奔走
困惑する少年が止めようとして来る。
「え? ですが――」
それ以上の言葉を聞くつもりは無かった。ワシは首を締め上げ壁に叩き付ける。
苦悶の顔で咳き込む彼を無視し、足を浮かせてやりながら首を万力のように締め上げた。
「ひとつ、教えてくれるかのぅ? カルドスや。ここでそなたを縊り殺せば、あの子は無事に、五体満足で帰って来てくれるのかのぅ?」
「――っ ――――っ⁉」
喉を圧迫しているので声は出せん。それでもワシは問い掛ける。
「どうなんじゃ? 聞いておるのか? ワシの問いに答えぬというのは、どういう了見なのじゃ? のぅ、カルドス…………ッ」
そろそろ白目を剥いて来たので離してやる。ドサリと落ちて静かになった。
「さてと――」
ワシは入り口から動かず、手早く済ませることにする。一気に膨大な量の魔力を展開、魔風が暴威を伴って吹き荒れる。
それから自分の魔力を、棟全体に浸潤させる。
魔力走査。建物の隅から隅まで魔力を行き渡らせ、アコニスを探し出す。
魔力とは、外部に展開できる一つの感覚器官でもある。こうしてしまえば、一々虱潰しに歩いて回る必要もない。
先程まで使わなかったのは、相手の情報が少な過ぎて手の内が読めなかったから。
下手に魔力感知型の罠に引っ掛かっては、対処に時間が取られる。故に、ワシはさっきまで罠は身体強化で強引に突破しようと考えておった。
しかし、ここの研究棟ではそんなまどろっこしい真似はせぬ。
もし、この棟にアコニスが幽閉され魔力感知型の罠が張り巡らされていたとしたら――
(その時はその時じゃな……)
何としてでも突破してくれる。しかし――
「居らんな」
屋根の天辺から棟の地下施設まで。施設全体をくまなく走査したが、アコニスの存在は感知できなかった。この間、約十分。
途中、それぞれの部屋にあった魔法陣とか、迎撃用の魔法罠が発動したり、室内で休眠していた魔法が暴発して部屋が半壊といったトラブルが各所で発生しておったようじゃが、ただの些事じゃな。
「よし。ここにはもう、用はない」
ワシは踵を返し、他を当たる。怒り狂って部屋から飛び出してきた連中なんて、付き合い切れん。
「おう、進捗はどんな感じだ?」
研究棟を出ると、そこには呆れ顔の守銭奴が立って居った。ただ、先程見た姿とはまるで別人だから驚いた。体力を回復させたのか、疲労困憊の様子も見せず平然としておった。
回復――――そうか、治癒で。それと、神官が使える奇跡の中には身体能力を底上げする術法もあったのを思い出した。
だったら、最初から使っておかぬか。この戯け者がっ⁉
「まあ、落ち着け。頭に血を昇らせたんじゃ視野が狭まるし、思考も鈍る」
「他人の思考を読むな。無粋の極みぞ?」
「バカか? 顔に書いてあんだよ」
守銭奴は肩をすくめ、ワシは舌打ちをした。
「あの、研究棟の方が……」
「うるさい。ワシは今忙しいん――」
突然、その場に倒れた。力が入らん。
(ああ。そうか――)
魔力切れ。この感じ、久しく忘れておったわ。
なけなしの力をかき集めて立ち上がろうと足搔く。そんなワシにアルジャンが治癒をかけて来た。
身体が光に包まれ、鉛のような重苦しい身体から疲労が霧散。倦怠感も消えた。
ただ、見下ろされる構図は気に入らん。
「ったく、ハシャギ過ぎだ。妹分が大事なのは分かるがな、少し落ち着け」
「うる、さい……っ」
自分の不甲斐なさに腹が立って仕方がない。精々一時間ほど闘気を展開し、少し大仰な魔力の使い方をしただけだというのに。
「とりあえず、だ。一旦情報を整理しようぜ?」
闇雲に動いても効率が悪い。ワシは渋々了承した。アコニスを案じればこそ、今は冷静になる必要があった。
「ここまで特に、犯行声明も無ければ脅迫もない。つまり、連中は事を秘密裏に運びたいんだろう」
「なぜ、組織的な犯行だと思うんです?」
「そういや、お前。名前は?」
そうじゃった。ワシに名乗りはしたが、その時こ奴は姿が見えなかった。
カルドスは改めて名乗る。武芸科四年の生徒らしい。
「じゃあ、あのフレーヌとかと――」
そんな事はどうでもいい。ワシは話を遮った。
結論から言うと、アルジャンが組織的犯行と判断するに至ったのはワシの名前を使っているからだという。
確かに道理じゃ。ワシに正面切って対抗できるとしたらそれこそ、オイレウス以外に居らぬ。それに、アコニスはワシとオイレウスと同じ寮の後輩。
ワシら最強の二人を相手取るリスクを考えれば、単独犯は有り得ぬ。
「ですが――」
「ああ、もういい。わかったわかった。十分休憩しただろうし、早く行くぞ」
どの口が言っておるのかのぅ?
