」
「……そうだな」
こういうところ"だけ"はエリックを見習うべきだ、と俺は思った。