ペシェットの来訪
「その様子では、此度の試合。十分に勝算はありそうじゃのぅ?」
歩み寄るヴェニュスがミニュイと向かい合い、目を細める。
「はいっ みんな、頼りになる子たちですから」
野球部部長は喜色を強めて頷いた。
「ところで。祝勝会がどうとか聞こえたが?」
「お? アンタらも来る?」
背筋を伸ばしたヴェニュスがミニュイの肩越しにこちらを覗き込んで来る。興味を示した彼女に、ミカが嬉々として誘った。
「いや、部外者を巻き込んでどうする?」
「うるさいわね。いいじゃない? こういうのは、大勢で盛り上がるに限るわ」
盛り上げ隊長は悪びれるどころか得意げに答える。
「ふむ。前向きに検討しておこうかのぅ?」
後ろのメルキュールたちに目配せをする。メルキュールが頷く辺り、感触は悪くなさそうだ。
その後、一緒に食堂へ赴き食卓を共にした。時刻は六時半を回っていたこともあり、イザイアたちとも合流し、夕食はいつになく賑やかなものになった。
そんな中、アコニスは自分から積極的にヴェニュスに話し掛けていた。
今日の練習のこととかを主に話し、ヴェニュスが授業について尋ねると愚痴を零し、そんな彼女にヴェニュスは助言を送り、熱心に何度も頷いていた。
まるで、仲の良い姉妹のように。
「アンタら、いつの間に仲良くなったの?」
疑問を呈したのはリュクセラ。皆、思いは同じなのか、静かに二人の言葉に耳を傾ける。
「別に……」
「まぁ、なんというか。色々あったのじゃ。のぅ? アコニス」
彼女が手を頭上に翳し、頭をなで始めた。アコニスはそれにされるがままになる。
真紅の双眸を細め、どこか嬉しそうだ。人慣れした猫を彷彿とさせる。
「ああ。だから最近はなんかこう、雰囲気が柔らかくなったのか」
得心がいったオレはしきりに頷いた。ここ数日、なんとなくアコニスの機嫌がよかったのが疑問だったが氷解した。
「別に……」
どこか恥ずかしそうに視線を逸らす。
「あ、照れてる」
「だねぇ~♪」
リュクセラとペリエが生暖かい視線を彼女に送る。
「照れてないっ」
頬を紅潮させたアコニスは声を荒げた。照れてると自ら宣言したようなものだ。
彼女が年相応の反応を見せたことで、食卓が笑いに包まれる。
「おい」
振り返ると、そこに立っていたのはペシェット。後ろにスリジエを従え腕を組む彼女は、心なしか不機嫌そうだ。
「なにか、御用でしょうか?」
オレは見上げながら尋ねる。ラタトスク寮生の耳目が、踏ん反り返るペシェットの一挙手一投足に集まる。
「あとで、手渡したいものがある……」
とても嫌なのか、忌々しげに顔を顰めるペシェット。
「オレに、ですか?」
「……違う。アコニスに、だ」
苛立ちがピークに達しているようだ。
「わたし?」
アコニスが不思議そうに顔を傾げる。全く心当たりがなさそうだ。
確かに伝えたぞ。即座に背を向けてユニコーン寮の食卓へと足早に戻っていった。
主人の代わりにスリジエが丁寧に一礼し、主の後を追う。
「なんだったんだ……?」
訳が分からないオレは思わず呟いた。
「分からないことは、気にしても仕方ありませんよ?」
相好を崩す隣の幼馴染。それもそうだ。
「しかし、一体何なのかしらね? 渡したい物って……」
当然の疑問を、首を捻るリュクセラが呈した。
「なにかの嫌がらせじゃない?」
「いや、それならもう少し取り繕うだろう?」
ミカとブリュムが憶測を口にする。
「……ただ、素直になれないだけ、かも知れない」
食卓の方々から様々な憶測が飛び交う中、メディカが珍しく意見を述べた。
「いや、まさかぁ~?」
ミカがそれを否定するも、判断材料が無いので誰もそれ以上は追究できない。
「…………」
みんなが好き勝手放言する中で、ミニュイだけが沈んだ顔でもそもそと食事していた。
〇 〇
食堂から寮に戻ると、応接室を兼ねている玄関広間には隅っこで翼を持つ雪豹とじゃれ合っているクロとダンジェが居り、本を顔に乗せたアルジャンがソファで寝ていた。
「そんなところで寝ていると、風邪を引きますよ?」
