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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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観戦

 今日は待ちに待った試合だ。千々《ちぢ》とした雲が若干浮かんでいるが、絶好の野球日和。

 オレたちはユニフォームに着替え、すでにウォーミングアップも済ませてある。


「といっても。最初に試合するのは私たちじゃないけど」


 最初の対戦カードはカーバンクル寮 対 アルミラージ寮。


「オレらって、あんまり接点ないですよね?」

「あ~、確かに」


 オレの言葉にミカが同意する。

 武芸科の同学年にも居るのだろうが、イザイアとゴルジュナの印象が強いせいもあって顔がすぐに思いつかない。


「そうね。あそこは庶民しょみん寮だから」

「庶民寮?」


 聞き慣れない言葉だった。それをブリュムが補足説明してくれた。


「要するに、だ。貴族の子女でもなく、商人の奨学金を当てにしなくても入学できた連中。一般家庭の出身者というわけだ」


 だから庶民寮なのか。その言葉はどこか、侮蔑ぶべつのニュアンスを含んでいそうだった。

 使ったら陰口になりそう。是非、言わないようにしておきたい。


「因みに有力な選手って、誰になるんですか?」

「うん、それはね――」


 エースであるラズリア以外だと、攻守のかなめであるキャメリィくらいなものだった。

 やはり、英才教育を受けた貴族と才能を買われた奨学生と比べると、どうしても見劣りするようだ。


 そんな人材に乏しいチームがどんな戦いを見せてくれるのか?


「お手並み拝見、ですね」


 午前九時。試合が始まるのをバックネット越しに観戦する。

 次に試合を控えるオレたちはそこで待機を命じられていた。すぐ隣に昇降用ゲートがあるので移動に掛かる時間がすくない。スムーズな進行をするための措置だった。


 因みにゲートを挟んで反対側にはベンチ要員も含めたユニコーン寮野球部の面々が陣取っていた。頭上は天幕が張られており、支柱が支えるだけの単純な構造なので吹き抜ける風が心地いい。観戦するには快適な環境だ。


「さて、と――」


 オレとピティエは訂装ていそうされた帳面を取り出す。


「? なに、ソレ?」

「え? スコアブックだけど?」


 アコニスに教えてやる。

 これは入学式前に数冊購入しておいた。ビデオカメラやスマホ、動画サイトがない以上、観戦を少しでも有意義にするために。


 実は先の練習試合でも、スコアはピティエに付けてもらっていた。その事も含め、改めてスコアブックについて概説した。


「ああ、そういえば。そんなの教えられた気がする……」


 ラシーヌの発言には、ミニュイも無言で苦笑するばかり。この聖人、この体たらくの連中をよく今まで見捨てなかったものだ。


 双方のシートノックが終わり、グラウンドに目を向けると紫紺のユニフォームに身を包む少女たちが守備位置に散っていく。今回、表の攻撃はカーバンクル寮。

 今回登板するのは鉱人ドワーフで小柄なラズリア――――ではなかった。


「? 誰だアレ?」


 目を凝らさなくても、ラズリアでないことは分かる。三塁側でカーバンクル寮の生徒たちが陣取る観客席からもざわめきが聞こえることから、事前情報がないことが分かる。


 マウンドに立ったのは、紫がかった短髪を揺らす鬼人オーガスの少女。


「あれは、ファルチェちゃん?」

「ああ、確かにそうね」

「もしかして、武芸科か?」


 顔見知りの二人がブリュムの質問に頷く。あんま覚えてねえや。クラスメイトなのに。

 ファルチェは棍棒を武器としているが、徒手空拳の格闘技にも精通しているらしい。


 因みにクラス内の実力はリュクセラやペリエと同レベルらしい。

 中の上辺りなのでそこまで悪目立ちもしない。


「普段はあまり接点がないのですか?」

「うん。まあ……」


 ピティエの純粋な眼差しが心苦しい。

 今までは野球のことで頭がいっぱいだったため、人づきあいがおざなりだった。

 これからは、もう少し他寮の人間とも積極的に交流しよう。


 そんな事を考えながら彼女の投球を見た瞬間、オレは目を奪われた。


(は――――?)


