表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/108

本塁打

「ナイスボール。良い球来てるよっ バッター勝負!」


 そう、逃げるなんてあり得ない。ここで逃げたら、確実にやられる。

 じっくり行こう。自分に言い聞かせてしゃがみ込み、ミットを構えた。

 次は四球目。シンカーの立体的な軌道で幻惑する。投げ控えさせていたからまだ対応できていない筈だ。


(さあ、自信持って投げろ)


 オレのサインに、口元をグローブで隠したピティエが頷く。

 一塁側から角度を付け、枠の大外から外角の前側ギリギリに落とす軌道。これも特大ファールにされた。


(よしッ!)


 これで並行カウントまで挽回ばんかいした。主審から球を受け取ると、そのままマウンドに駆け寄る。


「ようやく追い込んだな。ここで直球をおとりに使うぞ?」


 内角高目を狙った際どいコース。最悪、ボールになってもいいこの球には手を出さざるを得ないだろう。


「はい」


 虚勢を張っている訳でもなさそうだ。これならカーバンクル寮の二の舞いにはならない。


「頼んだぞ」


 ボールを握り締めたピティエの手を、ミットと素手で包み込むように握り締めた。


「任せてください」


 良い返事だ。彼女の集中力に手応えを感じてオレは所定の位置に戻る。

 相変わらず凪の静けさを保つセレスティーナ。その不気味さに胃の腑がさっきから落ち着かない。微かな不安感に襲われる。


(よし、行くぞ)


 サインでコースを確認。意を決してミットを構える。さあ、来い。気迫の籠った眼差しをピティエに向けた。彼女は首を縦に振った後、大きく振りかぶる。

 放たれる渾身の剛速球。大丈夫、選球眼があれば見送っても――


(は――――?)


 乾いた音が響く。ミットに球は、来なかった。

 代わりに後方、外野の頭を超えて飛んでいく。

 追いかけるラシーヌの足が止まり、見送った。

 球場の境界を超えて、白球が跳ねた。


「ホームラン!」


 大歓声。割れんばかりの声量が三塁側の観客席を揺らしていた。

 同点のソロホームラン。待望の一発にユニコーン寮の生徒たちは大いに沸いた。


(なんつー強引な。あんなの有りかよ……)


 オレは立ち尽くし、呆然と見送るしかなかった。

 今の一球。直球は内角の隅より少し内側でわずかにボール半個分、高目に外れた球だった。


 お陰でセレスティーナもジャストミートとは行かず、差し込まれながら真芯を捉え損ねたと思ったのに。球は減速するどころか、スタンドまで到達してしまった。

 タイカップ式で芯が広いバットだったとはいえ、大した膂力である。


 これはもう、相手をめるしかない。

 悠々と塁を一周してきたセレスティーナが粛々と引き揚げると、そのタイミングでブリュムがタイムを取った。


(まあ、当然か……)


 一度、間を置いて気持ちを切り替えさせようとの心づもりだろう。そのご厚意にあずかることにした。


「さて、ピティエ。お前には、一つ言っておきたいことがある」

「はい……」

(ん――――?)


 ブリュムの言葉に、オレの幼馴染は項垂うなだれる。この流れ、ちょっと不穏じゃない?

 ただ周囲を見渡すと、被弾した投手を攻めようとする雰囲気ではない。


「まず、このタイムはな、ピティエ。ミニュイの提案によるものなんだ」

「え?」

「キャプテンの?」


 思わずオレは聞き返した。


『もし、同点になるようなことがあれば。一旦気持ちを落ち着けてもらうためにも、一回取って欲しいの』


 さすがキャプテン。投手経験があり、気配り上手な彼女らしい。


「それで、ここからが本題だ」

「はい」


 改まって自身と向き合う副部長に、顔を上げたピティエも居住まいを正した。

 う~ん。その前振り、必要だった?


