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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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壮行会

「なに話してるの?」


 コップを片手に近付いて来たのはアコニス。噂をすれば何とやら。


「ああ。アコニスの話をしてたところだよ」

「はい、そうです」

「そう……」


 少し恥ずかしそうに視線を逸らす。

 改めてアコニスを見る。何日か前から雰囲気が柔らかくなったと感じていたが、昨日の一件からはつきものが取れたかのように肩の力が抜けている。


 表情も本当に柔らかくなった。


「そうじゃ、アコニス。そなたは“こんとろーる”以外にもいい所があるから、心配いらん。どっしり構えて居ればいいのじゃ」


 目を細め微笑ほほえむヴェニュス。


「別に……っ」


 優しげな眼差しがくすぐったいようだ。少し身を捩って片肘を抱き深紅の双眸そうぼうを伏せる。


「そうですよ、アコニス。アナタは難しいことを考えずに、思い切り投げてください」

「ピティエって、アコニスのこと嫌ってなかったっけ?」


 少なくとも、出会った初日は険悪だったような気がするのだが。


「そんな事ありませんよ? ねえ、アコニス」

「やだ」

「は?」


 ピティエの励ましにアコニスは口を尖らせて反論する。


「わたしだって、色々考えてる……」

「そうでしたか。失礼しました」

「許す」


 反論に怒ることなく、小さく頷いて謝罪する幼馴染。


「なら、明日の先発は期待しても?」

「問題ない」


 悪戯いたずらっぽい笑みに動ずることなく首を縦に振る。頼もしい限りだ。


「私の活躍の場も残しておいてくださいね?」

「やだ」

「フフフフフ♪」


 マウンドはゆずらない。頑なでつれないアコニス。

 そんな彼女の反応が面白いのか、ピティエは肩を震わせて笑い出す。


 考えてみれば、彼女もまた幼い頃から両親が居ない。親近感を抱いていても不思議ではない。

 それに、学科も同じだし。これからどんどん仲良くなっていくのだろうな。そう考えると、見ているだけのオレも自然と笑みがこぼれた。


「どうしたの? 明日のことで話し合ってるとか?」


 オレの首に腕を回してくるのはリュクセラ。生真面目な彼女の顔に珍しく朱が差し、目が座っている。酔ってるみたいだ。


「はい。明日はどちらが先に投げると――」

「いいじゃない、そんなことはっ 明日のことは明日考える。文句ある?」


 オレに体重を預けつつ、ピティエの方へ顔を近付ける。吐息の酒精アルコールがこっちまで漂って来た。これが絡み酒というやつか。


「酒くさい」

「今宵は無礼講、じゃからのぅ。楽しそうで何よりじゃ」

「そりゃあそうよ。こういうときに飲まないでどーすんの? ねえ?」

「ちょっ 二人とも――」


 ヴェニュスはさりげなくこの場を後にしようとアコニスの背中を押す。ズルい。


「ちょっと、アタシと酒が飲めないっての?」

「いや、そういうワケじゃ――」

「おお、メルキュール。何を飲んでおるのじゃ?」

「ははははははははっ いやぁ愉快! まったく、今日は善き日だ!」


 二人はメルキュールと合流し席を移動。オイレウスが大笑して話し掛けるタイミングが奪われた。


「どう? フレーヌさんは楽しんでる?」

「キャプテンっ」

「んあ?」


 捨てる神あれば拾う神あり。ミニィが来てくれただけで心強く感じる。

 酔っぱらいの相手は彼女が相手してくれたので、とてもありがたかった。


 〇                          〇


 壮行会は一時間くらいでお開きとし、ラタトスクの寮生は闇に染まった帰途に就く。

 といっても、アルジャンは村の宿屋で一泊してから帰るらしい。


「まったく、集団行動のできんヤツだ」


 帰り道でルシオルがぼやいていた。

 徐々に夏が近付いていることもあり、彼方の空はまだ夕焼けの残滓が残っていた。


 オレたちは隊列を組むこともせず、ぞろぞろと縦に長く列をなしている。

 といっても、斥候役のブリュムが先行し、最後尾はミルムとクロ、ダンジェたちが警戒しているので即応性は高い。


「そういえば、この前はここら辺で魔物に遭遇そうぐうしたんだっけ?」


 尋ねたのはメルキュール。その顔には緊張の色がにじんでいた。

 かくいうオレも警戒は解いてない。不意打ちを喰らうのは実戦ではよくあること。いつだって油断はできない。


「そうじゃったのぅ。して、ブリュム、今日はどうじゃ?」


