中盤戦
オレが今、言うべきことは。
「ピティエが投げやすくなるよう、一球でも粘って、一球でも多くヒットが、点が欲しいです」
オレが一人頑張るだけじゃ、絶対に届かない。
「フレーヌさま……っ」
口元を押さえるピティエは目を潤ませていた。
「そんなの、当たり前でしょ」
「そうそう。そのために、いっぱい練習して来たもんね~♪」
リュクセラが胸を張る。ペリエは目を細め柔和な笑みを浮かべている。
「うん、そうだねみんな。この試合、ぜったい勝とう!」
『ハイッ!!』
キャプテンが拳を握り締めると、オレたちは力強い声で応えた。
かくして、オレたちの攻撃が始まる。
装具を外し終えると、スコアブックと睨めっこしている幼馴染の隣に座った。
「なあ、ピティエ」
「はい、フレーヌさま」
喜色を滲ませながら、不思議そうに首をかしげる。
「このチームに入って、ホントよかったよな」
頼もしいチームメイトの背中を眺めながら、オレはしみじみ呟いた。
「はい♪」
彼女は頬を上気させ、屈託なく笑った。
眩しい笑顔だ。
〇 〇
ファインプレーでレフトフライに倒れても、相変わらずセレスティーナは泰然としていた。
私にとって彼女は、本当に不思議な先輩だ。
打席の中で感情を露わにし、どれだけ熱くなったり悔しがったとしても、一歩打席を出ればケロリとした顔でベンチに戻って来る。
「――さて。ロニエさん」
「はい?」
突然、副部長から呼ばれた下級生の投手、ロニエ。
鉱人の彼女は例に漏れず小柄。そんな彼女は横手投げ《サイドスロー》の左腕。つまりはユニコーン寮の控え投手。
もっとも、投手だからといって簡単にマウンドを譲るつもりはないが。
彼女はセレスティーナの意向で自身の前に立たされた。
何か、粗相をしてしまったのだろうか。そんな不安に駆られたのか、彼女の横顔は青褪めていた。
それを知ってか知らずか。セレスティーナはロニエの双肩に手を置く。
「ありがとう。わたくしたちは、貴女との練習のお陰で、相手と互角以上に戦えてますわ」
「へ?」
唐突な先輩からの謝辞に、狐につままれたような顔を浮かべるロニエ。
だが、セレスティーナの言っていることは私は理解できた。
練習試合以降、彼女相手に対スモーキー投法への特打ちを繰り返してきた。
護法で安全を確保してからマウンドよりも前方に立たせ、クロスファイヤーの直球を中心に毎日、百球以上も。
「先程の打席で確信しました。わたくしたちの練習は、何一つとして間違ってはいなかったのだと。だからこそ皆さん、打席に立つときは常に自信を持って。自分たちのバッティングを心がけましょう」
事実、セレスティーナは二巡目直後にピティエのスモーキー投法にアジャストしてみせた。
完璧な当たりだった。あれで捕られたのはもう、相手が悪かったという外ない。
「わかった! じゃあみんな、行って来るねっ!」
現在は既に四回裏。喜色を弾けさせるプリメラが溌溂とした声を上げ打席へと向かった。
〇 〇
四回以降の中盤は、大きく試合が動くことはなかった。
ただ、少しずつではあるがユニコーン寮の脳筋打線に押されつつあった。
大分ファールが飛ぶようになった。しかし、それはまだ想定の範囲内。意図した配球でもあった。それでも、僅か二巡目でスモーキー投法に対応して来たのは驚嘆に値する。
オレたちが五回までに許したヒットは一本。
プリメラが先頭打者で出た時は少々焦ったが、その後はゴロやフライで後続のペシェットたちをしっかりと打ち取った。
下位打線相手にはピティエが三奪三振。
球数も五回を終わって五十九球。ちゃんと節約もできた。
お陰で細工は流々。三巡目以降、伏線をたっぷりと仕込んだオレの配球が本領を発揮する。
〇 〇
六回表。現在、一対〇でユニコーン寮が負けている。
