チームの信頼
「ところで、シャルっち。ユニが一巡するまでにピティエが投げたのって、何球か分かる?」
「? ……二十四?」
ギャルデーニャの質問にシャルラは首を捻る。
「惜しい、三十球だよ♪」
しかも、あからさまなボール球は一度も無い。セレスティーナとプリメラ以外は全員三球三振だった。
「つまり、あのピティエって子がスゴいってこと?」
「ん~、それもあるけど……」
問題は、遊び球やカウントを整えるための球を使ってないことにある。
「分かりやすく言うね? 今のところ、配球に幅がないってことなの。あえて封印してるんだと思うケド♪」
破顔し愛嬌を振りまくギャル。
「偶然なんじゃ……」
釈然としない様子のシャルラ。無理もない。彼女は先週の練習試合でアコニスに三球三振を喰らっているのだから。
「でも、それはないわね」
私がギャルの説明を補足する。
それを否定する材料は、入学式前。
商会リーグの登板結果を持ち出せば簡単に説明できた。ピティエは一試合に登板し、九回を百三十球そこそこで完投していた。しかも無失点。
そこまで説明してやれば、誰も反論しなかった。
〇 〇
風を唸らせる素振りを数回繰り返した後、セレスティーナは再び打席に立つ。
「さて。先程の借りを返しに来ましたわ」
「別にいいですよ、まだ借りてても。利子はたっぷり弾みますぜ?」
不敵に笑う彼女に、オレは軽口で応じた。
「フッ その余裕、いつまで続くか見物ですわ」
不敵に笑うだけで応じない。そして悠然とバットを構える。
一巡目の打席での結果に堪えた様子が微塵もない。自信に溢れる立ち居振る舞いに、オレは警戒を強めた。
もう二巡目だが、まだ最低でもあと二回は打順が回って来る。ここはストライク先行で配球を組み立てたい。
(ちょっと試してみるか……)
初球に選んだのは高速スライダー。入れ込んで力むのか、それとも冷静に対処するのか?
まずはそこを見極める。
ピティエがサインに頷き、投球が開始された。関節の柔軟な腕が鞭のようにしなって振るわれる。
速い球は相手の正面から内角へ鋭く滑っ――――バットに掻っ攫われた。
(なっ――――)
風を斬り裂く鋭いスイング。体を開き、手元を引いて球から間合いを取って振り抜いた。
セレスティーナが放った打球は高く舞い上がり、一塁側の観客席へと落球した。
スモーキー投法にアジャストした瞬発的な腰の旋回。それを前にオレは戦慄し、背筋が凍った。捕手のオレでさえこれなのだから、投手であるピティエの恐怖は如何ほどであろうか。ここは駆け寄って様子を窺うべきか――
(いや、無いな……)
撃たれた訳でもあるまいし。ここは女房役の自分がどっしりと構えておくべきだ。
「ナイスピッチング。良い球来てるよ。この調子この調子♪」
「ハイッ」
立ち上がって山なりの送球。しゃがみ直したオレがミットをパカパカさせて愛嬌を出すと、彼女は溌溂とした声で応じた。大丈夫だ。今のところ、動揺は見られない。
まだ一球目。ここで逃げるという選択肢はない。
ミニュイの登板記録を見れば寧ろ、それは大握手でもある。
ここは序盤の山場だ。試合を優位に運ぶためにも、何としても投げ勝っておきたい。
(いや、勝っておきたいじゃねえ。勝つんだよ!)
