空振り三振
マウンド上のペシェットが、オレにグローブを突き出してくる。
「さて、フレーヌ・アベラール。互いが負けた、あの決闘の続きをしよう……」
「ハッ 上等! 今度こそ、スタンドに放り込んでやるぜッ!」
宣戦布告にオレは吼えた。負け犬とはもう、誰にも言わせない。
「さあ、喰らいなさい。我が主の新兵器を」
「は?」
スリジエが口を開いた。新兵器?
(おっと――)
既にペシェットは大きく振りかぶっていた。一気に足を踏み降ろし、静止を錯覚させる上体の溜めを生み出す。逸る気持ちをグッと抑える。
三塁側からの急角度で剛速球が向かって来た。だが、胸元を抉って来るソレに微かな違和感を覚える。
(いや、迷うな)
十分に引き付けてから一瞬で振り抜く。蒼月流抜刀術――
(なっ――)
驚愕に目を剥く。球は速度を変えず、軌道を急激に下へと変える。バットの微調整が間に合わない。内角低めの球はペースの上をバウンドする。
「ストライク!」
振り切ったバットは何も捉えず、オレは無様に膝を着く。空振りだった。
スプリット・フィンガード・ファストボール《S F F》。通称スプリット。
一般的に直球と球速差が少なく、速度の減衰も小さい落ちる球。
「どうですか?」
「あ?」
スリジエが膝元の球を拾い上げる。ミットではなく、身体で止めたようだ。
「これが、我が主がこの一戦のために修練し続けた、とっておきの隠し玉です」
「スリジエ。それは私の台詞だ……」
誇らしげな侍従のスタンドプレーに、マウンド上の主は呆れている。
申し訳ありません。律儀な従者は返球した後で謝罪した。
「……まあいい。万全を期しているのは、お前たちだけではないということだ」
悠然とこちらを見下ろしてくる。
「面白れぇ……っ ますますホームラン打ちたくなったぜ!」
強敵が進化したことで湧き上がる高揚。オレは口角を限界まで吊り上げ、再び構え直す。
(さあ、お次は何で来る……?)
オレは捕手を一瞥する。打たれまいとする慎重策なら、二球目は恐らく速度差を使ったカーブ辺りか。
インステップで握る球を巧く隠しながら、一瞬の溜めの直後に放つ剛速球。
(ウソだろ――――っ⁉)
予想に反した配球。オレは動揺した。立て続けのクロスファイヤー。咄嗟に身体を大きく開き、予測した軌道にバットの芯を合わせる。だが、
(しまっ――)
打席手前で更に内角を抉って来る。カットボール。追い縋るバットをあざ笑うかのように、球は躱し切ってミットに収まった。
「お前がリードしてんじゃねぇのかよ?」
マスクの下で表情の乏しいスリジエに目を向ける。ポーカーフェイスの彼女からはバッテリーの思惑は読み取れない。
「我が主は言った筈です。続きをする、と」
「ああ。なるほどね――」
ありがとさん。これで納得がいった。つまりオレの時だけは、ペシェットが投げる球を決めるのね。よぅく解ったわ。
(だったらよ。ここで緩い球投げんのは、逃げなんじゃね?)
だから次も、直球などの速い球が来ると予想。足場を整え、腰を沈ませる。
三球目は予想通り。外角低めに剛速球が繰り出された。
(なめん――――なぁっ⁉)
剛速球が僅かに軌道を変える。ツーシーム。このままいけば、枠も掠らない。完全に釣り出された。
(ざっけんなッ!)
