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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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おかあさんのプレゼント

『アコニスへ。この手紙を見ているということは、私はもうこの世に居ないのでしょう。

 それと、十六歳のお誕生日おめでとう。私の娘であるアナタは、さぞや人目を惹く美人になっているのでしょう。それを見ることが叶わないのは、少し残念です。

 この手紙と一緒に入っているドレスは昔、私が以前勤めていた宮廷魔法師だった頃に仕立ててもらったものです。私はもう着れないけれど、仕立て直して着てくれるなら嬉しいわ。

 って、そんなこと言っても、借金のカタで私に売られたアナタは多分《》うらんでいるだろうから、売ってお金にするかも知れないわね。それならそれで構わないのだけれど。

あのね、アコニス。よく聞いて。私が重篤じゅうとくな魔力欠乏症で衰弱していく最中、一体何をアナタに遺してやれるだろうって。ずっと考えていたの。借金が膨らむ中でアナタの今後の生活の当てや、未来を守るために。私には、何ができるだろうって。

 アナタを担保たんぽにして借金するのは、そのお金で生活するのは、私としても正直心苦しいの。でも色々考えた結果、一番いい方法はこれくらいしか思いつかなくて。

 ねえ、アコニス。アナタはきっと、私をうらむのでしょうね?

 裏切られたと、自分の私利私欲のために娘を利用したと、アナタはきっと悲しんだり怒ったりするのでしょう。それは仕方ないと、私も思います。

 できることなら、私だってこんな方法を採りたくなかった。もっと、まっとうな手段であなたの未来を守ってあげたかった。

 でもね、アコニス。今の私には、これくらいのことしかできないの。

 アナタのことはもっと、別の方法を用意してあげたかった。私が居なくなった後も、幸せにしてあげられたらよかったのに。こんな方法でしか、アナタを守ってあげられないお母さんを、許して。

 ねえアコニス。私はもっと、時間が欲しい。アナタと、一緒に過ごす時間が。アナタの、成長を、見守る時間が。

 でも、それは叶いません。自分自身に死期が近付いているのが、お母さんにも分かるの。

 だから、最後にこれだけは言わせて。

 ねえ、アコニス。私はアナタと居られて、とても幸せでした。アナタの日々の成長を見られることが、この世の一番の幸せでした。私の下に生まれて来て、本当にありがとう。

 どうか、逆境にも負けず、自分の手で幸せを掴んでください。私はその事だけを、天国から神様にお願いしておきます。お誕生日、本当におめでとう。

 それともう一つ。アナタに教えた『吹雪の構え』ですが、それは三百年も昔、私たちのご先祖様が勇者パルフェ様より教授されたものなのよ?

 しかも、あのアルクフレッシュ流とかの『七家』と同格だったなんて、凄いでしょう?

 だから、大丈夫。アナタはもう、自分の力で生きていける。

 どうか未来に、大きく羽ばたいて。

 いつの日も、どんな時も。お母さんはアナタの幸せを、心から願っているわ。

 どうかアナタの未来に、最上の幸福があらんことを。

                          アナタの母、イリスより』


 動揺どうようして言葉も発せられないアコニスを他所よそに、オレたちは遺された手紙を読み終えた。

 これで諸々の疑問がすべて肚落ちした。


 どうして、彼女が野球賭博に身をやつしていたのか?

 若年でありながら、スモーキー投法とトルネード投法を併せた完成度の高いピッチングを会得していたのは何故か?


 入学前から既に実戦レベルで使える魔法の技量を持ち合わせていたのかも。

 元宮廷魔法師の母親が存命中に伝授していたから、当然の話だった。


『………………』


 手紙の内容から彼女たち親子の壮絶な過去が垣間見え、誰もが呆然と立ち尽くし何も言えなくなる。

 沈黙だけが、場に流れる空気の重苦しさを雄弁に語る。

 ペシェットの主従コンビが立ち去るタイミングを失って立ち尽くすのも頷けた。


「よかったのぅ、アコニス」


 優しい手つきで彼女の金髪を撫でるのはヴェニュス。


「そなたの母君はずっと、そなたの幸せを案じておったのじゃ」


 アコニスの母が元宮仕えですねきずがあるなら、その経験を活かして冒険者に身をやつし、そこで魔力欠乏症が重篤化したのだろう。


 そうなれば、頼れる人間は自然と限られる。

 まっとうな方法でアコニスを養育するのが無理と悟った母は、娘を担保にすることで生活費を工面した。


(いや、するしか方法が無かったのか)


