高みの見物
多分、今ので仕留めきれなかったら、その時は直球のクロスファイヤーだったのだろう。
(――イヤ。考えても仕方ねぇな)
過去は変えられない。関心の輪の範囲内では、自分にどうすることもできなかった。
「ドンマイドンマイっ よく粘ってたよ!」
「あざっす」
駆け抜けた後、気落ちするオレに一塁コーチャーのミニュイが声をかけてくれた。
チームの主砲が弱気な所は見せられない空元気で彼女に笑顔を見せる。
「ツーアウト。バント警戒!」
オレが引き揚げる際、ペシェットが内野陣に呼びかけていた。
十二球にも及ぶ勝負の後も、全く油断していない。
(ちくしょー、やっぱ悔しいなぁ……)
思わず天を仰ぐ。
だが、いつまでもクヨクヨしては居られない。ピティエのケアも考えとかなくては。
「フレーヌさま」
振り向くと、オレのバットを手にしたピティエが立っていた。
「おう、ありがとな♪」
無理矢理にでも笑顔を作り、不安げな表情を浮かべる彼女の頭を撫でてやった。
「とりあえず、十二球まで粘ってみましたぜ♪」
勝ち誇った笑顔で、ピースサインしながらダグアウトに戻る。嘘は言ってない。
「この調子で球数投げさせていけば、六回には百球を超えます。勝負はそこからです」
既にペシェットの球数は六十球に手が届きそうだ。
人間の身体は百球を超えたあたりから、これ以上疲労がたまらないように防御反応としていくらか挙動を委縮させるらしい。
つまり、今まで通りには投げられないということだ。
そうなれば、ラタトスク寮の打線でもヒットが繋げられる。
「わかったわ。まだまだ勝負はこれからってことね!」
「これからこれから~」
「ん。がんばる」
「はいっ 頑張りましょうね♪」
口々に未来への希望を発してくれる。まだまだ勝負はこれからだ。
声援を送るために打席へ目を向けると、ラシーヌが奮戦していた。
直球のクロスファイヤー、真ん中へのスプリットを空振り。
外角を外れるカーブを見送り、直後の内角から内側に入り込むツーシームをチップ最後はど枠を外れたインコースからのスライダーを空振りして三振。三者凡退に終わったが、これで球数は六十四。
思った通りのハイペースだ。
三回裏の守備に就く前。オレは元ユニコーン寮の野球部に居たミニュイに確認しておきたいことがあった。
「ユニコーン寮ののバッターって見逃し三振は絶対にしちゃいけない、みたいな決まりでもあるんですか?」
実際、そこはさっきの回から気になっていた。
ミニュイの解答はというと、
「うん。そうだね。見逃し三振するくらいなら、空振りで終われ。みたいなことはずっと言われてたかも」
やはりか。そして、そこまで断言するという事は自分たちのバッティングに余程の自信があるのだろう。逞しい限り。
ならば、利用してやるまでだ。
「ありがとうございます。おかげで配球が決まりました」
どういたしまして。微笑みを向けて来ると、ミニュイは足早に外野へと向かった。
プロテクターを装着し終えたオレもピティエを連れ立ってダグアウトを後にした。
次の打順は下位打線から。
「お願いします」
落ち着いた様子の打者が来た。いや、さっきのブランジェールが煩過ぎただけか。
獣人の少女、ベレニスの構えを見てみると、自然体で強振を狙う素振りはない。
作業的省エネピッチングに反感を覚えたのは、スリジエだけらしい。
剣道の八相のように顔の右側面にバットをやや寝かせて静かに構える。
(まだ一巡目だし、初球は見て来るかもな)
だったら、ストライクを取らせてもらう。まずはカーブ。ストライクゾーンの外からベースの前に落ちるコース。
プレートの一塁側に立ったピティエが腕をしならせ、リリースポイントを隠匿しながら投げ放つ。
しかし、相手は迷うことなく振って来た。詰まらせてファール。
(カーブ打つのが得意なのか?)
