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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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83/108

脳筋打線

「さっき、ぼくが一杯走って点入れたんだから。みんな、簡単に取られないでよ?」


 守備に散る際、珍しくラシーヌが全員に声をかけた。


「うん。ラシーヌちゃん、ナイスラン♪」

「ああ。値千金だぞ」

「よくやったわ」


「ありがと~♪」

「っしゃあ、行くわよ!」

「ん。がんばった」


「少し、気が楽になりました♪」

「おう。次も頼むぜ」


 初回、ラシーヌが走塁で先取点を取ってくれたのはデカい。

 三点が今回の最低ラインとして設定していたからあと、二点。


 精強な重量打線を相手取る以上、出血覚悟で二点くらいは献上する腹積もりで配球も計算している。

 送球を止め、ボールバック。


「初回、締まって行こ――――――――!」


 オレは一際大きな声で守備陣を鼓舞した。

 捕手が扇の要とはよく言ったもので、ここからなら野手全員の様子が見れる。


 大丈夫。気後れしているヤツなんて、一人も居ない。

 そして始まる初回裏、ユニコーン寮の攻撃。


「さあて。わたくしを楽しませて見せなさい。最初から全力で行きますわよッ!」


 セレスティーナが気合十分な様子で左打席に立っていた。


(まったく。最初からクライマックスだぜ)


 ユニコーン寮の打線の組み方は至って単純。


『一番打率と打点が良い人が一番打者』


 つまりこの場合、先頭打者であるセレスティーナがユニコーン寮の主砲ということになる。

 定石とは大きく異なる打順の概念。


 だが、これはこれで理に適っているから厄介だ。

 一番打者は、最も打席が回って来る。


 それに先頭打者が二塁打を打った場合、犠打バントと外野フライで悠々と得点できるから油断できない。

 ここは三振で仕留めておきたい。


(さあ、勝負!)


 改めてセレスティーナの構えを観察した。静謐さの漂う力みのない自然体。これは強打者の風格。


 足幅は肩より少し広く取り、バットを左肩口に引き寄せてヘッドをやや寝かせている。

 こういうタイプは高めと外角低めを苦手とすることが多い。


(ただまあ、苦手はコースは本人も把握しているだろうしな……)


 何の対策もしないでこの場に立っているとは考えにくい。ならば一球目は――


(よし。ココだ。ココに投げて来い)


 オレはサインを送り、内角中段に構える。ピティエも頷き、プレートの一塁側でおおきく振りかぶって足を上げた。


(さあ、喰らいさらせ――)


 左投手のスモーキー投法を。

 ピティエが弓を引き絞るように腕を引いて球を後頭部の陰に隠す。そこから腕をしならせて肘が先行、球をリリース直前まで見せない。


「っ⁉」


 セレスティーナの動揺が一瞬見て取れた。それはそうだろう、リリースされた瞬間に速球が突然現れるのだから。真ん中高めを直進する速い球は徐々に軌道を変え、重力にしたがい胸元に鋭く落ちる。


「ストライク!」


 注文通り。オレは殆どミットを動かさず球を納めた。


「なるほど。あの子、ツーシームも投げられるんですわね?」


 ふむ、興味深い。ピティエのは、スプリットのような軌道を描くのに。最初にツーシームという単語が出てくる辺り、校内ではそっちの方が使用《》頻度ひんどが高いらしい。


「ええ。そうなんですよ。変化球の多さと、制球力の高さは学長のお墨付きですよ」


 ナイスボール。返球するオレの言葉に彼女は大きく目を見開いた。


「そう。なら、かなり楽しめそうですわね」


 不敵に笑って構え直す。その余裕、いつまで持つかな?

 やはり、先頭打者で投球実績のない相手には慎重だ。これで積極的に降って来るような打者が主軸を打てるはずがない。


(さてと、お次は更に馴染みがありそうな球をくれてやるぜ)


 二球目も変化球を要求。ピティエがコクンと頷き、投球開始。

 緩い球。真ん中から弓なりの軌道で打者の膝上に大きく沈んでいく。これも見送ってストライク。


「シンカー、ですわね」

「ええ。まだまだありますよ?」


 派遣部員が居る中で投げ込ませたのは、主に直球とスローカーブ。それとスライダー対策にシュート。


 他のシンカーやフォーク、チェンジアップなんかはオレがミットで受ける時にしか投げさせなかった。高速スライダーなんて、もっての外。

 ペシェットがスプリットを秘匿していたように、こっちだって情報統制くらいする。


(もう追い込んだし、そろそろ振って来るだろうな)


