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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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ソレルの登板

「じゃあ、エース交代ってこと?」

「いや。まだ初回ですし、場合によっては継投も考えられるんで」


 ミカの疑問ももっともだが、まだ断定はできない。


「ぜったい、わたしの方が球速い」


 アコニスはまだ不貞腐れていた。


「そうです、アコニス。それに、変化球の威力も。だからアナタは、自信持ってください」


 ウチの剛腕をはげますのは、頼りになる優等生左腕。コクリと頷く顔を見れば、機嫌は直ってるみたいだ。


「さあて。次はいよいよ、学校のエースか」


 楽しみだ。ワクワクして胸が高鳴る。

 名門アルクフレッシュの次女、ソレル。投球フォームは下手投げ《アンダースロー》。

 球速や球威で押すのではなく、多彩な変化球と精密な制球力で相手を打ち取る技巧派。


「うわっ エグいな、ありゃ」


 見たところ、直球の球速は百三十キロ台。だが、それを補って余りある厄介さが問題だ。


「気付いたようね」

「? なにが、ですか?」


 ピンと来てないピティエに、オレがソレルの投球について解説する。

 高身長の彼女は長い四肢を存分に生かし、地面スレスレから投げて来る。

 投球の際。ソレルはプレートの三塁側に立っているため、右打者にとっては背中から球が来るような感覚に襲われるので恐怖心をあおられる。


 さらに球持ちがよく、身体の前側でリリースされるからタイミングもかなり取り辛いだろう。

 これで制球力も高いんだから、エースの看板は伊達じゃない。


「うん。私も去年は、本当に手も足も出なかった……」


 静かに語るミニュイは悔しさを感じているのか、拳を硬く握り締めていた。

 闘志の炎は消えていない。やはり、ウチのキャプテンは頼りになる。

 投球練習で投げたのは直球以外にナックルカーブ、チェンジアップにツーシーム。スライダーにシュート。そしてパワーシンカー。


 全球種をご披露とは大盤振る舞いだ。物腰の柔らかさといい、絶対的な自身の持ち主だということがよく分かった。

 捕手からの返球を受けると、こちらに視線を寄越して手を振って来やがった。


「野郎――いや、あのアマ、か……?」


 にこやかなソレル。腹立たしいくらいに余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》だ。

 だがオレは、礼儀として手を振り返しておく。


「アンタってそんな仲良かったっけ?」

「ん?」


 リュクセラの問いに振り返る。怪訝な顔の彼女には人としての礼節だと説明しておいた。

 実は彼女に原本を見せた後、ラシーヌを通じてジャイロボールに関する知識を所望して来たので、抜粋して手渡した。


 ラシーヌ本人もあまり社交的な人間ではないので、オレもまだ誰にも言ってない。

 そして始まる、初回裏の攻撃。

 結果は三者三振。しかも、九球ともパワーシンカーという省エネピッチング。


 あれだけの球種を見せておきながら。ストレートすら投げていない。

 沈痛な空気の中、ブリュムが口を開く。


「なんというか。格の違いを見せつけて来たな」

「うん……」


 消沈したミニュイが頷いた。

 しかもマウンドの去り際。今度はペシェットの方に手を振っていたのだから、本当に良い性格をしている。


「あれって、そんなに打つの難しいの?」

「はあ?」


 何も知らないアコニスが疑問に首を捻ると、ミカが呆れ顔になった。知らぬが仏というかなんというか。


「ええ。シンカーはとても打ち辛い球種なんですよ。私も、フレーヌさまから教えてもらいました」


 当のアコニスは興味なさげに「ふーん」と呟くだけだったが、ピティエはオレに教わった通りにシンカーの有用性を語り出す。


 シンカーの軌道はとても立体的だ。弧を描き、利き手側に曲がりながら沈み込むこの球はバットの軌道と重なる所が一点だけしかない。

 反対に直球はバットと軌道が重なる割合が大きいので打ちやすい。


