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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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96/108

追加点

(ここで使わせてもらうぜ)


 スローカーブを。インコースから外角のベース際に落とす。前の打席の記憶がこびりついているなら、間違いなく手を出して来る。


(勝負だ)


 サインに頷いたピティエは大きく振りかぶった。緩い球がホップしながらゆっくりと沈んでいく。この時のオレは、描かれる山なりの軌道に若干の違和感を覚えた。


(あ、ちょっとベースに――)


 スローカーブを狙い撃たれた。鋭い低弾道が左中間へ一直線。


「マジかよ……っ」


 狙われていたのかもしれない。外野の深い所で捕球したミカはラシーヌの中継を受けて二塁のベースカバーに入ったリュクセラに送球。またしても二塁打。状況は一死二塁。


 二打席連続安打。攻撃が繋がり、ユニコーン寮のベンチサイドもこれには沸き立った。

 すかさずオレはマウンドへ駆け寄った。その様子にピティエは肩を震わせて片肘を抱き寄せうつむいていた。


「ちょっと、手ェ出してみ?」


 球をグローブに移したピティエが、恐る恐る手を差し出してくる。それに下から触れ、掌を合わせると恋人つなぎで指を絡ませる。緊張で手が冷たくなっていた。

 その原因は解っている。


「怖かったよな。何度もバカスカファールにされて……」


 オレはほぐすように指をうねらせた。少しずつ、体温が戻って来る。


「すみま、せんでした……っ」


 瞳を潤ませ歯噛みする。本当に責任感の強い子だ。


「気にすんな。恐怖を抱くことは、悪いことじゃない」


 そもそも、人間は本能に抗えないし感情も制御し切れない。

 バカと言われれば途端に怒りと反発心が湧き上がるのは脳の生理現象で、自分の意志とは無関係だ。パルフェは本にそう記していた。

 大事なのは、折り合いを付けるということ。これも、本に書かれていた。


「次はフォーク。そんで、ツーシームの順番で投げるぞ?」

「え――」


 オレが配球プランを語り出すと、ピティエは狐につままれた顔を浮かべた。


「やれるか?」


 握った手をぎゅっと、少しだけ力をめる。


「ハイ!」


 合点がいったようで彼女は溌溂として声を張り上げた。


「よし。良い返事だ」


 その様子に満足したオレは、戻って再びピティエに対してミットを構える。

 右打席に立つのはペシェット。柔らかい表情でトップは力みのない構え。

 予定通り、オレは外角にフォークを要求。素直に頷くと投げた。


 ペシェットは素直に見送ってワンストライク。次にツーシームを内角に沈ませると振って来たのでファール。

 ツーナッシングなので一球ボールを入れる。外角のギリギリへチェンジアップだ。

 これも見送ってワンボールツーナッシング。


(なんか不気味だな……)


 余裕を感じさせる微笑が何故だか気に障る。ただ、少し目先を変えよう。牽制球を投げさせた。プリメラの帰塁が間に合ったのでワンナウトのまま。


(じゃあ、今度は――)


 高速スライダーを甘いコースから内角に落とす。ピティエがクイックで投球動作に入ると、突然プリメラが駆け出す。


「……ッ?!」


 踏み込みが甘くなり、制球が乱れた。


(三盗だとッ⁉)


 しかもリリースされたのは棒球。迷いなく振り抜かれたバットが快音を生んだ。


「クッソが……っ」


 立ち上がったオレは外野を越えて飛んでいく打球を睨みつけながら奥歯で苦虫を嚙み潰す。

 打撃重視と聞いていたから、盗塁に対する警戒が甘かった。それにしても、ここで仕掛けて来るとは。


(いや。まさか――)


 この回で勝負を決するつもりか。だとすれば、かさにかかって攻めて来るのも納得だ。


「ああ、クソッ」


 ここで二回目のタイムは取りたくない。ならばどうするか?


(なんとかするしかねえよなぁ。オレが)


 青ざめた顔で呆然と口を開けるピティエを、オレは力いっぱい抱き締めた。


「え? フ、フレーヌさまっ?!」


 目を白黒させて慌てているのが手に取るようにわかる。とりあえず十秒間。それから彼女の顔を見て向き合う。


「点なら九回で取り返してやるから。ピティエはしっかり投げろ」

「でも……っ」


 目尻の雫がきらめく。このままズルズル点を取られる未来しか見えていないのだろう。

 オレがピティエを育て間違った点が一つあるとすれば、それは逆境や敗戦を経験させなかった事だろう。


 こういう絶望的な状況に遭遇したことがないから、そもそも対処方法が分からない。

 だとしたら、女房役のオレが手綱たづなをしっかり握らんでどうする?