 まあ、振らせねーけど。オレは三球目を早々に発注。さすがのピティエも驚いていた。


(心配するな。確実に仕留められる)


 マスクの下で口端を吊り上げながら、パカパカとミットを開閉して投球を促す。

 さあ来い。オレの様子を察してか、彼女は首を縦に振ってから振りかぶる。

 そしてリリースされたのは、緩い球。スローカーブ。


(さっきより球が来ねぇだろ? 更に――)


 一瞬ホップしてから大きく落ちるため、視線が上下に振られて照準を合わせにくい。


 高目のインコースから外角のベース手前に、先程よりも大きな放物線がゆっくりと描かれる。

 ストライクゾーンギリギリ。これなら――


「ふっ――――」


 外角に沈む球を、腰を落としながら掬い上げる。振り抜かれたバットは球の下半分を叩き、後方に飛んでいった。ファール。


 その後、何事も無かったかのように立ち直ると軽く素振りしてバッティングの確認。

 余裕な態度を崩さない。


(マジかよ……)


 打ち取ったと思った。初回で、相手は慎重にならざるを得ない先頭打者で。

 苦手と思われる外角のコースに緩い球で見送らせる。


 そのための布石として直球を控え、さらには二球で追い込み、内角への意識を刷り込んだのに。

 エヴェイユの中軸は伊達じゃない。


「貴女。性格が悪いと、評された事があるのではなくて?」

「いえ。他人に対しては、礼節を尽くすようにしておりますので……」


 気持ちはわかる。これだけの投手なら直球を投げ込ませ、力対力の勝負をしたいよな。


(けどな。コイツの本領は、ソコじゃない……)


 確かに百四十キロ台の直球は強力な武器だ。難視認性のそれは、体感的には百五十キロと変わらないだろう。


 だが、ピティエの最大の武器は球種ごとにある癖の難視認性。腕の振りが全球種でほぼ同じ。

 しかもリリース直前まで球が見えず、その球を見ないと球種が判別できない点にある。


(しょうがねぇ。切り替えるか)


 新しい球を審判の先生からもらいながら、オレは頭の中で配球を組み立て直す。

 確実に直球を待っているだろうから、すぐには投げない。

 まずはバッティングフォームを崩しにかかる。


 四球目もスローカーブ。相手の正面からインコース、ベース外縁部に落ちる軌道。勿論ストライクは取りに行く。セレスティーナはこれを窮屈そうに打ってファール。


 今度もスローカーブでインコース狙い。ただし、ベース手前で落とすボール球。手を出してこれもファール。

 スローカーブは幼い頃。彼女が初めて覚えた変化球だ。


 テコの原理を応用し手首は支点、腕を力点に作用点を球に分散させることで負担を軽減させる投げ方を教授する良い指導者だった。


(さあ、準備は整った……)


 オレはストライクゾーンど真ん中にミットを構える。その様子に、グローブで顔半分を隠したピティエは微笑を浮かべる。

 そうか、お前もオレのピッチングを理解するようになったか。


 ツーシームより微かに遅い球。内角高めの際を狙った球に相手のバッティングが始動、その直後に球筋が変化。その挙動から動揺が見て取れた。


 高速スライダー。直球と見紛う速度から横滑りして落ちる球。

 しかし、相手もさる者。振り抜いたバットは打球を前に飛ばした。


「っしゃあ、レフト!」

「っし、任せなさい!」

「クッ」


 歯噛はがみしながら駆け出すセレスティーナ。打球に力はなく、左翼に展開するミカの守備範囲内。勢いを失って落下する球がグローブへと吸い込まれ、


「あ」


 芝生の上に転がる。ミカのエラー。


「はい落ち着いてー」

「くっ」


 ラシーヌが普段通り力の抜けた声をかける。それに促される形でしゃがみ、球を拾い上げるミカ。羞恥に顔を赤くしているのが見えるようだ。


「こっちだ!」


 捕球したタイミグで遊撃手のブリュムがグローブを構えて居た。

 送球は逸れて二塁方向に飛んだ。うん、力んでコントロールがブレたな、ありゃあ。


「ああ、もうっ」


 二塁に足を掛けていたリュクセラが駆け出してフライングキャッチ。セレスティーナはすでに一塁に到達していたので、送球しても無意味だった。

 状況は無死一塁。

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