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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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アンジェリーク流の極意

 スリジエからのサインを確認しつつ、打席に立つピティエを視界に入れる。

 足幅を広く取り、エンドグリップを左脇に据えて両脇を締めヘッドをやや寝かせた構え。


 三回表の一幕に嚆矢こうしを放つため、私は大きく振りかぶった。

 初球。静止と見紛う上体の溜めを経て、三塁側から投げ放つ。角度を付け、高く外れたアウトコースから彼女の胸元に斬り込んでいくスライダー。


「クッ――」


 体を開いて対処するも、それを嘲笑うかのように球が寸毫の差でバットを躱していく。

 鋭いスイングに一瞬被弾を覚悟したが、まずはワンストライク。


(ふむ。あまり上体の溜めが、目くらましになっていないな……)


 甲子園で投げた経験からすると、二巡、三巡しなければまともに対応できないものなのだが。

 意外とあの幻術師がいい仕事をしたらしい。


(まあ良い……)

「ナイスコースです」


 スリジエからの返球を受け、球を握り直し二球目。

 次はアウトコースへのスプリット。意趣返しだ。

 スライダーよりも僅かに速いスプリットは、ピティエが出したバットの下をくぐり抜ける。ツーストライク。


 最後は直球。渾身の力で投げたソレはバットを置き去りにし、ピティエの胸元を抉り去ってミットに収まった。

 快音を轟かせる。私はこの、球がミットに収まる瞬間に発する音が好きだ。

 心が沸き立つこの音を聞くためなら、いくらでも投げよう。


「はあっ はっ…………っ」


 その場に崩れ落ち、肩で息をするピティエ。単に疲労ではなく、恐怖や混乱が一時的な恐慌を起こして緊張状態を身体に強いたために呼吸が浅くなっているのが原因だろう。


「大丈夫か?」


 心が折れた少女に私は声をかけた。しかし、それに答える素振りは見せず、のろのろと立ち上がったかと思うと、覚束ない足取りで打席を後にした。


 勝敗が懸かっている以上、私も手を抜くつもりはない。心が折れたとしても、後々には良い経験となっている筈だ。

 あれだけの球種を使いこなせるのだ。並々ならぬ向上心を持っているのだろう。


 彼女にはまだまだ上を向いていてほしい。だからこそ、格の違いを見せてやらねばならなかった。

 そして次の相手は――


「っしゃあ! 撃ってやるぜ、ホームランッ!」


 見果てぬ夢を。大言壮語もはなはだしい。

 先程三振に切って落としたのが、余り応えていない様子だ。

 まあいい。折れぬのなら、何度でも叩きのめそう。

 そう、折れるまで。


 〇                              〇


 完全に意趣返しだった。

 クロスファイヤーに外角に落ちる球。それはどう考えても、先程の省エネピッチングで見せたオレたちの配球。そこにスライダーを混ぜたのは、自分たちの方がうまくやれるという事の意志表示。


(ったく、澄ましやがって。内心バッチバチじゃねえかよ)


 舌を巻くのと同時に、そうでなくては面白くない。そう感じている自分が居ることも事実だったが。


「…………」


 呆然自失でベンチに引き返そうとするピティエが目の前に飛び込んで来た。


(これはマズいな……)


 考えてみれば当然か。三球三振。加えて球速も球威も、自分より上位のピッチングで。

 格の違いを見せつけられて、心を折られたか。

 このままでは、この後のピッチングに悪影響を及ぼしかねない。


(しょうがねぇなぁ……)


 迷っている暇はない。すれ違おうとするピティエをオレは力強く抱き締めた。淫魔族サキュバスの尻尾と羽が驚いてピンと伸びた。


「ちょっ フレーヌさまっ?!」


 目を白黒させているのが声の調子で分かる。


「悪いが、今はお前をへこませている時間もない。ピティエがチームのエースなんだから」


 アコニスが居ない以上、何としてでも踏ん張ってもらわねば勝てない。

 慌ててジタバタし出したので解放してやると、オレは彼女の両肩を握りしめる。


「いいか? 相手は甲子園での登板経験があるんだ。格上なのは認めるしかない。けどな? ピティエだった充分凄い投手なんだぞ?」


 なにせ、前世で甲子園出場経験のある正捕手のオレが育てたのだから。

 ピティエはいわば、オレの理想を体現した投手といってもいい。そんなヤツが、スゴくないハズがない。


「前にアコニスに言ったろ? 武器が違うって。なら、ピティエの武器ってなんだ?」


 球威か?それとも球速?いや、違うだろ?


