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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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暗躍

「そっか。いいお母さんだったのね……」


 うらやましいな。ポツリとミカが呟いた。


「ミカ?」

「え? ――――あ、ごめんなさいっ アタシったら、変なことを……っ」


 顔を赤くしながらあわてて取り繕おうとする。

 おしゃべりだったミカが頬を赤く染めて押し黙り、居心地の悪い空気が流れる。


「ミカは、おかあさんのこと、嫌い?」


 わたしが質問すると、少しだけ驚いた顔をした。それから、前を向いて遠くを見つめる。


「わかんない、かな……」


 はぐらかしている訳ではなさそうだ。ただ、なんとなく。わたしが母に思っているような感じではなさそうだ。


「アタシさ。母親のこと、何一つ知らないんだよね……」

「え――」


 わたしは言葉を失った。

 普通はそうだと思う。だって母親は、自分が生まれてから居て当たり前の存在だから。

 どうして、彼女は自分の母親のことを知らないのだろうか?


「――――ねえ。魔王軍って、知ってる?」


 それは大昔の魔王に率いられる軍団ではなく、勇者の死後にできた組織。

 わたしのような吸血族ヴァンパネラやミカのような淫魔魔族サキュバス、オフリオのような獣魔族バルバロイは魔王がいた時代、一緒になって人類を殺して回った。 


 そのせいで魔王が死んだ後。人類と仲良くしようと歩み寄ったが、お互いに確執を抱えたままのせいで余りうまく行かなかった。

 ミカの言う魔王軍とは、差別によってひもじい思いをした魔族が創ったテロ組織。


 彼女は自分の意志とは関係なく生れた時からそこに所属しており、人殺しの道具としてこき使われていたらしい。


「そんなアタシをね? ここの学長が拾ってくれたのよ」


 恩義なんて、最初は感じていなかったという。

 魔法科一年生として入学した彼女はラタトスク寮に入る。そこで彼女はヴェニュスと出会い、一時は魔法師団として活動していたらしい。


 だがミニュイが来て、一年後にはブリュムと二人で野球をするようになり。次の年には

 ラシーヌとリュクセラが加わり、そのまた次の年にはペリエとフェルムが。


 毎日みんなで楽しそうにしているのが気になり出したミカは、ヴェニュスの勧めもあって野球部に合流した。

 魔法師団に入ったのは、当初はそれが学長の命令だと思っていたし特に何の感慨も無かった。自分に何かを決める権利はない。ずっとそう考えていた。


 そんな、ただの道具でしかなかった彼女が。初めて自分の意志を見せたのが野球部への入部だった。


「――って。なんか、ゴメンねっ 急にこんな話されても、迷惑よね……」


 恥ずかし。顔を真っ赤にして両手で覆う。だけど。そんな彼女に違うと首を横に振った。


「ありがとう。話してくれて」


 信頼してくれていたのが、素直に嬉しかった。


「うん。ありがと……」


 恥じらいに頬を染めたまま、肩をすぼめてしおらしいミカ。普段の彼女とはだいぶ様子が違う。

 やがて順番が回って来たので、二人でそれぞれ注文した。


 わたしはいちごジャムと生クリームの入ったクレープを頼み、ミカは生クリームとカスタードクリームの入ったのを注文した。


 一口食べると、生地の優しい味わいに加えいちごジャムの鮮烈で爽やかな酸味と生クリームの軽やかな甘味が舌の上で躍る。ずっと食べて居られる。


「はい。ちょっと一口交換しましょ」


 ミカに差し出されたクレープを頬張る。バニラの香りとカスタードの濃厚な甘味が口の中いっぱいに広がった。生クリームの軽やかさとクレープ生地の懐の深さがカスタードのクドさを中和し、もう一口、とまた食べたくなる。


「そこのお二人さん。お一つどうです?」


 クレープを食べ終わってふたたび屋台を見て回っていると、声を掛けられた。

 振り返ると、肩掛けに大きな箱を抱えている男子生徒がいた。日差しを嫌がってか、フードを目深にかぶっていた。


「ああ。アイスキャンディーね」


 ふたを開け、ジュースを棒状に凍らせた氷菓を差し出してきた。せっかくなので一本だけ。

 この時、わたしにだけ氷菓と一緒に紙切れが手渡された。


「どうか、一人の時にお読みください」


 耳元で囁くと、そのまま去っていった。


「なになに? ラブレターですか?」

「らぶれたー?」


 初めて聞く単語にわたしは混乱した。

 オレンジ味とサイダー味のそれを食べながら、ラブレターとは何かを教えてもらった。


 要するに、渡した相手はわたしのことが好きらしい。

 正直、違和感しか感じない。


「それならそうと、はっきり言えばいい」

「バカね。そこはアレよ、恋の駆け引きってヤツよ」


 ミカはニヤリと口角を吊り上げる。よく分からない。そもそも、相手が誰かもわからない。本当に変な話だ。


「まーまー、いいから。はやく見ましょ?」

「一人でって言われたけど?」

「ああ、もうっ わかったわよ。あとで見せなさい」


 物欲しそうに手のひらを差し出してくる。本当に分かっているのだろうか?

