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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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救出

 ワシがしがない村娘であった頃。

 ワシには妹が居った。

 今も生きておればそう、アコニスと同じくらいの。


 死に別れたのが早過ぎて、もう顔も思い出せぬ。

 それでも、ワシと同じく黄金色の髪をしていたことだけはよく覚えておる。

 日の光を反射して輝くその髪が、ワシは何よりも好きじゃった。


 だから、毎晩あの子の髪はワシがくしけずってやった。

 それを嬉しそうに、気持ちよさそうにしてくれるあの子のことが本当に愛おしかった。


 アコニスはそんな、可愛いワシの妹の面影を思い起こさせる。

 だから、放ってはおけなかった。

 もう、あの子にしてやれない分を。これからはアコニスに。

 だから、ワシは――


「大事ないかっ アコニス!」

「ヴェニュス? ヴェニュスなの?」


 ワシの声に答えてくれた。声には喜色が滲んでおる。そうじゃ、アコニス。ワシも、そなたに会えて嬉しい。

 涙腺るいせんが緩み、泣きたくなるくらいに。


「ああ。待っておれ、アコニス。今、助けてやるからな――」


 壁際に離れておれ。ワシは少し距離を取り、豪奢な輝石を散りばめた長尺の杖を構える。

 この程度、紙切れに同じじゃ。

 魔法を放つ瞬間、鋭い痛みがはらわたを襲った。


(え――――)


 貫かれるような激痛に視線を落とせば、血にまみれた細剣が下腹部から生えていた。

 足をかけてそれが引き抜かれると、反動でワシはバランスを崩す。


 傷口からほとばしる激痛に身体を焼かれるワシを、温かな光が包んでくれる――――治癒ヒール


「貴、様…………ッ」


 その声を聴いた瞬間、ワシの意識は覚醒かくせい。背を向けたカルドスの背中に杖を照準。

 焼燬カルシネイト赫灼かくしゃく紅焔こうえんが敵を光と熱へと変じ、ちりも残さず焼き尽くす。


 爆音が衝撃波となって全身を叩く。その後、吹き荒ぶ粉塵ふんじんが視界を塞いだ。

 数分の後に煙の紗幕が薄くなると、立ち上げられた土壁は跡形もなく融解していた。


(ああ。いかんな……)


 爆心地に居たせいで服が殆ど焼損しょうそんした。しかし、今はそんなことどうでもいい。

 壁の内側に入ると、気を失って倒れていたアコニスを発見。


 フードの下の頬を撫でると、閉じられたまぶたが揺れる。良かった、生きてる。

 ふと、近くにアコニスと同じ法衣ローブ姿を発見。炎弾カノンで頭を爆砕。


 壁の外にも何人か散見したので、同様に処す。折角なので一人から法衣ローブを拝借し、露わになった肌を隠した。


「おい。生きておるか?」


 えぐれた爆心地を迂回うかいし、吹き飛ばされて地に伏したアルジャンを小突く。


「…………ころ、す気か」


 擦れた声に恨みがましい視線。元気そうで何よりじゃ。

 ただ、背中が焼けただれ、髪が少し焦げておった。

 ふむ、面妖な。土壁が融解する熱閃を喰らっても、即死しとらんとはのぅ。

 こやつ、予め護法プロテクションを自らに施しておったな?


「いつから気付いて居った?」


 寝返りを打ったアルジャンは携帯していた回復薬ポーションを一気にあおった。

 皮膚のただれが収まってから起き上がり、人心地着いてから話し出す。


「そもそも、他人を信用してるように見えるか?」


 おれが。顔をしかめ、人相の悪い自分を指差すアルジャン。さすが守銭奴。

 所属組織を売り飛ばし、金以外には誠実を働かないだけはある。


 どうやら、最初から誰も信じておらぬから、常にどう転んでもいいように備えていた。という事らしい。

 それはそうと、焼けただれたあとが一瞬で回復する辺り、かなり強力な代物を持ち歩いておるのぅ。


「それで? 心当たりは?」

「ふむ。そうさのぅ……」


 あごに手を当て考える。

 カルドスの一連の行動からみて、全員がワシを狙っていたのじゃろう。

 ある程度行動を共にして警戒心を解かせようとは考えたな。


(実際、こ奴が居なければ死んでおったしな……)