「豊富な球種と、その見分け辛さ、です……っ」


 感極まり、喉を震わせながら答えを口にする。そうだ。オレは力強く頷いた。


「先に言っておく。お前の本領は二巡目、三巡目以降にある。お前が頑張れば、完封勝利だって夢じゃないんだ」


 たとえ相手が精強な重量打線だろうと。勝算は十分にある。


「――――、はい……っ」


 声が涙で湿りながらも、綻ぶ口端からは笑みが零れていた。


「よぅし、いい子だ。ベンチで待ってな?」


 すぐに帰って来てやるぜ。ピティエの頭をポンポンしてから、オレはペシェットの対決に臨む。


「っしゃあ! 撃ってやるぜ、ホームランッ!」


 そう、打たねばならない。

 ピティエや、チームメイトのためにも。そして何より、自分が自分自身であり続けるために。オレにだって、矜持プライドはある。


「大言壮語もはなはだしい」

「あ?」


「まさか貴様、既に私が全ての手の内を晒したと、本気で考えているんじゃないだろうな?」

「どういう意味だ?」


 思わず聞き返してしまった。

 それからペシェットは語り出す。さっさと投げろよ。


「我がアンジェリーク流の奥義は交叉法こうさほう、クロスファイヤーで間違いない――」


 だが、


「だとしても、我が流派の極意、積み重ねられた三百年の歳月の深奥を見せるのは、これからだ」


 はあ?


「馬鹿じゃねぇのか? お前」

「何?」


 オレの言葉に顔を顰めるペシェット。だが、バカはバカだ。


「たかだか十八の娘っ子なんかに、その三百年の深奥が体現し切れるかよ?」


 三百年の歳月と、積み重ねられた鍛錬自体には敬意を評そう。

 だが十五年足らずの修練で、それらが体現できてしまえるのなら。ご先祖さまたちの立場も無いだろう。

 それに――


「オレが今相手にしてるヤツは誰よ? 名前を言ってみな?」


 挑発めいたオレのセリフに、不敵に鼻を鳴らすペシェット。


「我が名はペシェット・デュボア。貴様を下し、勝者となる投手の名だ」

「そしてワタシはスリジエ。我が主の勝利を、陰から支える者」

「――――そうだな。頼りにしている……」

「お任せ下さい」


 う〜ん、このポンコツメイド。


「っしゃあ、来いや!」


 気を取り直して居合打法に構えて初球を待ち構える。さっき投げられた球種とコースは全て記憶してある。そらんじてもいいくらいだ。

 だから、同じコースで来たら――


「ん?」


 プレートの位置が違う。さっきまでは三塁側だったのに、今は一塁側先端部に足を乗せていた。そしてそのまま振りかぶる。


(マジかよ――)


 こうなるともう、先程までのピッチングとは別物に化けるぞ。

 振りかぶって第一球。角度を付けて内角から外角へと沈み込んでいく速球。


(シュート――)


 ホームベースをかすめて逃げていく球を必死に追い縋る。長尺のバットのお陰でチップできた。ファール。


「なるほど。そういうコトか……」


 アンジェリーク流の極意は、プレートと踏み込み足の相対的な位置関係にある。

 勇者パルフェより伝授されたクロスファイヤーは奥義。そこから逆算し、プレートに足を掛ける位置と踏み込む足の位置で球に角度を付ける方法を見つけたのだろう。


 角度を付ければ見え方が異なる。そうなると別の変化球を相手にするのと同義。


(決闘の時は、あくまで自分自身の能力で勝負したかったからか)


 だからあの日、極意までは使わなかった。

 恐らく、コレでペシェットの手札は全部。それにプレートの位置や踏み込み足をイジるなんて、リスクがどこかにある筈だ。


(ここは悲観する場面じゃない)


 底を見せてくれたことに感謝しなくては。


「面白くなって来たなぁ、オイッ!」


 思わず猛った笑いを浮かべてしまう。

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