母親みたいな台詞でベルティナが彼を起こす。ルシオルが尋ねると、スライムの生態や以前緩衝材を研究する際に読んだ書籍の数々を読んでいたとの事。
「金になりそうだからな。交渉のために調べておいたのよ」
「守銭奴め」
得意げなアルジャンに学究肌のルシオルが冷言を浴びせる。二人は相変わらずだった。
そこへ、
「フレーヌ様」
ソファでエクレシアと談笑していたドロテアが立ち上がり、オレを前に恭しくお辞儀をする。珍しい来客者がそこに居た。
聞けば、ソラニテから言伝を預かっているらしい。
「明日の夜。入寮してから今日まで翻訳した分を渡して欲しい。そう仰られていました」
当日はドロテアが学長室まで案内してくれるそうだ。
「分かりました。それじゃあ、ルシオル先輩。今日の夜にでも翻訳した分を取りに行っても大丈夫ですか?」
「ああ。構わない」
学長の侍従は頷くルシオルを不思議そうに見つめる。
「もしや、翻訳ができるのですか?」
「ああ。少々、難儀はしているが」
ドロテアは驚きに目を見開いた後で「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。
「なっ どうして貴様がここに居るっ⁉」
抗議の声を上げたのはペシェット。扉の前で待っていたミニュイやブリュムと既に合流していた。
「我が主から言伝を預かっていましたので」
「だったら貴様が届ければ良かっただろう? なんで私が……」
「それが、貴女様の祖母が望まれたことだったからでございます」
「くっ……」
声を荒げるペシェットを意に介さず、恭しい一礼で頭を下げる。
命令だから、祖母の言いつけだからと表明されては流石のご令嬢も強くは出れない。
「まったく……」
ペシェットはがっくりと肩を落とす。そんな主の様子を、後ろで箱を抱えるスリジエは心配そうに見つめていた。
「なになに? どうしたの?」
振り返ると雪豹の魔物、ミルムに乗った二人が気持ちよさそうなモフモフの上から覗き込んで来る。
「大丈夫。何でもないから」
メルキュールが口元に人差し指を立て、静かにするように促す。見詰めて来るヴェニュスの視線に気づいた二人は、慌てて口に手を当てた。カワイイ。
「それが、さっき言ってた渡したいものってヤツ?」
「そうだ」
ミカの質問に、ペシェットが苛立ちを隠さず同意する。
出て来い。尊大に呼び付けると侍従からアコニスに渡させる。祖母の侍従が苦言を呈したが、彼女は無視した。
「これは……?」
アコニスは応接用のテーブルに箱を置いた。皆がテーブルを取り囲む中、蓋を取る。
出て来たのは、光沢を放つ艶やかな深紅の生地。漆黒のフリルが付いていることから、ドレスということが分かる。
そして、ドレスの上に置いてあった一通の手紙。差出人はソラニテ。
「手紙にはなんと?」
隣に立つヴェニュスが尋ねる。読み終えた彼女はそれを無言で手渡した。中に仕舞われていたもう一通を取り出した後で。
「うおっ こりゃあ、見るからに上等な絹じゃねえか」
「黙れ守銭奴」
アルジャンがしげしげと不躾な視線で箱の中身を覗き込む。見かねたルシオルが身を挺してテーブルから引き剥がした。
「……ほぅ。つまり、そのドレスは母君がアコニスに遺した、ということらしいのぅ」
ソラニテからの手紙を読み終えたヴェニュスが深紅のドレスに視線を移した。
「どういうことだ?」
ペシェットが疑問を投げ掛ける。
話はこうだ。
ソラニテは以前、アコニスを引き取る際に身辺調査を秘密裏に行っていた。
それで分かったのはアコニスの母親は生前、一着のドレスを仕立てさせていたようだ。
ドレスは自分の死後、アコニスの十六歳の誕生日に彼女への贈り物として遺し、自身がかつて所属していた冒険者組合に預けていた。
「う、そ……っ」
青ざめたアコニスが両手で口元を押さえていた。
「アコニス、大丈夫か?」
動揺する彼女をヴェニュスが肩を抱きかかえ支える。
余りにも憔悴しきっていたので、彼女をソファに座らせた。




