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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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捜索

 校舎の鐘楼しょうろうから、正午を知らせる音色が響く。

 法衣ローブを脱いだわたしは、芝生の上で寝っ転がり空を見上げながらそれを聞く。


 フレーヌによると、一試合はだいだい二時間半くらいかかるから、すでにユニコーン寮の試合は終わっているかもしれない。

 それから色々やって三十分には次の試合の準備が整うらしいから、まだ間に合う。


「はぁ……」


 絶望して何の意欲も沸いてこないわたしは、壁際にある日陰で身体を横たえたまま動かない。いや、動けないでいた。

 外の景色が見えるだけまだマシ。もし見えなかったら、ひどく息苦しかったに違いない。


「今ごろみんな、どうしてるかな……?」


 わたしのことなんて、忘れてるのではないだろうか。一人になると、独り言が増えてしょうがない。

 もし、このまま見つからないと、どうなるのだろうか?


 私抜きで試合が始まるとか?十分にあり得る。

 たとえばフレーヌあたりが、


『よし、ピティエ。アコニスが居ないから、お前が代わりに投げてくれ!』

『はい、任せてください!』


 そのまま試合が終わって、


『アコニスが居なくても勝てたなっ よし、ピティエ。今度から試合は全部、お前が投げろ!』

『はいっ 頑張ります!』


 そんな二人を褒めたたえる仲間たち。


「それだけはダメ!」


 たまらずわたしは起き上がった。イヤだ、このまま試合に出られないのは。

 嫌な汗が背中から噴き出す。胸にモヤモヤしたものがたまって気持ち悪い。

 どうにかして脱出しないと。わたしは作られた土壁の前に立ち、方法はないかと手当たり次第にぺたぺたと触ってヒントを探す。


 まるで取っ掛かりがなく、登ることはできない。

 叩いた感じ、壁は分厚そうだ。蹴ったりしてもまるで反響が起きない。

 魔法を使うしかない。けど、使えない。


「くっ…………」


 悔しくてしかたない。こんなものが無ければ、今ごろは――

 壁にガンガンと叩き付けても壊れないし、外しようがない。

 身体の芯を熱くする怒りの感情にまかせて封環でひたすら壁を殴りつける。


 しかし、いくら叩いてもビクともしないし傷一つ付かない。

 次第に手首の方が痛くなってくる。


「クソッ!」


 壁に封環を打ち付けたまま、わたしは肩で息をする。疲れた。

 わたしの腰に生えている、赤黒い吸血族ヴァンパネラの羽。


 それを使えば身体を宙に浮かせることができるけど、進んだりするのには訓練が必要になる。魔力を漲らせたり闘気オーラで強化すれば。空高く上昇して、この壁を変えられるかもしれない。


 でも、そんなことは母も教えなかったので訓練した試しもない。


「魔法さえ、魔力さえ使えれば…………ッ」


 吹き付ける風が汗を冷ましても、胸の奥底は熱いまま。

 悔しい。だから、なんとしてもここを脱出してやる。わたしはものすごい形相で壁を睨みつける。


「方法は、ある……っ」


 わたしはそれを知ってる。制限を受けながら魔法を使う人を、一人だけ。

 ヴェニュスは常に眠気に悩まされながらも、封環を身に付けながら魔法を使ってる。

 それを見せてもらった時。あの人はなんて言ってたっけ……


『ワシの場合、闘気オーラを使って身体能力を底上げしてるからのぅ。従来より強力な封環を付けて居ようと、重さや虚脱は相殺できるのじゃ』


 ダメだ、参考にならない。わたしは闘気オーラを使えないから。


「はあぁぁ…………っ」


 余計に疲れた。わたしは膝から崩れ、石畳の上に腰を下ろす。

 打ちひしがれて空を見上げれば、澄みきった青さが晴れ渡っていた。

 果てしなく遠い。どれだけ手を伸ばしても、届くことはない。


 力なく上げた手を下ろし、肩を落としてうなだれる。腕どころか、身体も重い。いっそ、芝生の上に寝転がって――


「ん?」


 重い?寝転がる?


