特注品
ドレスの着付けには経験豊富が侍従二人が率先し、ヴェニュスとミニュイ、それにスリジエが駆り出された。
ペシェットによると、スリジエは彼女専属の侍従らしい。さすが貴族。
(まあ、オレも似たようなモンか……)
ただ、こっちは勘当されてるけど。
待ってる間は暇なので、せっかくだからルシオルと原本の翻訳作業について話し合った。
オレが日中に貸し出している原本は常に肌身離さず持ち歩いてるらしく、即座に取り出しテーブルに広げてもらった。それを物珍しそうにペシェットが覗き込んで来る。
「それが、例の勇者パルフェが書いたという……」
「読めないなら口を挟むな」
「なっ――」
反感を覚え鼻白むペシェットを他所に、彼は翻訳に際し難儀している部分を指してオレに意味を尋ねて来た。
それらはいかにも彼に馴染みがなさそうな野球の専門用語だった。
オレが教えていると、ペシェットも聞き耳を立てて来た。
「本当に野球の教本なのだな……」
「黙れと言っている。聞こえなかったのか?」
「何?」
「まあまあ……」
互いに剣呑な空気を醸して睨み合う二人。そんな折、着付けの野次馬を決め込んでいたミカが戻って来た。
「よろこべ男子。眼福よ?」
彼女が得意げな笑みを浮かべる。それが階下の耳目を集め、剣呑な空気は立ち消えた。
ありがとう、野次馬女子。
そして、ドレスに着飾ったアコニスが廊下の奥からヴェニュスにエスコートされて姿を見せる。
「キレイ……」
誰かが感嘆の声を漏らしていた。だが、オレたちは呆然と立ち尽くしていた。
艶やか、という言葉以上の形容がオレの語彙にはない。それがひどくもどかしい。
匂い発つような色気、艶やかさとは、この様を言い表した言葉なのかもしれない。
ただでさえ人目を惹く美貌が、洗練された瀟洒なドレスで装飾され、清楚で美麗な薔薇が咲き誇るようだ。
結い上げられた金髪は深紅の薔薇と黒いレースのリボンが華を添え、楚々とした足取りはまさに深窓の令嬢。
やがてゆっくりと階段を降り終わると、俯きがちに首を傾け目を伏せる。
「ど、どう…………?」
いつもより頬が赤いのは、頬紅だけが理由ではなさそうだ。
流れる沈黙。ややあって、
「すごい、お姫さまみたい!」
「すご~い、キレ~!」
年少女子二人が瞳を輝かせた。
「よく似合ってるじゃない」
「だねぇ~♪」
「見違えたな」
「うん♪ やっぱり、すごく似合ってる」
「ん。きれい」
「同じく」
「ええ、本当に♪」
堰を切ったように皆が称賛を送り、アコニスを囲って黄色い声が飛び交う。
その様子にどこか満足げな表情を見せる彼女に、オレも顔が綻んだ。
(ああ。そういえば――)
誰も言ってないであろう祝辞をオレはアコニスに贈った。
「十六歳の誕生日、おめでとうアコニス」
オレの言葉に振り返り、目が合う。
途端に涙目になり、アコニスが顔を覆う。
「あ、泣かした」
「ホントだ。泣かした~」
「ちょっ なんでっ⁉」
わけが分からない。そんなにオレには祝われたくなかったってのか?