 下腹部は最も致命傷になりやすい。胃腸の内容物や臓物がまろび出たりすれば、それこそ目も当てられない。本当に旨く立ち回ったものよ。

 敵も最初にそこを刺し貫く辺り、殺意は疑いようがない。

 アコニスを人質に取られて冷静さを欠いておったわ。反省せねばならぬのぅ。


「で? あるのか、ないのか?」


 ハッキリしろ。しかめた顔がますます険しくなる。


「ん? ああ。そうじゃったのぅ……」


 あると言えばあるし、無いといえばない。正直、判然としないから一応無いとだけ答えておく。

 ワシの養父はアコニスの母君と同じく宮廷魔法師で、魔法の大家のご当主様でもあらせられる。


 それこそ政敵なんて腐るほどおるじゃろう。それに、ワシも幼い頃から他の兄弟と同じく何度もこういう荒事に巻き込まれており、慣れとるでのぅ。


「それで? アコニスは?」


 大仰おおぎょうに膝に手を着いてから立ち上がると、ワシはアコニスの元へと案内する。

 守銭奴が治癒ヒールを施すと、程なくして目を覚ました。


「? ここは…………?」

「アコニス!」


 感動の再会に、ワシは堪らず抱き締めた。

 その温もりが、寄せた頬に触れる柔肌の感触が愛おしい。


「ヴェニュス、いたい……」

「すまぬ。ゆるせ……っ」


 感極まった今は、いま少し力の加減ができそうにない。


「みなさん!」


 ベルティナが慌てた様子で近付いて来た。咄嗟とっさのこととはいえ、かなり派手な爆発音を轟かせてしまったからのぅ。


「なにが、あったんですか?」


 青ざめた顔をしておる。ああ、そうか。死体を見慣れておらんのか。


「知らん。気付いたらこうなってたんだ」


 確かに。アルジャンの立場なら噓ではない。


「大丈夫かッ⁉」


 大剣を担ぐオイレウスが空から降って来た。こ奴も爆発を聞きつけて来たようだ。


「おーい」

「みんなー」


 翼を広げる雪豹のミルム。その背に乗ったクロとダンジェが声をかけて来た。

 丁度いい。まさに渡りに船じゃ。


「それでアコニス。今一度問うが、身体は大事ないか?」

「おい、疑ってんのか?」


 アコニスは立ち上がって法衣ローブを脱ぎ、ユニフォーム姿になった。金色の長髪に群青がよく映えておる。赤黒い羽とのコントラストも見事じゃ。


「うん。大丈夫」


 微笑みながら頷く。これなら問題ない。


「では、ミルム。それと二人とも。今からアコニスのことを、野球場まで送り届けてくれんかのぅ?」

「あ――」


 アコニスの顔が明るくなり口元が綻ぶ。とれも嬉しそうで何よりじゃ。


「試合って、まだやってんの?」

「恐らくはな。時計があれば、大体分かるんじゃが……」

「三時十分前ってトコだな」


 ワシらの疑念を、懐中時計を確認したアルジャンが払拭してくれた。

 試合開始が一時半だとしたら約一時間半。おそらくまだ間に合う。


「そういう訳じゃ。ここはワシらに任せ、そなたは試合に行くのじゃ」

「うん」


 アコニスがミルムのそばに行くと彼はその場に座り、二人が手を差し伸べ背中に引き揚げる。


「ありがとう」

「うむ。あとで応援に行くからのぅ」


 身を乗り出して感謝を伝えて来るアコニスを、それだけ言って送り出した。

 翼獣が羽ばたくと、校舎の屋根の向こうへと消えた。


「よかった……」


 安堵すると、力が抜けた。その場に倒れそうになったのを、オイレウスが抱き留める。


「大丈夫か?」

「すこしだけ、疲れたのぅ……」


 久々に魔力切れを起こし、刺し貫かれて死にかけた。短い時間に、本当に色々あった。


「アルジャン」

「やだね。こっちも重症患者なんだ。医務室に行かせてもらう」


 どうやら、爆炎を喰らわせたのを根に持っとるようじゃのぅ。小さき男よ。

 平然と歩くアルジャンは野球場へと歩き出す。養護教諭はこの日、野球場の医務室に詰めているので、治療を受ける際はそっちまで行く必要があった。


 ワシも大剣を背中の背負子に収めたオイレウスに抱きかかえられながら医務室へと運ばれた。

 どうか、あの子が活躍の日の目を見ますように。

 少しの間、ワシは瞳を閉じることにした。

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