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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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幽閉

 困惑しているわたしの背中を、男が蹴飛ばした。


「なにを――」


 言葉が遮られた。文字通り物理的に。

 障壁魔法。土壁が急激に立ち上がり、建物との隙間を埋めていく。


 壁が建物と同じ高さになって初めて、わたしははめられたと理解した。ヴェニュスの話はウソだった。

 三角形の袋小路に閉じ込められた。


「ふざけるな!」

 

 わたしは全力で壁を叩く。しかし、ビクともしない。


「自分の愚かさを呪うんだな」


 それだけ言うと、男の声は一切聞こえなくなった。


「こんなの……っ」


 炎弾カノンで風穴を開ければいい。杖がなくても魔法を使う練習は母として来た。

 魔力を指先に集中、しかし――


「あぐ――――ぅ」


 身体に力が入らない。突き出した右の手首が痛いほど重い。重石を乗せられたみたい。耐え切れず、膝から崩れ落ちた。


「あ――」


 わたしは愕然がくぜんとするしかない。封環を付けたままだった。これじゃ魔法は使えない。

 これは運営委員会の人じゃないと外せない。つまり、脱出は不可能。


「う、そ……」


 絶望したわたしは力なく地面に突っ伏した。

 今日は、待ちに待った試合があったのに。

 あんなにいっぱい、練習したのに――――。


 〇                          〇


 ヴェニュスの身柄を口実に、アコニスが連れ去られた。

 オレたちがそう結論付けるのに、大した時間は掛からなかった。


「はやく、探しに行かないと……」

「バカか。この学校の広さがどんだけあると思ってんだ?」


 青ざめたミニュイをいさめるのはアルジャン。


「とりあえず、メルキュール。三峰機関に招集をかけられるか?」

「う、うん。やってみる」


 メルキュールは法衣ローブそでから鈴を取り出す。動揺が広がる中、彼は極めて冷静に指示を出していた。


「でも。一体誰がこんなこと……」


 困惑するピティエが沈痛な顔でうつむく。


「んなの、決まってるでしょっ⁉ どっかのお貴族様どもにッ!」


 声を荒げるのはミカ。


「それってちょっと、安直過ぎませんか?」


 オレは思わず反論してしまった。

 彼女の言い分はわかる。アコニスの実力をうとんじたユニコーン寮の野球部員が一時的に何処かへ拘留こうりゅう。エースを欠いたラタトスクウ チを一方的にぶちのめす。


 小学生でも考え付きそうなシナリオだ。それがかえって不自然に映る。

 そもそも、オレは前に決闘でペシェットに勝利しているし、ピティエの実力も派遣部員をしまくっていたから知れ渡ってる。


 ユニコーン寮が本気でワンサイドゲームにしたいなら、オレやピティエにも何かしら妨害工作があって然るべきだ。

 だが、実際に連れ去られたのはアコニスだけ。中途半端にも程がある。


「なんでそんなに冷静なのよ⁉ 仲間が連れ去られたのよ?」

「じゃあさ。頭に血を昇らせれば、アコニスが帰って来るの?」


 怒りをあらわにするミカに冷や水を浴びせるのはラシーヌ。更に彼女は言葉を続ける。


「こんな回りくどい方法を採る辺り、すぐにどうこうってことは無いだろうね」

「だったら――」

「だから落ち着け。あたしたちはもう試合なんだぞ?」


 駆け出そうとするミニュイの肩を、渋面じゅうめんのブリュムが抑える。


「ふざけんな! お高く留まったクソ貴族どもなんて、試合を待たずにぶっ殺せばいいじゃないっ!」

「やめてッ!!」


 ミカの怒号をき消したのはミニュイの悲痛な声。水を打ったように静けさが広がる。


「ペシェットさまは、そんな事しない。あの方は、不正を何よりも嫌うから」

「ですよねぇ……」


 オレは即座に同意した。暗躍を好む人間が表立って決闘なんてしない。幻術の模倣コピーにしてもそうだ。

 公明正大でなければ、そんなこと許したりしない。


「な、なんでアンタが――」

「わかるよ。だって、ペシェットさまは。私の主だから」


 ミカの顔を見据え、毅然と言い放つ。

 元々ミニュイの家も貴族でペシェットの家とは縁戚えんせき関係にある。