 筆跡から男性だと推察したのは、本の虫でもあるルシオル。

 魔力欠乏症が重篤化じゅうとくかして要介護になったことが容易に想像できた。


 であればこそ。まっとうな手段は採れないと判断したのだろう。

 そこにどれだけの葛藤があったのか。それこそ想像を絶した。


「ちがうっ!」


 突然アコニスがいきり立ち、声を荒げる。


「あんなの、わたしのおかあさんじゃない!」


 叫ぶ姿は今にも泣きだしそうで。ガラス細工のように儚げで、触れることすら躊躇われた。


「おかあさんは、自分のためにわたしを売ったっ ひどい、自分が助かるために、わたしのこと、利用して……っ」


 込み上げる嗚咽おえるで言葉に詰まる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を腕で必死に隠す。


「アコニス……っ」


 肩を震わせ、今にも消え入りそうなアコニスを、ヴェニュスが優しく抱き締める。


「おい、小娘」


 誰もが言葉を失っている中。ドスの利いた低い声で少女を呼ぶのは筋骨隆々の守銭奴。


「一つ、教えといてやる。金貸しっての基本、借りたヤツのことを信用なんてしない。貸しただけの金額を、取り立てられる能力と自信があるから貸すんだよ」

「何が言いたい?」


 疑問を差しはさむのは学究肌がっきゅうはだのルシオル。


「つまり、だ。娘を担保たんぽにすりゃあ、娘の当面の生活は金貸しが保障してくれる」

「あ――」


 声を漏らしたミニュイと同じく、オレにも理解できた。

 アコニスに返済能力がある限りは生かされる。あくまでも借金返済のためにだが。


 野球や魔法の才能は金を生む。それに、アコニスの容姿なら娼館しょうかんで客を取らせることもできただろう。

 だからこそ、アコニスの母が借金した相手はアコニスを今日まで生かし続けた。


「ちがうっ 最低なヤツだ!」


 それでもアコニスは必死に母親を否定しようと罵倒ばとうする。


「違わねえよ。それに、気付いてんだろ?」


 それ以外の方法が、取れる選択肢が。全くなかったことに。


「――――っ」


 殺し文句だったらしく、アコニスはひゅっと喉を鳴らしたかと思うと途端に青ざめ、力なく膝から崩れ落ちた。


「どういうこと?」


 いまいち腑に落ちないといった顔で尋ねるのはミカ。その様子にアルジャンは呆れ顔で頭をガシガシと掻いた。


「お前、内容理解してなかったのかよ。いいか? 元宮仕えの魔法使いが、困窮した末に娘を担保にできちまうヤベー所に借りたんだ。そりゃあ、よほどの――」

「もうよい」


 アルジャンが事を仔細しさいに言及しようとするのをヴェニュスが止めた。


「よいか、アコニス。そなたは悪くないし、この場合は誰も悪くない。大丈夫じゃ」


 そなたのせいではない。穏やかな声音でさとし、優しく包み込む。

 嗚咽おえつを漏らし悲嘆にくれる少女が滂沱の涙を流していた。


「そのドレス。一回着てみたら?」

『は?』


 突拍子もない提案をしたのはエクレシア。既にその気なのか、興味深そうに深紅のドレスを覗き込む。


「ご試着、なさいますか?」


 手伝いますよ。申し出たのはドロテア。


「そうじゃな。のぅ、アコニス。一度、そでを通して見ぬか?」

「え――?」


 驚きに言葉を失っていると、箱を持ったエクレシアが「どうぞ」と差し出してきた。

 言われるがままにドレスを手に取る。広げてみると、片側のスリットは漆黒のフリルが飾り立て、瀟洒なレースが深紅の絹地を妖艶な色気で彩る。


「うわ、キレーっ」

「確かに、上等なものね」

「いいなぁ~」


 目を輝かせるのはミカ。賛同するのはリュクセラとペリエ。


「なんか、すごくアコニスさんに似合いそう……」

「確かにそうですね」


 ミニュイもドレスの美しさに目を奪われ、ピティエも同意した。


「見せてくれるかのぅ?」


 着飾った姿を。微笑むヴェニュスが問い掛ける。


「うん。着る……」


 その言葉に、女性陣から小さく歓声が上がった。

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