「そうだ、その方法なら……っ」


 まだ望みはあるかもしれない。さっそく寝転がって土壁に手のひらを向ける。


「はああ…………っ」


 魔力をり上げると、それを感知した封環がそれを急激に吸い取る。それに伴って引き起こされる虚脱感も、最初から寝ていれば関係ない。手首が重くなっても、地面に埋まるほどではない。


(くううぅぅ…………っ)


 それでも虚脱感は無くならないし、手首がきしむ鈍痛にも苛まれて集中力が乱れる。


「まけ、ない…………っ」


 わたしは歯を食いしばって耐える。指先に意識と魔力を集中、魔法のイメージを強く、より強く鮮明な映像として瞼の裏に描く。


(力を貸して、おかあさん……っ)


 祈るような気持ちで魔法を編み上げる。

 そして、小さな火の粉が虚空に燃え上がった。


(よし、このまま――)


 一瞬、頭の中が真っ白になった。


「が……っ」


 無防備なお腹に蹴りが突き刺さり、その痛みで全身がしびれた。集中が乱れ、り上げた魔力は霧散し火の粉も消えた。


(なにが――)


 起きたのか。それがわからないまま、今度はこめかみが強い衝撃に襲われて意識が刈り取られる。


「抵抗は無意味だ。アレを始末したら、すぐに後を追わせてやる。だから寝ていろ」


 さっきの男とは違う声。脱ぎ捨てた法衣ローブを掛けられた。

 真っ暗になった視界。強烈な眠気に襲われ、わたしは意識を手放してしまった。


 〇                              〇


 時刻は既に二時。あのまま試合が一時半過ぎに始まっているとしたら、試合の序盤は終わっているだろう。観戦に行く道中、メルキュールが確かそんなことを知らせてくれた。


 ただ、展開次第によってはその限りではないので、探し出すのは早いに越した事はない。


 今からアコニスを見つけ出したとして、共に野球場を目指しても三十分弱はかかる筈だ。

 ちゃんと間に合うかどうか。いや、そもそも――


「ヴェニュス、さん……?」

「何じゃ?」


 苛立ちが声に出てしまった。しかし、本当に不愉快極まりない状況じゃ。

 アルジャンが、まだ来ない。

 どこかでサボっているのかと思いたくなるくらい、姿が見えない。鉱人ドワーフが短足で鈍足が多いからといって、これは遅過ぎだ。


 いっそこのまま置いてってしまおうか。そんな考えがさっきから何度も頭を過ぎる。

 そもそも、どうしてワシはアレをここまで重用しているのだろうか。自分でもうまく説明できない。


「いっそ。このまま二人だけで――」

「くどい」


 ワシだって、できることならさっさとそうしておるわっ このたわけが!

 目の前の男子生徒の名はカルドス。武芸科五年生で自身の武器である細剣を携え周囲を油断なく警戒している。頼もしい限りじゃ。どっかの守銭奴とは違って。


「ようやく追い付いた……」


 やっと姿を見せた。待たせ過ぎじゃ。体力のない鈍足守銭奴は息を切らし、膝に手を置いたままその場から動かない。よく見たら武器の鉄拳を嵌めていない。

 これでは遭遇戦になった際にどこまで使えるか。本当に頼りにならない。


「余り待たせるな。さっさと行くぞ」

「…………」


 きびすを返すと、ワシは走り出す。にらまれた気もしたが構わず校舎の長い廊下を駆けた。


 その後ろにぴったりとついて来るカルドスが頼もしい。捜索は二人だけの方がいい本当にそんな気がして来た。

 ワシらは現在、全ての地下施設を回り終え研究等へと向かっていた。


 休業日は一般の生徒が校舎に立ち入ることはできない。じゃが、ワシのような最上級生だけなら話は別じゃ。たとえ休日だろうと、研究のためならば施設をいつでも利用できる。


 木を隠すなら森とも言うが、幽閉するなら誰も立ち入らない場所の方が都合が良い。

 エヴェイユの校舎は本当に広大だ。下級生たちが使っている本校舎から研究棟までは闘気オーラで身体能力を強化しても、五分はかかってしまった。


「よし。では、始めるとしよう」

「それなんですが――」

「何じゃ?」


 水を差すのではないわ。ワシは批難の意味も含めてにらみ付ける。カルドスはビクリと体を震わせた。


「いや、そのっ 各教室を見て回るのに、許可はとったのかと……」


 平身低頭にお伺いを立てて来る。その卑屈な態度が腹立たしい。ギリ、とワシは奥歯を噛み締める。

 確かに、道理ではあった。


 この研究棟は錬金科や魔法科の七年生に一室ずつ与えられておった。

 不正が横行するこの学校では、ここの結界はかなり高度な魔法を使用しており、最も強力。しかも各部屋は主の許可なしには入室できん。


 人探しを理由に入室させてくれる人間が、果たして何人居るかのぅ。


「問題ない」


 だからこそ、それをしなくてもよい方法を採る。

 かなり強引な手段じゃが。

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