 親が没落してからは彼女の実家に引き取られ、小さい頃から仕えていた。

 彼女の勧めでエヴェイユにも入学した。全ては、彼女の傍でお仕えするために。


「え? じゃあ、なんでこっちに――」

「そりゃあ、められたからな」


 事情を知ってるらしいアルジャンが口を挟んだ。彼の台詞にブリュムが目を逸らした。

 違法薬物で一時的に中毒状態にされ、更には不法所持の濡れ衣まで被された。

 どこかで聞いた話だ。胸糞悪い。


「なんで知ってる?」


 当然の疑問をラシーヌがぶつけた。

 突如、魔力が一気に膨れ上がる。そよぐ風が気流になるほどの魔風が吹き荒れる。

 ヴェニュスが手首の封環を外していた。


「メル。三峰機関の召集は、あとどのくらいかかる?」

「も、もう少しだけ……っ」


 落ち着きの払った声。だが根底には怒気をはらんでいるのは明白で、メルキュールは委縮いしゅくしながら言葉を絞り出した。


「ふむ。では私も」


 オイレウスもまた、あふれ出る程の闘気オーラを漲らせた。


「さて、アルジャン。機関の連中が集うまで、事情を説明してもらおうかのぅ?」

「メンドクセェなぁ……」


 ぼやく彼をヴェニュスが一睨ひとにらみ。肩をすくめ「おーこわ」と呆れて見せた。


「まあ、いい。とにかくお前らは気を確かに、落ち着いて聞けよ?」


 人差し指を立て、前置きを置く。

 そして、衝撃の真実が明かされた。


「おれもその違法薬物に一枚嚙んでたからな」


「は?」

「え?」

「なっ――」

「ほぅ……?」


 余りにも衝撃的過ぎて全員が言葉を失う。


「はいはい、落ち着け。これから順を追って話してやっから……」


 両手でなだめすかしながら、一呼吸置いてから語り出す。

 ミニュイは勿論、アルジャンの入学当初から違法薬物が校内の水面下で横行しており、それを総括する組織が秘密裏に暗躍していた。


 構成員には生徒も含まれており、アルジャンもかつては所属していた。

 その現状を憂いていたペシェットは、入学当初からその根絶と摘発に尽力していた。


 それが面白くない組織は彼女ではなくその側近、ミニュイを標的にする。

 彼女に薬物を服用させ、中毒症状が出た頃合にそれを組織の構成員が摘発。


 尋問を受けている間にミニュイの部屋へと侵入し、薬物を置いておけば嫌疑は確定。

 これによりミニュイは一時的に謹慎処分となり、ペシェットの実家に帰された。


「それで。どうしてアナタが――」

「わかってるって。だから落ち着け。いいか、ミニュイ。お前は学長のばあさんの愛孫だ。そんな奴に手を出した連中を、黙って見過ごすと思うか?」


 身を乗り出し、逸るミニュイ。アルジャンは疑問を投げ掛け自制を促す。


「だから売ったのか」


 組織を。


「ああ、そうだ。商売で損切りは大事だからな」


 確信を突くラシーヌ。アルジャンは悪びれもせずうそぶいた。

 つまり、ソラニテが本格的に動く前に彼は組織に見切りをつけ、自身が持つ情報で交渉したという訳だ。


 そしてその見返りに、彼は特待生という地位を得てラタトスク寮に来た。というのが事の真相らしい。

 ただし、表向きには特待生であることを秘匿ひとくされている。


「ところでアルジャン。お前はその組織の、どの位置に居たんだ?」


 常に大笑しているオイレウスが真剣な顔で問い掛ける。


「ったく、メンドクセェな。痛いトコ突くんじゃねぇよ、脳筋」

「どうなんだ?」

「はいはい。外部との窓口やってました。これで満足か?」


 彼の入学に際し出資していた組織がクスリを横流ししていたという。酷い話だ。


「それで貴様。いくら儲けた?」


 アルジャンにみんなの嫌悪感が募る中、ヴェニュスが問い質す。


「おいおい。そん時何歳だと思ってやがる? はした金で使い潰されてたよ」


 最悪だったぜ。やれやれと肩をすくめ苦笑するアルジャン。


「一つだけ、聞かせてくれないかな?」


 斜に構え剽軽な態度の彼に、真剣な眼差しを送るのはミニュイ。

 何かを察したのか、彼も居住まいを正し向き直る。


「アナタは、自分のしたことを反省してますか?」


 何かを考えるかのように天を仰ぐ。


「ああ。だから、学長に告解して足を洗ったんだ」


 彼女に視線を戻した彼はいつになく真剣な表情で答えた。

 へらへらと下卑た笑いを浮かべる普段の彼とは違って、

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