なんとなく、違う気もするが。積極的に振って来るなら、次もカーブを投げたい所だが。
(やめとこ。次は――)
自分が抱いた違和感を信じることにした。次はクロスファイヤーからのフォーク。
空振りでツーナッシング。ここでインハイの直球で仕留めるのも手だ。
(でも、下位打線だしなぁ……)
直球を出し惜しみして他の球で打ち取ろうか。よし、そうしよう。
三球目は外角を掠めて逃げていくシンカー。右打者だと、これは手を出しにくい。
だからこそオレは、居合打法を編み出したのだが。
コクリとオレのサインに頷くピティエが投げる。一瞬浮き上がって山なりの軌道を描きながら外角へと切れていく。
予測が外れたベレニスがバットを出すも空振って三振。まず一人。
(ふむ。やっぱ見逃しは是が非でも避ける傾向にあるな)
ラストバッターは鬼人の女性、デボラ。上体を引き絞り、力を溜めているのは強振、つまり長打狙い。
寝かせたバットを肩で担ぐのは、直球に狙いを絞っている場合が多い。
(だったらよ。コイツでどうよ?)
せっかくなのでオレもピティエに直球を要求した。
(さあ。打てるもんなら――)
打ってみろ。ピティエの剛速球は内角の高目に鋭く切り込んで来る。振り遅れて空振り。
やはり初対決という事もあり、スモーキー投法への対処法が確立されてない。
外に逃げていくシンカーで追い込むと、外角に落ちるフォークで終わらせた。
「ハイ、ツーアウト! バッター勝負っ また外野に飛んでったら頼んますッ!」
ここからが二巡目。
〇 〇
ラタトスク寮 対 ユニコーン寮の試合。
一塁側の観客席に応援に来ているラタトスクの寮生は居なかったので、私は見晴らしのいい場所で観戦することができた。
それにしても、薄情な話ね。イザイアとかドマージュとか、特待生は自分の研究にご執心なのは周知の事実なのだけれど。
そのお陰で私たちカーバンクル寮野球部が一塁側観客席の一角を占有できるから、彼らには感謝した方がいいかもしれないわね。
現在、これから三回裏の攻撃が始まろうとしていた。
「それで、ルージュ。アナタはこの試合、どう見てるのかしら?」
上段の客席を振り返り、鬼人の女性に疑問を差し向ける。
「相変わらず底意地が悪いことを。お主、絶対分かってて言っておるじゃろ?」
燃え上がるような緋色の双眸は冷ややかな視線で睥睨してくる。
「まあまあ。新入部員も居ることだし、栄えある主砲様には親切な解説をして欲しいのよ」
私が嬉々として嘯くと、彼女は呆れたように腕を組んだ。
そして憮然としたルージュは一言、
「わからん」
それだけしか言わなかった。
「え? もう二巡目なんだし、このままユニコーン寮が圧勝するんじゃないんですか?」
反論するのは赤毛の後輩獣人、シャルラ。
ええ、そう。シャルラ、その一言が聞きたかったの。
もっとも彼女の場合、私怨が入ってるかも知れないけれど。
「……シャルラ。お主は一体、今まで何を見てたんじゃ?」
「えっ⁉」
呆れた様子のルージュにシャルラは困惑した。
「はい、ルージュ。そこを詳しく。アナタには、何が見えたのかしら?」
彼女は私の言葉に顔を顰める。後輩のためにも、是非。そうやって頼み込めば、ますます顔を歪めるから楽しい。そうなの。私、アナタのその顔が見たかったの。
「任せたぞギャルデーニャ。ワシは試合に集中する」
「かしこまり♪」
話を振られた淫魔族の同級生は敬礼をして快諾した。
「ルージュっちが言いたいのはね。ラタトスク寮のバッテリーはまだ、底を見せてないってことなんだよん♪」
「え?」
シャルラを始めとした野球部の面々が声を漏らして困惑していた。