「大丈夫だ。一旦、頭を整理しよう。ピティエ、お前の武器は何だ?」

「……スモーキー投法」

「あとは?」


「腕の振りが一定なので、球種の見極めが難しい……」

「他には?」

「えっと――」


 目を泳がせて言葉に詰まる。オレはそこで笑顔を見せてやった。


「左右、どちらのバッターにもしっかり勝負できる、だ」

「あ――」


 クロスファイヤーにシンカー、それにスローカーブを始めとした変化球は、どんな相手でも十分勝負ができる。そういう風に育てて来た。


「まずは認めろ。あっちは甲子園を経験してる。今までで一番手強い相手だ」

「はい」

「それと、ここだけの話。三点までならまだ逆転ができる」

「え?」


 ピティエの手前、遠慮していたのだと素直に明かした。


「だから、大丈夫だ。自信を持って投げろ」

「ハイッ!」


 その後、ピティエは何とか踏ん張って後続をシャットアウト。七回の攻撃に移る。

 この回だけで二十三球。終盤を前に、もう八十球を超えてしまった。


(問題は八回だな……)


 次の回を三者三振に抑えても、またセレスティーナとプリメラに回って来る。

 オレは一瞬、ここには居ない少女のことを思った。

 だが、すぐに頭を振ってその思考を追い出す。


(それは多分、みんなが心に思ってることだ……)


 悲観的になったら、勝てるものも勝てない。


「さっきも言いましたが、とにかくスリーバントです。九回でオレが突破口をこじ開けるんで、それまでは徹底的に揺さぶりを掛けてください」


 開口一番かいこういちばん、オレはダグアウトにそろっているみんなに声をかけた。


「それをやれば、勝てるのね?」

「勝てるんじゃない、勝つんだよ」


 オレたちで。質問してくるリュクセラに、オレは毅然とした口調で断言した。


「もちろん、ヒットにできるなら、それに越した事はありませんが」


 好逑必打を否定するつもりはない。ただ、失投が期待できる状況ではないだろう。最終回までは。


「よし、わかった。やれるだけのことは、やってみよう」

「うん、そうだね♪」


 部長副部長が快く頷いてくれた。

 そうしてラタトスク寮の攻撃が始まる。

 オレたちは結局、何の取っ掛かりも掴めないまま八回まで来てしまった。


 〇                              〇


 八回が始まる直前。スリジエが口を開いた。


「…………認識を、改める必要があると思います」


 先の六回裏。一挙に三点を奪われたピティエは既に死に体。

 そんな楽勝ムードが、彼女の一言で霧散した。


「どういうことか、説明してもらえるかしら?」


 厳しい顔つきで眼鏡を直すオネット。周囲のチームメイトも、口を挟めるような雰囲気ではない。

 小さく頷いたスリジエは、訥々《とつとつ》と話し始めた。


「相手バッテリーは三巡目以降、ボール球を使って配球に幅を出して来てます」

「それって、普通じゃないの?」

「あれ? みんな、ボール球引っかけたりとかしてたんじゃないの?」


 アポリーヌの疑問にプリメラが更なる疑問をぶつけて困惑した。

 スリジエが二人の話を聞き終えると、


「恐らく、プリメラ先輩には警戒して最初から使っていたのかもしれません」

「そっかぁ……」


 プリメラは納得して何度も頷いた。

 配球の幅を広げたという証拠は、七回の攻撃。こちらが七球で終わったことに起因する。


 アポリーヌはセカンドゴロ、ブランジェールはファールフライで打ち取られた。

 それぞれ、ピティエが三球目を投げる前に。


「とにかく、相手はまだ試合を諦めていません。そうである以上、油断はできないかと」


 ご再考の程、よろしくお願いします。最後に頭を下げて締め括った。


「関係ありませんわ」


 バットを取り出したセレスティーナがダグアウトを出て、虚空に向かって突き出した。


「九回と言わず、わたくしがこの回で引導を渡して差し上げますわ!」


 勇ましく威風堂々《いふうどうどう》と。その姿に私を始め、誰もが目を奪われていた。


「そうね。ここで終わらせるくらいの覚悟で挑みましょうか」


 オネットが眼鏡越しに鋭い眼光をマウンドに向けた。

 皆もそれに同意した。

 現在、一対三。

 勝利を確実なものとするため、更なる追加点を――――

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