 豪奢ごうしゃな輝石を散りばめた長尺の杖を担ぐヴェニュスが、斥候せっこうに首尾を尋ねる。


「特に問題ない」


 この前よりも早い時間だし。それを聞いたメルキュールが胸に手を当て吐息を漏らす。


「先輩って、あまり実戦経験ないんですか?」

「うん。夜間戦闘の経験は、どうしても、ね。フレーヌちゃんは大丈夫なの?」

「はい。因みに森の中での戦闘も慣れてますよ?」

「それに、フレーヌさまと冒険を共にした私も居ますから」


 少しおどけてみせることで彼女の緊張を和らげようと試みる。幼馴染もそれを助長してくれた。


「頼もしい限りだな。結構結構、ははははははははっ!」


 鬱蒼うっそうとした森林に、オイレウスの大笑が響き渡る。大剣を担ぐ姿に隙はなく、今日じゃの余裕が感じられた。


「なんで、そんなに慣れてんのよ。おかしいでしょ、アンタ~」

「セラちゃん、絡まない~」


 相変わらず絡み酒を発揮しているリュクセラは、覚束ない足取りでペリエに肩を借りていた。少し、明日の試合が不安になる。


「先日と違い、今日はオイレウスが居るしワシも居る。いざとなれば、容赦はせんよ」


 口角を吊り上げ獰猛どうもうに笑うヴェニュスは手首の宝環に触れていた。

 確かに。油断する訳ではないが、この面子で負ける気はしない。


 加えて、わざわざケンカを売って来る精強な魔物も居ないだろう。他人の足を引っ張ろうとする輩も。

 その後、一度も襲撃を受けることなくオレたちは校舎に着いた。


 〇                          〇


 夕食を終え、入浴も済ませて後は寝るだけ、というタイミングでドロテアが訪れた。


 昨日聞いた通り、今夜翻訳を届ける予定だったのでそれらを鞄に詰めて彼女の主の元へと赴く。

 途中、人気のない食堂で二人の女生徒が待ち構えていた。


「あれ? ペシェット先輩と――」

「フフ。こんばんは♪」


 手をヒラヒラさせて笑みを浮かべるのはソレル。侍従がこの場に居る経緯を二人に問い掛ける。


「案ずるな。許可なら取ってある」

「そういうことだから、早く行きましょ♪」


 ドロテアがこちらに振り向く。別にやましいことをしている訳でもないので、二人の動向を許可して校舎の奥、学長室へと向かった。

 ドロテアの提げる角灯の灯火トーチの光を頼りに夜の学校を闊歩かっぽする。


「どうかしたの?」


 きょろきょろと忙しなく視線を動かすオレにソレルが尋ねて来る。


「いやぁ。夜の校舎って、ホントに独特な感じがするなって」


 気付けば、オレは学校の怪談なんて単語を前世の記憶から引っ張り出していた。


「怖気づいたのか?」

「違いますよ」


 そもそも、ここでオレが引き返したら訪問する意味がなくなるんだが?

 いつかのような幻術の妨害に遭う事も無く、オレたちは学長室の前に到着。

 扉をノックし、部屋の主の許可をもらうと侍従が扉を開け、オレに入室を促す。


 失礼します。挨拶もそこそこに足を踏み入れると、机の明かりを頼りに執務をこなし続けているソラニテの姿が目に入った。


「ご苦労だった。それで、できあがった分だけでも見せてもらおうか」


 顔を上げると、掌を向けて左手を差し出してくる。


「はい。こちらになります」


 机の前に立ち、鞄からルシオルと翻訳した分を学長に納品した。

 それを手に取り、一枚一枚注意深く目を通す。

 前もそうだったが、この瞬間はいまいち落ち着かない。答案に穴がないか、その場で教師自らチェックしているような緊張感に苛まれていた。


「――ふむ。ルシオルと協業しているだけあって、ペースが上がったな。この調子で引き続き頼むぞ?」

「はいっ!」


 ほの暗い部屋の一室で、喜色が湧き上がるオレの溌溂はつらつとした声だけが響く。それはちょっと恥ずかしい。


「それで、確認したいことがあるのですが……」

「? なんだ、やぶから棒に?」


 組んだ手にあごを乗せて尋ねる。細めた目はどこか嬉しそうだ。

 ペシェットは少しのためらいを見せた後、意を決して疑問をぶつける。


「――あの。アコニスの手紙には、彼女の先祖は昔、勇者パルフェより直接野球の手解きを受けたと……」


 しかも『七家』と並ぶような野球における『秘伝』を授かったと。

 あの話が本当なら、スモーキー投法はこの世界にも細々とではあるが継承されていたということになる。


「なにか、ご存じありませんか?」


 ペシェットは縋るような眼差しで祖母を見詰める。

 まるで、何かを期待しているような――――

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