「ああ、そうだ。魔力切れを起こしたんだから、以降は普通に捜索しろ」
「じゃが――」
「テメェを弱らせるのが、アコニスを攫った理由だとしたら?」
その可能性も考えなかったわけではない。
「とにかく、だ。植物園に行くまでは魔力も闘気の使用も控えろ」
有無を言わせずアルジャンは歩き出す。
植物園はエヴェイユの最奥にある。
校舎から出て北側、森林を区切った総合演習場の手前に建てられた硝子製の温室。それが植物園。
名前の通り種々の珍しい植物が生い茂っており、硝子をで直射日光と熱を閉じ込めることで年間を通して温暖な環境を植物に提供できるため南方の植物も栽培できていた。
さすがに徒歩だと時間がかかり、移動だけで十分以上を要した。
ここらでアコニスが居れば、研究棟の向こうにある野球場まで行くとなると三十分近くかかってしまう。さっさと見付け出して終わりにしたい。
「どうして、植物園なんです?」
途中で何度もカルドスが尋ねていた。行先を決めた当の本人は「ただの勘」としか言わなかった。
言葉を交わすのも億劫と感じてたようで、二回も解答したら話さなくなった。
そこでワシに矛先を変えて来た。だが特に情報もない以上、とりあえず採用してみることにした。それ以外の理由はない。
「なんだ、お前。行きたくない理由でもあんのか?」
「いえ、そういう――」
「なら、黙ってろ」
それ以上は誰も口を利かなかった。
温室内に足を踏み入れると、むっとする熱気が頬を掴んで離さない。天窓をいくつか開けているものの、蒸すような気温の高さはどうしようもないらしい。
「あれ? ヴェニュスさん?」
建物の中を進んでいると、ベルティナと鉢合わせした。
そういえば、彼女は園芸部でここの管理を手伝って居ったな。
まさか休業日も仕事で先生に駆り出されているとは。生き物の世話というのは、見た目ほど楽ではなさそうじゃのぅ。
「おう、丁度いい所に。アコニス見なかったか?」
「? 見てないけど……」
そこでワシはベルディナに事情を説明。温室内の捜索を依頼した。
「わかりました。見かけたら、まずは先生に報告しておきますね」
ここでワシらが無理に出しゃばる必要はない。温室を管理する教師、リンデンに対処してもらえればそれでよい。
「邪魔したのぅ。先生によろしく伝えておいてくれ」
ベルティナに見送られ、ワシらは植物園を後にした。
「なるほど。そういう事じゃったか」
「? 何がですか?」
「あー、いい、いい。さっさと次行くぞ」
機先を制してワシの言葉を遮り、アルジャンは捜索を再開していた。
広過ぎて捜索の手が足りぬなら、借りればよい。あ奴は休日でも植物園に人がいることを知っておったらしい。
「それで? 次はどこを探す?」
「あれだ」
アルジャンが指差す向こうには、校舎の建築様式とは似ても似つかぬような無骨な土壁が立ち昇っていた。余りにも不自然過ぎる。
「あれ? さっき振り返った時には――」
その言葉を待たずして、ワシは闘気を解放。走り出していた。
カルドスの言葉が本当なら恐らく、欺瞞か隠蔽かの魔法を壁に施しておったのじゃろう。
なぜ、アレが看破できたのか。じゃが、今は考えまい。
ワシは逸る気持ちを抑え、慎重に一歩ずつ土壁に近づいていく。張り巡らされた罠とかは確認できない。
壁に手を触れ、地面に魔力を流して壁の向こう側を走査。
居た――――――!
「? だれ…………?」
聞き覚えのある、眠たげな声が耳朶を打つ。それだけでワシは――――
(ああ……)
胸の奥底がじんわりと温かくなって身体中に広がっていく。
やっと、会えた。




