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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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緊急登板

 オレたちがアコニスを待っている間。ミルムの背からクロとダンジェが手を振ってくれていた。


「ヤッホー」

「試合は終わった~?」


 無邪気な二人に、思わず安堵のため息が出た。


「二人とも。それと、ミルムちゃんもありがとう!」


 バックネットに駆け寄ったミニュイが、部を代表して謝辞を述べた。


「それじゃピティエ、医務室に行くわよ?」

「はい……」


 足の激痛に項垂れるピティエを、肩を貸したリュクセラが支える。


「あ、オレも――」

「キャッチャーなんだから。アンタはアコニスを待ちなさい」


 そう言われては何も言い返せない。オレは黙って従った。


「ピティエ!」


 慌てた様子でアコニスが駆け寄って来た。そのことが嬉しくて、オレは少し目頭が熱くなった。


「大丈夫、なの?」

「はい。爪先を、負傷しただけなので……」


 視線を落とし浮かせた足を見た瞬間、彼女は言葉を失った。

 気まずい空気の中で、


「ごめん、なさい……っ」


 悔しそうに拳を握り締めるアコニス。そんな彼女を見て、ピティエは柔らかく微笑んだ。


「アナタが謝ることなんて、一つもありません。誰も悪くないんです」

(あ――――)


 どっかの誰かが言った言葉を、彼女はアコニスへと贈った。


「でも――」

「どうか、後のことは頼みます。チームを、勝たせてください」


 ピティエが頭を下げる。

 責任感が強く、生粋の投手《》気質きしつ。そんな彼女が、その台詞を吐くのにどれ程の葛藤かっとうを重ねたのか。想像しただけで胸が締め付けられる。

 しかし、アコニスは頑として首を横に振った。


「ちがう」

「えっ?」

「勝つのは――――みんなで、だから」


 ピティエにも最後まで戦っていてほしい。オレにはそう聞こえた。


「――――、ええ。そうですね……」


 どこか満ち足りた表情で、ピティエはグラウンドを後にした。

 去り際、観客席から拍手が送られた。

 それはそうだろう。毎回コールド負けを喫していた弱小チームがここまで善戦しえたのは、ピティエの存在が大きい。


 しかも、これまでたったの三失点。この実績は、他寮のエースでも難しい筈だ。

 オレは改めてアコニスを向き合う。

 マウンドで不遜に振る舞う孤高の投手は、もう居ない。仲間を気遣える一人の少女が、そこには居た。


「それで、肩慣らしの方は?」

「それが……」

「だよなぁ……」


 所在なさげにうつむくアコニス。五体満足で到着したからと言って、全てが丸く収まる訳ではない。最初から解っていたことだ。

 審判に確認した所、十球だけだったので無理を言って十五球で妥協してもらった。


 お陰で到着したばかりのアコニスに、十五球で肩を作れと無理難題を押し付ける羽目になった。素直に承諾してくれて何よりだった。

 マウンドに立ったアコニスは、ロージンバッグで指に滑り止めをまぶす。


 握りを確かめると、上体を限界まで捻転。

 ゆったりと沈み込んだ瞬間、白線を引く剛速球が投げ放たれた。

 響く轟音。ただ、ピークとは行かない。


(十五球投げても、いいトコ八割ってところか……)


 こればっかりは仕方ない。割り切らないと、今さら何を言っても始まらないだろう。

 十五球。アコニスが投げ終わった後、オレは駆け寄って彼女の様子を確認した。


「調子はどうよ?」

「さすがに、これ以上の速さは出ない……っ」


 厳しい視線をホームベースに向けていた。やはり肩が温まり切らなくて、本調子でないことが悔やまれるのだろう。だが、それでも球速はピティエと同程度。これなら勝負はまだ分からない。


「大丈夫だ。お前の投球に初見で合わせられる奴は居ない」

「本当に?」


 オレですら、ピティエが先に対戦していなければ十球使ってもアジャストは無理だった。

 その事を素直に話すと、納得したようだった。


「それで、サインは……」

「は?」

「サインの交換って、ピティエとどうやってたの?」

(おお――)