このままでは終われない。既に抜き放ったバットで必死に追い縋る。手首をこねてヘッドを下げ、鼻先だけでも掠めさせる。
「ファール!」
「あっっっぶねぇ~……」
もう少しで三振に倒れる所だった。首の皮一枚、繋がった。
相手は意外と冷静だ。決闘の時とは違い、ちゃんとボール球も使いこなしている。
(ストライクに一々《》拘ってねえってか……)
打ち取れれば何でもいい。相手がそう考えているなら既出の球種を選ぶこともあり得る。
「ったく、楽しくてしょうがねぇぜ……」
ずっと、こういう勝負がしたかった。
ギリギリの緊張感の中、互いに手の内を読み合い、無数の選択肢の中から相手の最善手を見つける。そんなヒリつく勝負が。
得物は最高品質のバット。マウンドには最高の好敵手。血が滾って仕方ない。
「ッシャア! 来いやッ!」
次の四球目で仕留める。次は直球で決まりだ。
しかし、予想に反してのカーブは内角高めの枠を外れてボール。これでワンボールツーナッシング
「ああ、クソッ」
一旦間を取り、引手で体を撃ち出し思い切り振り抜く。頭に霧を掛ける雑念を断ち切った。
「ふぅ―――――……」
落ち着け。目を瞑り、深呼吸して気持ちをリセット。
「さて、と」
頭に血が昇った状態が解消され、思考がクリアになった。
まだ戦える。左体側部にバットを納刀し、次の球を待ち構える。
二連続カーブ。先程よりも外に寄っており、コレは枠に収まる。
(なろっ――)
内角低めのカーブを特大ファール。人気も疎らな一塁側の観客席に落球した。
ここまで、直球とスライダーはなし。
(こうなりゃ、意地でも引きずり出してやる)
あくまでも冷静な判断の下で。昂り過ぎてはいけない。
次が六球目。直球にヤマを張るのは変わらない。
ペシェットが大きく振りかぶり、片足立ち。一気に足を踏み降ろし、溜めの後に投げ放つ。
(直球……いや――)
スライダー。枠より内側に食い込んでボール。並行カウント。次が七球目。
こうなりゃフルカウントもありえる。
(だが、最後はストレートのハズだ)
その見立てだけは変えない。オレは泰然と居合打法に構える。
七球目は外角低めから逸れていくツーシーム。逸る打ち気を抑えてフルカウントに持ち込む。あと一球でもボール球を投げたら四球。出塁が叶う。
(相手も決闘を意識してる。だとすれば最後は――)
間違いなく直球。なら、確実に捉えるまで。
そして静止する上体の溜めから投げられる、緩い球。
(カーブだとっ⁉ ここへ来て?)
完全な逆張り。大きく外角に膨らむ弧の軌道。外角低めに入って来るのをバットで迎えに行く。
結果はファール。気が逸って球の落下前にバットで叩いてしまい、後ろに跳ねて行った。
「やってくれるぜ……」
オレは再び打席の外で素振り。深呼吸してから入り直し気持ちを落ち着けた。
運命の八球目。見紛う事無く最速の剛速球。
急角度から胸元に向かって斬り込んで来る白い閃光。マズい。このままだと振り遅れ――
(おおおおおおおおおおおおおおおっ!)
蒼月流抜刀術『鏡月』。一瞬でバットを抜き放つ。
快音が、響いた。
そう――――――ミットの中で。
「ストライク!」
エースのリベンジマッチにユニコーン寮の観客は大いに盛り上がった。
空振り三振。それは、この世界で初めて経験した事だった。
今まで弛まず努力して来た。などと、どれだけ言い訳を並べ立てても結果は雄弁だ。
敗者はただ去るのみ。オレは俯いたまま打席を後にしようとすると、
「私の勝ちだ」
「…………ッ」
雪辱を果たしたペシェットが勝ち誇る。
何も言い返せない。ここで言い返せば、それこそ本当に負け犬の遠吠えだ。
拳を握り締め、悔しさを噛みしめながらダグアウトを目指す。
ハッキリ言って屈辱以外の何物でもない。
「コラ」
「でっ⁉」
ラシーヌにバットで頭を叩かれた。
「勝手に一人で終わったみたいな顔しないでくれる?」
腕を組んで首をかしげる。悔しいが、その通りだった。彼女の言い分が正しい。
「これは決闘じゃなくて、試合だよ。そこんトコ、ちゃんと解ってる?」
「…………ああ、すまん」
情けない所を見せてしまった。謝罪に頭を下げる。
「ホントにさあ、フレーヌ。そういう所だよ?」
「ドコ?」
ちょっとナニ言ってるかワカラナイ。
「まあ、いいけど」
よく見ててね。それだけ告げるとラシーヌは打席へ向かった。
「ダセェなぁ、オレ……」
自分を自分で思いっ切り殴りたくなる。
オレは最新の科学に裏打ちされた高度な技術を有し、誰よりも実力が高い。
才能や実力というのは知識の有無で、現代日本から転生したオレは野球に関してチート的存在。
そうやっていつの間にか、思い上がっていた。
違う、そうじゃない。
オレはチートでもなんでもなく、ただの小娘でしかなかった。
最強を証明しなきゃならない運命も背負ってなけりゃ、それを果たす義務もない。
ただの高校球児に、そんなことできるわけない。
そんな当たり前の事実に今、ようやく気付けた。