自らを叱咤し、攻めの配球を貫く。
第二球目。緩い球がストライクゾーンの外から内側に大きく沈んでいく。
「フッ!――――」
ベースの深い所に落ちるハズだったシンカーは三塁線を切れて大きくファール。
綺麗なスイングに一瞬肝を冷やしたが、これで追い込んだ。
「っしゃあ、追い込んだ! 次は勝負球だ、行くぞ!」
審判からの球を、音が鳴る程度の球威で渡した。
「ハイ!」
先程よりも声に張りがある。問題ない、気持ちはノッてる。
次は内角低めへの直球。散々出し惜しみしたのは、この時のため。これで仕留める。
ピティエも即断で首を縦に振る。
(よし、これで――)
球が消えた。
外野は左翼の深い所へ飛んで行く。
「レフトバック――――――ッ!」
オレの声は最早悲鳴だった。
行くな、行くな、行くな。いくないくないくないくないくないくないくないくな――
立ち上がったオレは神に祈った。ホームランだけはやまてくれ、と。
「だいじょうぶ」
耳元でラシーヌの声が、聞こえた気がした。
左翼の深部をよく見れば、そこには地を這うように疾駆する中堅手の姿があった。
陸上のクラウチングスタート。そして地を蹴り、ラシーヌが超低空を飛んでグローブを突き出す。
誰もが固唾を飲んで見守る中。
判定は――
「アウトォッ!」
「っしゃあああああああああああッ!」
嬉しさのあまり、オレは吼えた。なんとか序盤を無失点で切り抜けた。これは大きい。
ボールバックしてダグアウトに戻ると、ラシーヌは手荒な歓待を受けていた。
「よく捕った。アタシの守備位置だったけど!」
「いや、普通に追い付いてなかったじゃん」
ミカが褒めるとすかさず反論した。
「本当にナイスファインプレーだったよ♪」
「ああ。値千金のキャッチだった!」
「凄いじゃない、アンタ。見直したわ!」
「ん。凄かった」
「おめでと~♪」
「本当にありがとうございました!」
口々に褒め称えられると、
「ぼくが取った一点だったからね。ちゃんと護ってやったのさ」
あくまでも淡々としていた。その冷静さがオレには羨ましかった。
それに比べて、オレと来たら――
(ダセェ。マジでクソダセェだろ。オレ……)
プロテクターを外しながら一人凹んでた。
何がこれで仕留める、だ。それで狙い撃たれちゃ世話ねぇぜ。
そう、セレスティーナは確実に狙っていた。迷いなく振っていたのが良い証拠。
勝負を急いでたのが見透かされ、撃たれても打球が飛びにくい最もリスクの少ない場所、内角低めの直球を待たれていた。
それを綺麗に掬い上げられた。もう一伸びでホームラン。取り零していたら三塁打で、且つピティエのテンション駄々下がり。連打になっても不思議じゃなかった。
三球勝負。いつの間にか、自分で作ったルールに自分が縛られていた。
「フゥ―――――――……」
反省しないと。セレスティーナのバッティングに、オレが一番ビビってた。
「ぜったい一人で落ち込んでるでしょ?」
「は?」
顔を上げると、そこにはラシーヌの顔があった。
「おわぁっ⁉」
驚いた俺は反射的に仰け反った。
「あのさ。この試合って、フレーヌ一人でやってるの?」
「はあ?」
ラシーヌの質問の意図が分からず、思わず聞き返した。
そんなことはない。ピティエは勿論、打撃ではミニュイだって頼りにしてる。
何より、全員で打順を回して球数を投げさせなければ――
「そりゃみんな、フレーヌより野球は下手だけどさ。でも、ぼくらはチームメイトなんだよ?」
だからこそ、
「もっとちゃんと、頼らないと」
「え――――?」
気付けば、みんながオレのことを見ていた。当たり前のことだが、そこには九人全員が。
ちゃんと頼っていたつもりなんだがな。オレは一体、どこで何を間違えたのだろうか?
「フレーヌさま」
ピティエが座るオレに一歩近づくと、
「申し訳ございませんでしたッ!」
「え、何?」
いや、本当にわけがわからない。目が点になる。
「フレーヌさまの配球は完璧でした。なのに……ッ」
あわや三塁打の一幕、全ての責任は自分にあると。彼女は自分を責めていた。
声色が湿っぽいのは、涙を堪えているのだろう。いじらしい話だ。
「いや、お前は悪くない。寧ろ――」
そう、悪いのは――
「はいはい。もういいから、そういうの」
湿っぽい空気を、呆れて嘆息するラシーヌが強制終了させた。
そして彼女は核心に迫る。
「ぶっちゃけこの試合、ピティエだけだと何点取られそう?」
平然と言いにくいことを。
言葉を濁すのは簡単だ。だが、それは多分。彼女の信頼を裏切ることになるだろう。
「……正直、今のままだと二点。取られたらマズい」
言葉を選んで慎重に。最悪、三点は取られるかと思ってるが、さすがにそこまでは口にできなかった。
「じゃあ、あと二点。ちゃんと取らなくちゃね」
みんなで。ラシーヌがミニュイたちに視線を振ると、それぞれ首を縦に振る。
ああ、そうか。
これが、みんなを頼るってことなんだ。
「現状、無失点で逃げるのは不可能に近いし、オレもまだヒットは打ててません。打線も二巡目にもなりますし、ヒットや強い当たりが出てきてもおかしくありません……」
だから、力を貸してほしい。
などと言うのは憚られる。思い上がりも甚だしい。