中盤も折り返し、ここまで打ったヒットはプリメラの二塁打のみ。
運悪く相手のファインプレーがあったとはいえ、ここまで完封されるのも珍しい。
だが部長にして参謀の、オネットの見解はこうだ。
『別に焦る必要はないわ。相手バッテリーも、我々が確実に追い詰めつつある』
勝負は体力的に厳しくなってくる七回目以降の試合終盤――――ではない。
打順が一番に、セレスティーナに帰って来るこの回の裏。
三巡目になれば、相手も必ずどこかで消極的な逃げのピッチングをする。
『それでなくても、先攻した一点で逃げ切ろうと、絶対にどこかで無理をする』
そうなった時。一気呵成に逆転すればいい。
悲観する必要はない。けれども、できることは確実にこなす。
例えばそう、自分本来のバッティングとか。
私は部長の展望にどこか違和感を覚えつつ、抗弁の論拠を持たぬまま六回のマウンドに登った。
「さっきのようには行きません!」
その瞳にはまだ、敢然と立ち向かおうとする闘志が宿っていた。
何という事だろうか。打者としての素質にも恵まれていたなんて。今すぐユニコーン寮で引き取りたいくらいだ。
対戦相手ながらその逞しい精神に敬意を払い、こちらも全力で行かねば。
「その意気やよし。叩き潰し合い甲斐があるというものだ」
「負けません!」
結果は見逃しの三振。
丁寧な配球で初球はカットボールで差し込み、外角のシュートで狙いを散らした。
途中、カーブの合間に直球とスライダーをボール球に囮として使い打ち気を逸らし、最後はツーシーム。手を出しにくい外角の際どい所を狙い、三振を奪った。
「くっ…………」
二打席連続三振。悔しそうに歯噛みしながら、ピティエは打席を後にした。
これでもまだ闘志が挫けないのだから、本当に大したものだ。
「ワンナウト。この調子で行きますわよ!」
三塁手のセレスティーナが守備を盛り立てる。
――――そう。
私は今から、三巡目の打線を相手取る。
その先頭打者が問題だ。
「よろしくお願いします!」
威勢のいい声。打席に立つのはフレーヌ。ラタトスク寮の中でも図抜けた存在。
ここを抑え、追加点は奪わせない。私は決意を新たに、ロージンバックで指の滑り止めをする。
抜刀術を思わせる独特なスタイル。力む所がなく静謐で、腰の据わったいい構えだ。
ずっと、在野でひたすら貫き続けていたのだろう。その所作から自身と闘志が立ち昇ってくるようだ。
(望むところだ)
こちらも負けるつもりはない。
初球、大外から足元へのスライダーはボールになるコース。それを三塁側から角度を付けて投げた。
振り抜かれたバットが音を遠くに追いやる。そんな錯覚を感じた。
音断ちの剣。気迫の籠った太刀の一閃は音をも斬り裂く。そんなのは、逸話の中だけだと思っていたが。
「面白い……っ」
「そりゃどーも」
湧き出る喜悦に口角が歪む。校内リーグでこれ程の試合ができるのは、ルージュだけだと思っていたが、違ったようだ。私は今、投げるのが楽しくて仕方がない。
第二球は同じ位置からの直球。ストライクゾーンのギリギリ高目を狙ったクロスファイヤー。
打球がバックネットに叩き付けられる。ファール。僅かに振り遅れたようだ。
これで強く直球を意識してくれればいいのだが。
(そんな甘い相手ではないな……)
先程の打席でもそうだった。互いに全力で手を尽くし合い、ギリギリの紙一重の勝負。
だからこそ楽しいのだが。次の一球で仕留める算段を、スリジエと付ける。
(だが、粘るのだろうな)
こちらがどれだけ手を尽くしても。布石を最大限活用しても、想定を上回って食らいついて来る。
そんな相手だからこそ、これ程までに胸が躍るのだ。
(さあ、見せてもらおうか――)
フレーヌ・アベラール。貴様の打者としての足搔きを。




