ベンチでの作戦会議
「まずはピッチャーの武器と、持ち球を踏まえる」
球速や制球力、各球種など。配球を組み立てる上で特徴を把握するのは大前提。
「そっからバッターの特徴を考慮しつつ、どうやってストライクを取るか? もしくはゴロやフライといった、打ち損じをさせるかを考えるな」
オレは積極的にストライクを取りに行くのが好きだからな。配球は攻めるぜ。
「ふーん」
聞き終えると、ラシーヌは三つあるヤカンの一つを取ってコップに注ぎ、冷水で喉を潤す。何か考えているような顔を浮かべていた。
いい傾向だ。ただ指示を待つのではなく自ら考え実行し、その結果成功を掴んで自信を深めればモチベーションも上がる。
「それにしても。大胆な配球だったね? セレスティーナさんやプリメラさんに直球を使わないなんて」
「それはですね――」
簡単な話だ。オレがクロスファイヤーの存在を知っているのは、練習試合の時点でペシェットも理解していた。だから、何かしらの対策をしているのはオレも予想済みだった。
大打者がストレートをかっ飛ばすなんてのは自明だったので、投げないことで敢えて意識させて注意力が散漫な状態に陥れた。
「そっか。そういう考え方もあるんだ……」
顎に手を当て、納得した様子で何よりだ。
「あれ? 何を投げるかなんて、ピッチャーが考えるんじゃないの?」
「ん?」
ミカの疑問にオレは怪訝な顔を反射的に浮かべていた。
「えっとね……」
苦笑を浮かべる。
というのも、去年までは経験豊富なミニュイが投手で配球も本人が考えており、ブリュムは来た球を捕るだけだったらしい。
ただ、ここでブリュムを責めるのはお門違いだ
「配球を考えるのって、本当に経験値が無いと難しいですからねぇ……」
「うん。本当にね……」
一試合トータルで考えるとなると、余裕で百球は超える。それと、前の打席と似たような配球だと簡単に予測されるから、前の打席で投手に何を投げさせたかを覚えていられる記憶力とかも必要になってくる。
それも、各打者の特徴や狙い球を考慮しながら組み立てないといけないから本当に重労働だ。人によっては頭がパンクするレベル。
「じゃあフレーヌちゃんは、あっちのバッテリーが何を考えてるか? とかって、分かったりするの?」
「ああ――」
同じバッテリーとして。ペリエは中々鋭い所を突いて来る。同じ武芸科のリュクセラも、質問の要旨を理解したようだ。
「そうだな。やっぱり前にキャプテンから聞いた通り、打たれたくないって考えが先行してる気がするな」
前の決闘で飛ばしたスライダーを出し惜しみしたり、特大ファールにしてやった直球も投げ控えたし。
極めつけは、事前情報のない初球でスプリットを投げた事と、ラシーヌの初球にボールになるスライダーを投げたこと。以上の理由から、そう結論付けた。
「じゃあさ。アイツらがアタシに何投げて来るかとか、わかる?」
「おい――」
「まず、三球は見逃しても大丈夫です」
ブリュムの言葉を遮り、尋ねて来るミカに具体的な方策をアドバイスした。
考えた結果分からないから、分かるヤツに聞く。これも、一つの試行錯誤だ。
「――んで。四球目を思いっきり振ったら、次はボールになるんで。六球目で勝負です」
「よしっ これで勝てる!」
ミカは力強く拳を握り、打つ気満々だ。
バットを出せば何かある、それが野球。見逃すよりずっといい。
横で渋い顔のブリュムは、ミニュイがまあまあとなだめていた。
「それじゃ、いってきま~す♪」
『いってらっしゃーい!』
六番打者のペリエを全員で気持ちよく送り出す。ネクストバッターサークルにはリュクセラが赴き、ミニュイとブリュムがコーチャーに回った。
これで三者凡退でも、次の回はピティエとオレからの好打順。ヒットが出ても出なくても、どっちでも美味しい。
ペリエもオレのアドバイスを聞いていたらしく、三球目までは待球。四球目をフルスイングし、五球目は身体を泳がされながらもカーブをカット。六球目を見送り、七球目の直球を空振り三振。
三振したリュクセラも、七球目まで粘ってくれた。
「っしゃあ、来い!」
口角を吊り上げ、意気揚々とミカが打席に立つ。
初球はインコースの高めに直球が外れてボール。
剛速球を目の当たりにしたミカは、身体を硬直させていた。
(あれ? ちょっと怒ってます?)