「我々の投手は去年までミニュイだった訳だが。どうして敗戦投手の汚名を着せられながらも、ミニュイが先発としてマウンドに立ち続けたか。お前に分かるか?」


 その問いに答えられないピティエは、考え込んで沈黙する。


(ああ。間を取るって、そういう――)


 何か作戦を共有するとか、そういうのではなく。会話に時間をかけるという事らしい。


「すみません。解りませんでした……」


 すまなそうに目を伏せる。正直、オレにも分からん。

 何しろ、その場に居なかったのだから。少なくとも、ミニュイが根っからの投手だったからではない、というのは分かる。

 そうでなければ今回、ここまで打撃練習に集中しなかっただろう。


「答えは簡単だ、ピティエ。お前やアコニス、この寮の投手のためだ」

「どういう、ことですか……?」


 真意を量りかねるピティエが聞き返す。

 それからブリュムは、これまでのラタトスク寮野球部の歩みを語り出す。

 ミニュイと出会ったブリュムが野球を始め、ラシーヌが加わったタイミングで、ラタトスク寮は校内リーグへの参加資格が与えられた。


 といっても当時は三人しか居なかったので、試合の際は他寮から選手を補充していた。

 投手から捕手まで、出場機会に恵まれない各寮の選手がラタトスク寮の看板を背負って戦った。戦績は全て惨敗だったが。


 しかし、問題は結果ではない。


「ミニュイが、全ての試合で先発したのは。先発する権利を自寮で確保し、それを他寮に示し続けたのは。ひとえにウチの寮に来た後輩が、何の気兼ねなく投手ができるようにするためだ」


 つまり、ミニュイが登板し続けることで自寮で投手の優先権を確立するため。

 そうすれば出場機会に恵まれない他寮の投手にとって、ラタトスク寮で登板するうま味が無い。メリットがないから、登板する試合でいちいち揉めたりはしない。


「大丈夫、ピティエさん」

「何の話してるの?」

「よ~っす。凹んでない?」


 いつの間にか外野陣も集まって来た。噂をすれば、何とやら。


「同点になっちゃったね」

「申し訳ありません……」


 ラシーヌの言葉に目を伏せ、頭を下げるピティエ。


「ホントにまったく、この主従はさぁ……」

「え、オレも?」


 呆れた様子で腰に手を当てるラシーヌ。公開処刑ですか?


「別に責めてるワケじゃない。そんなに落ち込むなってこと」

「え?」

「紛らわしいなオイッ⁉」


 勿体付けた言い方に、オレはツッコミを入れざるを得なかった。


「全力で勝負した結果なんでしょ?」

「はい……」


 誰に何と言われようと、それだけは間違いない。オレもピティエも首を縦に振る。


「なら、しょうがないね。じゃあ、切り替えてこー」


 ラシーヌは「おー」と握りしめた拳を掲げた。

 なんか、力抜けるな。コイツが喋り出すと。


「うん。ラシーヌちゃんのいう通り、ここから切り替えていこう!」


 頬を上気させて微笑むミニュイがチーム全体を鼓舞する。


「当然。まだ負けたワケじゃないんだから!」

「そうだな。同点ならば、まだいくらでもやりようがある」

「だね。じゃあ守備も頑張らないと~♪」


「どんと来い、よ。その辺の練習も、しっかりやって来たんだから!」

「ん。ボクたちは、ちゃんとがんばって来た。これからも」


 仲間が口々に励まし合い、部長が円陣を組む。


「ラタトスクぅ――――――――――ッ!」

『ファイッ!』


 しっかりと大声を出し切り、オレたちはそれぞれの守備に戻った。


「よーしっ 私もホームラン、打っちゃうよ!」


 同点本塁打の勢いに乗ろうと、打席でプリメラが威勢よくえる。


(んなろー、そっちがその気なら……)


 まずはピティエが得意なスローカーブでリズムを作る。左打者に対し、外角のベース手前に落とす軌道で――


(いや。待てよ……?)


 安易な道は逃げじゃないのか?

 確かにリズムは大事だ。だが、そこまで今ピティエは調子を落としているだろうか?


(違う。ちゃんとタイムで気持ちは立て直せてる)


 そう考えるなら、ここはしっかり勝負球を投げるべきだ。

 シンカーだ。大外から外角、ベースの前側に落ちるコース。


(さっきの打席。コイツにはスローカーブを二球、お見舞いしてやった)


 だからそれは撒き餌に使って追い込む。

 一塁側から角度を付けて投げられた緩い球は、ゆっくりと大外から軌道を変え、ベースの前側に沈ん――

 弾ける打撃音。三塁線を逸れて特大ファール。


「よし。良い球来てるよ!」


 これでワンストライク。今度は高速スライダーで身体の正面から膝元に落とす。

 速球に臆せず踏み込むも、差し込まれて振り遅れてくれた。打球が後方に逸れて再びファール。ツーナッシングで追い込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