「ありが、とう……っ」
口元を覆った深紅のアームカバーで声がくぐもる。それでも聞き取ることができた。
その言葉にオレは安堵の吐息を漏らす。
それからは、みんなで彼女の誕生日を祝う言葉を贈った。
もっとも彼女の誕生日は四月十日で、既に過ぎていたが。
〇 〇
いつも通りに朝練を終え玄関をくぐると、ドロテアが再び来ていた。
「以前、職人に注文していたものが屋敷に届いておりましたので」
彼女が小脇に抱えていたのは、布に覆われた棒状の何か。
「本当ですかっ⁉」
ヤバイ、どうしても顔がニヤつく。
逸る気持ちを抑え、手渡されたそれの封を切って被布を取り払う。
それは、入学前にオレが注文していた特注品だった。
芯の部分が先端付近にしかないやや細身のバット。
ただ、長さが規定ギリギリの百二センチなので倍近く長く感じられる。
因みに一般に普及しているバットはいわゆるタイカップ式で野太いが、全長は八十~九十センチとなっている。
ドロテアに了承をもらい、軽く素振りをしてみる。
「う、は……」
感嘆のあまり、変な声が漏れてしまった。
馴染むというより、手に吸い付く感触。今までにない感覚だが、違和感どころか高揚を感じた。何回でも、何時間でも振っていられる。
「ありがとうございました」
バットを抱え、深々と頭を下げた。早く試合で使いたい、試したくて仕方ない。
「顔を上げてください、フレーヌ様。これは、必要な先行投資とお考え下さい」
エヴェイユが甲子園で優勝するための。学長に仕える侍女は穏やかな笑みを浮かべる。
「はいっ 肝に銘じておきます!」
オレ自身に投資するだけの価値があることを、見せ続けなければならない。ちゃんとした形で、結果で。
期待をかけられていることに、オレは身が引き締まる思いがした。
〇 〇
校内リーグ初戦前日の今日は一時間も練習しなかったので、みな体力に余裕がある。
ラタトスク寮の壮行会は全員が参加することになり、ぞろぞろと山道を下った。
時刻は六時。翌日が休業日の時は村での宿泊が許可されており、門限も夜の九時まで。
宵闇に染まりゆく空の下。珍しく溌溂としたヴェニュスが乾杯の音頭を取る。
「では皆の衆。此度は明日の我が野球部の健闘と勝利を願って、乾杯っ!」
『カンパーイ!』
互いに隣り合う者同士で杯を鳴らし合う。オレは今日も今日とて酒精を身体に入れない。
村の酒場は冒険者組合に併設されてるのと同じくらいの大きさがあった。
だから二十人くらいは優に収容できる。それに明日が休日とあって、他の寮生とかの姿もちらほらと見かけた。
「いやぁ~、人の金で飲む酒はうめぇなあ!」
酒精を一気に呷ったアルジャンはご機嫌だ。
「何を言ってる? 自腹に決まってるだろう?」
ちゃんと払えよ。水を差すのはルシオル。がっくりと項垂れる姿がおかしくて、どっと笑いが起こる。
酒宴を開いているがあくまでも夕食は寮で食べるので、オレたちが杯のお供に摘まむのは軽食だ。
しかし、ウチの男共は既に結構な量を食べていた。軽食、とは……?
「う~ん。あの食欲の旺盛さは見習うべきか……?」
気持ちのいい食べっぷりを見て、オレはポツリと呟いた。
「大丈夫です。フレーヌさまの食欲は、そんじょそこらの男子にも負けてませんっ」
頬を上気させ、鼻息を荒げる幼馴染。酒でも入ってるのだろうか。
「ありがとう、ピティエ」
オレは謝辞を述べながらマッシュポテトを一口頬張る。種々の香辛料が混ぜ込まれたそれは、芳しい香りが鼻に抜ける。程よい塩味と相俟って、ジャガイモのほのかな甘味が引き立つ。カリカリに焼いたニンニクやベーコンの切れ端との相性も抜群だ。
「どうじゃ、ご両人。楽しんでおるかのぅ?」
声をかけて来たのは、ヴェニュス。彼女も飲んでいないようだ。もっとも、普段から眠たげな彼女が酒精に浸かったら色々大変だろうとは思う。
「はい。皆さん、本当に楽しそうで。見てるこっちまで楽しくなります」
「そうですね。普段はあまり羽目を外す機会がないから、見てて私も嬉しくなります」
少し模範的な回答過ぎたかと思ったが、満足そうに目を細めていたのでよかった。
「それはよかった。ところで、ものは相談なんじゃが……」
「相談?」
顔を近付け声をひそめるヴェニュス。
「それで。あの子、アコニスは”こんとろーる”? とやらが定まらないと言っておったが、大丈夫なのか?」
意外だった。彼女は野球に興味が無いと思っていたから。オレとピティエは顔を見合わせた。
「どうじゃ?」
心配している様子は面倒見の良いお姉さんといった様子で、見ていて微笑ましい。
「そうですね。コントロールに関しては、一朝一夕ではどうしようもありません」
こればっかりは、日々の練習で勘所を自分で掴むしかない。
「そうか……」
「でも、アコニスの真価はそこではありません。圧倒的な球威が彼女の武器です!」
だから、大丈夫です。ピティエが力説した。
「そうか♪」
相好を崩し破顔する。本当に、自分のことのように嬉しそうだ。