ザコは調子にのるなって、コト?
後の二球もじっくり待球。というよりは、ビビってが出てないようだった。マズい。
「ミカ先輩っ こっからです、こっから! 積極的に振っていきましょうっ!」
「そうそう、思いっ切り振れ!」
「ミカちゃん先輩、がんばって~!」
オレたち武芸科の声援で、ようやく我に返るミカ。
「よし、まだまだ!」
そう、それでいい。ただ、カーブへのタイミングはもう少し頑張ってほしかった。素振りじゃないんだから。
しかし、オレの不安を他所に五球目もボール。これでフルカウント。
最後は内角からど真ん中に決まるカットボール。あえなく三振でチェンジ。
(う~む。やっぱ、ストレートとスライダーは外して来てるな……)
向こうのバッテリーとしては、それらを釣り球に使いたいのだろう。
ただ、こちらは待球策を講じているのでうまく機能していない。それが救いだった。
〇 〇
「それで、もう一度確認するけど――」
ピティエの球種は直球、ツーシーム、フォーク、チェンジアップ、シンカー、シュート、カーブ、そしてスライダー。合計八種類。
「これが相手の全球種と断定します」
眼鏡を直すオネットは強気だった。
「でも、まだまだあるって――」
「はったりに決まってるだろ。そんなの」
フレーヌの発言を真に受けているチームメイト。報告するんじゃなかったな。
「――そうね。投手の意見としては?」
「私も、それ以上の球種があるとは考えられません。習得には、それなりの練習期間が必要ですから。簡単に覚えられるものでもありません」
そもそも、変化球の習得はそれだけで一つのリスクだ。
変化球はそれぞれ個別のものではなく相互に影響し合い、ともすれば新しい変化球を覚えたことによって既に習得していたものが弱体化するなんて事も少なくない。
それに、十代の少女が十種類以上も投げ分けられるとは、到底思えない。
ただ、一つ言っておくことがある。投手としての、ピティエに対する所感だ。
「皆さんに、はっきりと申し上げます。ピティエは天才です」
ある者は息を呑み、ある者は感嘆を漏らす。
具体的に説明すると、腕の振りだ。シュートだろうとスライダーだろうと、彼女のフォームは変わらない。
普通、どちらかの腕の振りが変質して特徴的になり判別しやすくなるのだが、ピティエに限ってはそれが全くない。腕のしなりや肘の使い方から見て恐らく、通常よりも関節が柔らかいのだろう。それなら一応、説明が付く。
確かに球速は生来のものだが、あの柔軟性もまた天性のものだ。
「だからといって。弱気になる必要なんて、全くありませんわ!」
腕を組んで胸を張り、余裕の笑みを見せるのはセレスティーナ。
「たとえ、相手がどのような投手であっても。わたくしたちは自分のバッティングをするだけですわ。我らユニコーンの意地、たっぷりと見せ付けてやりませんこと!」
その言葉に鼓舞され、プリメラを始めとしたチームメイトが声を上げる。
「思い切りの良いバッティングは、それだけで投手にとって脅威と映ります」
(フレーヌ。貴様はそのことに、気付いているのか?)
ピティエは恐らく、フレーヌにとっての従者なのだろう。
アコニスという眩い才能に目を奪われ、台無しにされないことを願う。
私は、この時ばかりは後輩の投手の身を案じずには居られなかった。