 まさか、ここまで協力的になってくれるとは。胸の奥にじんわりと、謎の感慨が襲って来る。


「おかあさんのことを考えてたら、思い出したの……」


 聞けば冒険者時代、草野球をしていたアコニスの母親から色々聞いていたらしい。

 恐らく、身売りに出されたことが原因で今まで封印していたのだろう。良い傾向だ。


「因みにだが、真ん中以外で思った通りに投げられるコースは?」

「それは……っ」


 言葉に詰まるアコニス。


「さすがに付け焼き刃が通用する相手じゃねぇぞ?」

「はい……」


 オレが釘を刺すと、真紅の双眸そうぼうを伏せて弱々しい返事をする。うん、これはこれでギャップ萌えだな。

 とりあえずオレは、直球とツーシーム、コースの基本的なサインについて教えることにする。


「じゃあ、教えるぞ? 直球は指で1、ツーシームは2だ。高目は手で持ち上げて、反対に低めは押し下げる。んで、サインの出す順番だが――」


 アコニスが熱心に聞き入るので、オレもついつい教えたくなる。そこをグッと堪えて最低限に留めた。


「正直、オレはお前に不安は感じてないんだぜ?」

「え?」


 何故なら、


「プレッシャーに強いのは、オレが一番よく知ってるからな」

「――、うんっ」


 オレが力強い笑みを向けると、アコニスも首肯を返してくれた。これなら大丈夫だ。

 所定の位置でマスクを被り直すと、審判の宣言で試合が再開する。


「緊急登板のところ悪いけど、打たせてもらうから!」

「フン」


 溌溂はつらつとしたプリメラに、鼻を鳴らしてふてぶてしく振る舞うアコニス。それでいい。


 遊び球は要らない。まずは直球をど真ん中。コースを指定しない時はど真ん中と打ち合わせてある。アコニスが頷き、大きく振りかぶった。

 そして、風を唸らせる白球が砲射される。


「ストライク!」

「……ッ⁉」


 驚愕きょうがくに目をくプリメラ。困惑を隠せていない。


(まあ、だろうな……)


 ナイスコース。立ち上がって返球した。

 アコニスの投球フォームで最も厄介な点。それは、肘の跳ね上げからの腕の振り。

 頭上に跳ね上げた肘を支点に前方へスイングするので球持ちがよくなり、より打者に近い所からリリースされるので球の減速も少なくて済む。


 そして、腕の振り方の違いという些細な差異が大問題。

 打者にとっては、ゆったりとして球持ちの長い投球フォームから突然剛速球が現れるので、非常にタイミングが取り辛い。


 一言で表すなら「来ないけど、来たら来たで物凄く速い」フォームとしか言えない。

 一見矛盾するような、要領を得ない説明になるのが容易に想像できた。


(この緩急の差が、このフォームの肝なんだよな)


 これには慣れるまで時間がかかる。しかし、そんな暇は与えない。

 二球目もど真ん中の直球でストライク。早くも追い込んだ。

 今度はクロスファイヤー。サインを送ると、アコニスはちゃんと一塁側に移動した。


 そこから投げる途中、セレスティーナが盗塁したがアコニスの目に映るのはミットだけ。

 結果は空振りの三振。最後はツーシーム。ボール一個分の変化が明暗を分けた。


「ハイ、ツーアウト二塁! ゲッツーあるよ? バック前進!」


 次の打者はペシェット。最終回のピッティングまでに少しでも体力を削るため、前進守備でプレッシャーを掛ける。形振なりふりなんか、構ってられない。

 一旦、オレはマウンドへ駆け寄りサインの確認をする。


「はい、コレなーんだ?」

「クロスファイヤー」


 正解。人差し指に中指をかけ交差させるのがクロスファイヤーのサイン。


「じゃあ、これは?」

「クロスファイヤー、解除のサイン」

「覚えているようで何よりだ」


 学業がふるわないアコニスは無教養なのもあるだろうが、やる気の問題が大きい。

 裏を返せば、地頭はそこまで悪くないとも言えた。


「その位置からなら、内と外の投げ分けができるだろ?」

「うん」


 後は体幹の使い方さえつかんでくれれば。しかし、今それを言っても始まらない。


「じゃあ、頼んだぜ」

「わかった」


 頷くアコニスにマウンドを預け、オレはベースの後ろでミットを構えた。


「本当に、すごい投手だな」


 サインを送る前、ペシェットがポツリと呟いた。


「そりゃあ、もう。自慢のエースですから」


 直球のサインを送りつつ、オレは小さくうなずいた。


「その言葉。ピティエにも言ってないだろうな?」


 この浮気者。そんな言葉が聞こえた直後、アコニスが投げ始めたので捕球に専心した。

 クロスファイヤーで真っ直ぐインコースを驀進した球はバットを掠めもしない。ストライク。


「ひでぇ言われ様ですね」


 別にいいけど。オレは苦笑するしかない。ピティエには一度も言ってない筈だが。

 ナイスコース。アコニスに声をかけ、窮屈な思いをして投球している彼女の気持ちを少しでも盛り上げる。

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