 白のオーバーニーを穿いた片脚を頭上へ高々と揚げたかと思うと、沈み込んだ瞬間一気に振り下ろし、上体をしならせ頭上から投げ下ろす。

 収まるミットが快音を鳴らす。


 その瞬間、球場は水を打ったように静かになった。


「マジかよ……」


 オレは腰を浮かせて食い入るように見詰めた。

 あの独特な投球フォームは原本にも記載されており、前世でも一応知識として入れていた。


「知ってるの?」

「もしかして、勇者様の本に書いてあるの?」


 ラシーヌとミニュイ、二人の問いにオレは首を縦に振る。

 まさかり投法。頭上に揚げた足を一気に振り下ろす大胆で躍動的な動作が、大上段に掲げた斧を振り下ろす挙動と似ていることからその名が付いた。


 前世でも極めて稀な、近年では全く見かけなくなってしまった一種独特な投法。

 もっとも、あの華奢な脚としなやかさは斧というより、大鎌を彷彿とさせるが。

 球の速さは直球で大体百四十キロ台。ピティエやアガットと同レベル。


 ただ、ピティエは幼少期にフレーヌと野球道場に通って禁じられた後も密かに練習していたから経歴も長い。


 ファルチェが投手としてあまり知られてないことを考えれば、入学してから野球を始めた可能性が高い。

 たった三年で、ここまでの投手が育つとは。


「まだ、こんな投手がいたなんて……」


 簡単を漏らすミニュイにオレも同意見だった。

 そんなオレたちを他所に、投球練習を終えたファルチェにアルミラージ寮の観衆は惜しみない拍手を送る。歓声まで湧き上がり、期待の高さが窺えた。


 バックネットの頭上にある鐘楼から鏗鏘こうそうの音色が響き渡り試合開始。

 高身長で青い体毛に覆われた豹頭の女性が左打席に立つ。校内エヴェイユ最速の遊撃手、ヴィットリア。


 繰り出される第一投。

 強振の構えから一転、内角高めの直球をプッシュバント。地を這うように疾駆し、瞬く間に一塁線を突き進む。


 しかし、ファルチェはバント処理もお手の物。素手で捕球、即行で速球を投げ放ち。寸前でコースアウト。


「なんか、普通に上手じゃなかった?」

(気持ちは分かるぜ!)


 リュクスの感想に、オレは心の中で同意した。

 アコニスの覚束ないバント処理を見ていれば、その上手さは一目瞭然いちもくりょうぜん。だが、オレは敢えて何も言わない。バッテリー間の不和に繋がりそうだか。


「ん。たしかに」

「悪い見本、見慣れてるからじゃない?」

「うるさいっ!」


 フェルムとラシーヌが同意すると、アコニスがいきり立って声を荒げた。


「相手は武芸科なんだし、身体能力が違う。比べるのは酷だ」

「頑張ろう? 特訓なら、私が付き合うから」


 副部長と部長がすかさずフォロー。大した連携だ。


「とりあえず今は、観戦に集中しねぇ?」


 次、当たる相手なんだぞ。オレがドスの利いた声で言い放つと、周りは静かになった。

 これで心置きなく試合に集中できる。安堵の溜息を漏らした。


 続く二番手は見知った顔。赤毛の少女はシャルラ。バントの名手が二番打者なのは定石セオリー通り。

 アルミラージ寮のバッテリーは待球指示を見越してか、高めの直球でファーストストライクを取る。


 次は内角寄りの直球で、シャルらがチップして打球がこちらに富んで来た。縄状の高張性ネットに阻まれて勢いを失い、ポトリと落ちる。

 三投目は外角に逃げるかなり緩い球。


 変化量と直球との球速差から見てナックルカーブ辺りだろうか。判定はボール。これでワンボールツーストライク。

 最後はスライダー、直球よりやや遅い。


 真っ直ぐの軌道を見越して振られたバットが空を切る。スイングアウトで三振。これでツーアウト。


「ふむ。中々配球が良いな」

「そうなんですか?」


 ああ。オレは尋ねて来た幼馴染に首肯しゅこうする。

 四球目に臨んだシャルらは恐らく、ヒット狙いではなく際どい球をカットして情報を引き出すのが狙いだった筈。そこを突かれた。


 積極的にストライクを狙いに行くリードには好感が持てた。

 ミニュイの情報によると、捕手は武芸科の上級生。経験豊富な六年。

 中軸相手には初球を外角低めのスライダー、内角低めの直球。


 追い込んで三球目にはナックルカーブ。三振を取りに行くも当てられてファール。

 四球目も緩い球。しかし、バットの根元で詰まらせボテボテのピッチャーゴロ。難なく送球してアウト。チェンジアップかな?


「なんか、ふつうに上手かったね~?」

「うん。厄介やっかいな投手が出て来た、かな」


 グラウンドから視線を外さないペリエとミニュイ。それはこの場の全員どころか、ユニコーン寮の野球部ですら感じていることだろう。

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