 スライダーやシュートは直球より重なる割合は小さくとも、シンカーより顕著であることはない。

 以上の理由から、シンカーは打者にとって最も捉えにくい変化球の一つであると言える。


 幼馴染の解説を聞きながら、オレの胸は温かさに包まれていた。

 ピティエ。こんなに立派になって……。

 二回表の攻撃。満を持してエヴェイユ最強の打者、ルージュがダグアウトから出て来た。


 それだけで、カーバンクル寮の観客たちが湧き上がる。中には、ホームランを期待する声援も聞こえて来た。


「アレが、ルージュ……」


 癖の強い真紅の長髪を靡かせる鬼人オーガスの少女。右利きで体格もオレと変わらない。外見だけで言えば、平凡そのもの。

 そんな人が、恵体のセレスティーナを差し置いて去年の夏から四番を張っている。

 自然とオレは沈黙し、固唾かたずを飲んで彼女の一挙手一投足を注視していた。


「長いな……」


 ルージュの素振りを見ていると、長くて細身なバットに目が行く。

 恐らくはオレと同じで全長は規定の限界値。こっちの世界で普及しているものよりも芯の面積が少ない。よほどミートに自信があるのだろう。


 審判を務める教員の声でプレイ開始。掲げられた脚が、大鎌のように振り下ろされる。

 全身のバネを使った躍動感溢れるまさかり投法。撓る上体が旺盛な速度で腕を振り下ろす。


 一球目は直球。高めの球がファールでバックネットに飛んで来た。

 次はカーブ。速度差に惑わされることなく、外角に逃げる球を捉えて振り抜く。


「入る――」

「いや、切れる」


 オレの予想通り、逸れた打球は最終的に外野の頭を越え一塁側の最も深い所に落球した。

 ホームランまでは僅差きんさ。そんな特大ファール。


 さすがに動揺したのか、駆け寄った捕手に声をかけられて我に返ったようだ。

 ノーボールツーナッシング。それなのに、ルージュは打席で落ち着きを払っていた。


 気負いなんて微塵みじんも感じさせない。肩の力を抜いてバットを構えて居た。

 そして第三球。緩い球、チェンジアップ。迷うことなく振り抜いた。


「行った…………っ!」


 球場がどよめく中、思わずオレも立ち上がっていた。

 失投だった。曲がらない緩い球は風を斬り裂くバットに容赦ようしゃなく打ち上げられ、右中間方向にグングン伸びていく。


「ホームラン!」


 大歓声が一塁側から上がった。観客が興奮する中、本塁打を放った張本人は喜ぶ素振り一つすら見せず、淡々と走塁をこなしていた。

 これで一対〇。


「これは辛いでしょ……」

「だねぇ……」

「うん……」

「そうですか? むしろ、失投でよかったと思いますけど」


 本塁打にされたのが。リュクセラとペリエ、ミニュイたちが沈んでいる中でオレは一人、異論を唱えた。


「確かに、そうかもしれませんね」

「どういうこと?」


 ピティエの同意に疑問を投げ掛けるのはミカ。


「あれで膝下に沈んでいくコースに完璧なチェンジアップでスタンドに運ばれていた方が、投手としては嫌だからですよ」


 失投なら、精神的動揺によるミスの一言で片づけてしまえる。

 だから今、マウンド上での会話は「開き直って行こう」と示し合わせている筈だ。

 この試合、まだわからない。


 〇                          〇


 それから試合は、投手戦の様相を呈した。

 ファルチェは五番の初球バントという奇策にも動じず、丁寧に一つアウトを取ると見事に立て直した。


 その後は安定感を見せ、球威で押しながら要所要所できちんと球を制球し三振や凡打を積み上げる。二巡目以降は多少のヒットを許すが、粘り強い投球と好守に助けられて後続を断ち切り、追加点を入れさせない。


 一方、ソレルは二巡目でパワーシンカーにバットが掠ると即応。直球とスライダーを織り交ぜ、二球でストライクを二つ取ると最後は甘いコースに変化球を投げてバットを釣り出し、凡打や三振に切って落とす。これまで被安打はなし。


 互いに得点が入れられず、膠着こうちゃくしたまま八回の攻撃へ。

 ここで、試合が動いた。

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