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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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行列のできるクレープ屋さん

「珍しいわね。アンタが野球に興味示すなんて」


 感心するのはリュクセラ。


「当然だともっ なにせ、決闘でペシェットに勝ったフレーヌが出るからな!」

「へ? オレですか?」


 意外な答え。驚きのあまり目が点になった。


「そうだともっ 今度こそ、己が望む掌理を手にして来いッ!」

「ハイッ!」


 随分とアガることを言ってくれる。心の中の闘志がメラメラと燃え盛る。


「暑苦しい……」

「コラ。否定しないの」


 ラシーヌが辟易すると、憮然としたリュクセラがたしなめる。顔の表情から心の中では同意してそうだが気にしない。水を差されたとも思わない。


「みんな。試合、頑張って来てね」


 オイレウスの後ろから白熊の獣魔族バルバロイ、グレルが近付いて来る。その手には種々の軽食を抱え、口元には食べカスをくっ付けていた。うーん、カワイイ。

 他にも、騎士団で活動する男子数人が軽食を片手にやって来た。昼前ということもあり、香ばしい匂いがお腹に響く。


「おぅ。早くしろよ不良娘ども」


 ゲートから出て来て、せっつくのはアルジャン。苛立ちに顔をしかめ、不機嫌を隠そうともしない。彼は今日、制服の上から運営係の腕章を巻いていた。

 運営委員会には各寮から一名以上出す決まりで、彼が卒業するまでは辞任も許されない。それが犯した不正に対する減免の条件だから拒否権はない。


「いいか? お前ら。時は金なり。時間の浪費は金の浪費。俺の金を浪費させるな」


 さっさとしろ。あごをしゃくって入場を促す。


「守銭奴」

「何か問題でも?」


 相変わらず図太かった。ラシーヌの悪口をまるで意に介さない。


「ん。アレ」


 フェルムがゲートを指差す。駆けて来たのはミニュイとピティエ。


「皆さまっ⁉」

「みんなっ⁉」


 血相けっそうを変えて出てきた二人は肩で呼吸し、膝に手を置きうつむく。


「どうした? なにがあった?」


 それは運営係の責任感か。息も絶え絶えな二人にアルジャンが問い掛ける。

 言葉を発せないピティエは、無言で紙切れを手渡す。


「なんだ、こりゃ?」


 そこに書かれていたのは――


『ヴェニュスの身柄はこちらで押さえてある。最悪の結末を回避したいなら、球場の便所へ一人で来い』


「なんじゃ。なんなのじゃ、コレは…………?」


 手渡された紙をアルジャンから取り上げ、端から端まで目を通す。身柄を押さえられている筈の本人が。

 戦慄した表情で固まっていた。


 〇                          〇


 観戦なんて、つまらない。二回裏の攻撃を見終えた時点で、わたしは退屈していた。

 小さい頃。わたしは母と野球観戦をしていたこともあるのだが、あれは観戦が楽しいんじゃなくて母との時間が楽しかったのだと、あらためて気づかされた。


 退屈な以上、ここにいても苦痛なだけ。屋台が出ているのはミカたちに聞かされてたから、そっちで時間を潰すことにした。


「? どこ行くの」


 外。尋ねるミニュイに短く答える。


「よぅし。じゃあ色々案内してあげる♪」

「ん。ボクもいく」

「だね。ヒマだし」


「長くなりそうだし、アタシもちょっと休憩してくるわ」

「わたしも~♪」

「お前ら……」


 わたしと同じ気持ちだったみんなが立ち上がる。ブリュムがそれを呆れ顔で見ていた。

 ふと、フレーヌを見る。が、ピティエと一緒に試合に集中していてこっちを見ようともしない。なんかちょっとムッとする。


「うん。わかった。それじゃあ――」

「あんま、遠くに行かないで。でしょ?」

「あとは、この封環ふうかんを外すな。とか?」


 ミカとリュクセラがミニュイの言葉を遮る。微笑みを浮かべるミニュイは「いってらっしゃい」と、気持ちよく送り出してくれた。


「よし。じゃあ、いくわよ?」


 なんかよくわからないけど、わたしはミカと屋台を回る流れになった。せっかくなので、付き合うことにした。

 野球場のゲートに向かいながら、わたしは自身の手首に付けた封環に触れる。


 どうやら、公式戦では魔力による不正を未然に防ぐために装着しないといけないらしい。

 そういえば野球賭博ではそんな決まりは特になく、相手が闘気オーラや魔力で不正をして来たらこっちも遠慮なく使っていた。