 折り畳まれたそれを広げて読む。


(え――――)


 意味が分かった瞬間、全身から血の気が引いた。


「で? なんて書いてあったの?」

「――――っ⁉」


 ミカの声に振り返り、わたしは即座にそれを隠した。


「? なに、どうしたの?」

「いや――」


 なんと答えたものか。いや、教えてはいけない。紙には「一人で」と書かれていたのだから。下手に誰かへ話したりでもしたら――


(行かなくちゃ)


 動揺する中でも、それだけは理解していた。


「ちょっと、トイレに……」

「え、お腹壊しちゃった? 大丈夫なの?」


 心配そうな顔で近付いて来る。マズい、見られる。


「うるさいっ!」


 自分でもびっくりするくらいの大きな声が出てしまった。


「アコニス……」

「…………っ」


 青ざめて困惑するミカを置いて、わたしは駆け出した。

 これは、ただ事じゃない。よくないことが起きてる。試合が近いのに、どうしてこんなことに。


 ミカは、いい人だ。テロ組織に道具として育てられ、そんな過去にとらわれることなく自分の道を歩こうと努力ができる、強い人。


 そして、連れて来られたことにいつまでもイジけるわたしを気にかけてくれる優しい人。

 そんな彼女を、巻き込むなんてできない。


「大丈夫。わたしならやれる」


 自然と言葉に出していた。

 そうだ、大丈夫。かつては魔物相手に実戦もこなしたことだってある。

 あの時は、オフリオが居たけど。


「…………ッ」


 やるしかない。自分一人の手で。覚悟を決めてわたしトイレに向かう。

 最悪の結末を、回避するために。


「…………」


 再び野球場に入ると、トイレの前にある壁に張り付いて辺りを観察。

 人の往来はない。トイレの入り口を壁に隠れながら確認。誰も使ってない。


「一人で来いって、言ってたのに……」


 中に入って周りを見渡しても、やはり誰も居ない。

 どうやら、イタズラだったようだ。ダマされた自分が情けない。

 がっくりと肩を落としながら、わたしはミカのことが気になった。


(傷付けちゃった……)


 気が重いが、ちゃんと謝らないと。


「ちゃんと一人で来たようだな」

「――――っ⁉」


 背後で男の声がした。動くな。わたしの背中には、ナイフが突き付けられていた。

 これで、ただのイタズラなんかじゃないと確信した。


「これを着ろ。フードで顔を見せるな。下手な真似はするなよ?」


 ヤツの命が惜しいなら。わたしは苦虫をつぶした顔をしながら男の言う通りにする。


「ついてこい」


 それだけ言うと、男は法衣ローブを翻してトイレを後にした。言われた通りにするしかない。


(ヴェニュス……)


 とらわれの身になっている彼女のことが心配だった。

 クラスで何人かも言っていたが、ヴェニュスは学内でも最強らしい。

 だがそんな彼女も普段は封環をつけて魔力を制限している。そこに付け入られれば、彼女だって実力を発揮するのは難しいだろう。


 わたしが、行かなくちゃ。気を引き締めながら、男の後を追う。

 それにしても、不思議なくらい誰もわたしたちに視線を向けて来ない。フードを目深にかぶった二人が連れ立って歩いていれば、普通は誰か怪しんで来たりすると思うけど。


 男はやがて校舎に入り、建物の中を突っ切って中庭に出た。野球場から結構な距離を歩いて来た。校舎も複雑に廊下や階段を往ったり来たり、そもそもフードの狭まった視界のお陰で今、自分がどこにいるのかよく分からない。方向感覚が死んだ。


「ここだ」

「え? ここって……」


 わたしはまゆをひそめる。だってここは中庭の一角で壁に囲まれていて、わたしたち以外は誰も居ない。

 進み出て辺りに目を凝らしても、やはり誰も居ない。

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