 母と同じくわたしの魔力も人並外れていたので、だから負ける事も無かった。

 不正とは決めていても実際には取り締まらなかった辺り、結局はパフォーマンスが盛り上がれば何でも良かったのだろうと、今ならわかる。


 野球場を出ると、日が高くなり心地のよい陽気が満ちていた。頬をなでる風は清涼で、いっぱい歩いても汗ばんだりしなさそうだった。


「よし。じゃあ、屋台行きましょ、屋台」


 ミカのいう通り、最初は野球場を出て右側のエギノス村に続く道の方へと足を向ける。

 立ち並ぶ屋台が近づくにつれて食べ物の良い香りが鼻をくすぐった。


 ミカによると、校内リーグの時はこうして村から屋台が出張って来るらしい。

 村人にとっては、農作業や魔物討伐を含む山仕事以外のそこそこ儲かる収入源らしい。


「というわけで。来たからには、食べて帰るのが礼儀よ」


 得意げに笑うミカ。フェルムとラシーヌは財布の中身を確認して何やら真剣に考えているみたいだった。そっとしておこう。


「今日はなに食べようかしら?」

「あ~、それなら――」


 リュクセラとペリエは談笑しながら二人だけで歩き始めた。


「で、アタシたちは何食べる?」


 ミカが聞いてきた。まだ特にお腹が減ってないと伝えると、歩きながら考えるということになった。

 リュクセラとペリエ、フェルムとラシーヌとはいったん別れ、わたしはミカと居並ぶ屋台を冷かして回る。


 彼女と一緒に種々のできたての軽食を物色していると、やはりというか食欲が湧いて来た。おいしそうな匂いが鼻を刺激してお腹に来る。

 半分以上も回っていると、さすがにお腹が空いて来た。


「おお。二人とも!」

「やっほ~」


 声をかけて来たのは、物騒な大剣を肩に担ぐ武芸科の先輩。

 それと、柄長の斧を背負った大きくて可愛らしい白熊の獣魔族バルバロイの先輩。

 彼を見ると、今頃オフリオはどうしているのかと少しだけ気になる。


「試合はまだいいのか?」

「そりゃ、ユニとアルミが始まったばっかだし。退屈で仕方ないわ」


 先輩の問いに、ミカが肩をすくめる。


「そっか。大変だね……」


 クレープをパクつきながら白熊が呟く。おいしそうだ。

 それはわたしのお腹も感じてたようで「ぐぅ~」とお腹が鳴った。タイミング悪。


「お? じゃあ食べにに行かないとね♪」


 赤くした顔をわたしは逸らす。にやけるミカの顔がまともに見れない。


「それ」

「ん?」

「どこに、売ってるの?」


 わたしは横目で白熊先輩に尋ねる。

 あっち。指差した方にわたしは速足で歩き出した。それをミカが慌てて追いかけて来る。


 道の両脇に並ぶ屋台とその周辺には何人かの生徒や村人たちが集まってたり散策していた。その中でもクレープ屋は盛況で、女子たちが列を作っていた。


「相変わらず、ここは人気ね」


 最後尾から店頭を眺めるミカがつぶやく。

 それと、待っている間に教えてくれた。この店にはウチの寮が関わっているらしく、機巧人形ゴーレムを作った先輩と制球力を付ける練習具を作った先輩、それと守銭奴先輩が生クリームを作る機械を売ったのが始まりらしい。


 甘い生クリーム入りのクレープなんて、いつ以来だろうか。わたしは期待に胸が高鳴る。


「そういや、アンタの母親って。野球選手にはならなかったんだっけ?」

「うん。冒険者」


 ただ草野球には何度か参加し、冒険者の草野球チームで投げていたのを見たことがある。

 遠い記憶の話だ。


「へぇ~。どんなピッチャーだったの?」


 ミカのセリフで、幼い頃の記憶がよみがえる。


「とっても速い球を投げてた」


 とにかく、みんなが空振りしていたことだけはよく覚えてる。

 なんか、すごいことだと、子供ながらにも思ったものだ。


「じゃあ、アンタより速いの?」

「う~ん。多分……」


 なにしろ幼い頃の記憶だ。あまり自信が無い。でも恐らくはそうだろう。わたしはまだ、母と同じ年齢にはなっていないし、わたしより投げた経験も豊富だったろうから。


「お母さんとの野球、楽しかった?」

「うん。楽しかった」


 それは、自信を持ってうなずける。


「お母さんのこと、大好きなのね?」

「うん……」


 大好き。自然と口からついて出た。


(そっか……)


 口に出して、改めて気付かされた。わたしは、母が好きだ。まだ全部が全部、受け止めきれたわけではないけど。それでも。


 好きである気持ちも、嫌いな気持ちも。持っておくことを自分に許す。ヴェニュスのいう通りにしたら、わたしの心は軽くなった。

 割り切らなくていい。あの言葉にわたしは救われた。

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