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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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過去の確執

 実験に見切りをつけ、オレは角材を手に寮のグラウンドへと向かった。

 どうやら休憩時間だったようで、実験結果について報告した。


 ただ、みんなはそこまで落胆していない。投手用の器具だと事前に説明していたせいだろう。

 それと、警告の意味も込めて待ち伏せされた件についても。


「フン。返り討ちに遭うなんて、無様ね」

「だね~」


 リュクセラとペリエは中々に辛辣しんらつだった。自身に降りかかった苦い経験を思い出しているのだろう。


「相手が誰か、確認しなかったのか?」

「はい。時間も惜しかったので……」


 それでも手足を斬り落とした。相手取るにはリスクが高いという意識は、十分に刷り込まれていただろう。


「とにかく。これからはみんな、一人で行動しない事を徹底してください」


 ミニュイが毅然きぜんと言い放つ。


「大丈夫です。フレーヌさまは、私が守ります!」


 近付いて来た幼馴染みの鼻息が荒い。


「いや、アンタは学科違うし。あんまり一緒に居られないでしょ?」

「フレーヌちゃんには、わたしたちが居るから。アコニスちゃんのこと、お願いね?」

「むぅ……」


 二人にいさめられ、ピティエは頬を膨らませた。リスみたいでカワイイ。


「オレからも頼むよ。ピティエは冒険者としての経験もあるし、それでアコニスを守ってやってくれ」


 アコニスとピティエ。左腕の二枚看板はラタトスク《ウチ》寮の守備のかなめだ。

 二人のうち、どちらかが欠けてもチームには痛手となる。

 だからこそ、自分とアコニスの身を案じて欲しい。オレは言葉を選んでそう諭す。


「フレーヌさまが、そう仰るなら……」


 彼女は口をとがらせ、不承不承といった様子で引き下がってくれた。

 やがて休憩時間が終わると、ミニュイたちが幻術によるイメージトレーニングをしている横で、オレは投手二人を連れ立ってマウンドに立ちアコニスに短く切った角材を手渡す。


「あ、それってもしかして――」

「そうだ。制球力を上げるための道具だ」


 前にピティエに課したことがある練習。彼女も覚えていたようだ。


「これが?」


 疑問に首を傾げるアコニス。無理もない、その手に握らせているのは、何の変哲もないただの角材なのだから。

 ただ、それには使い道がある。オレが打席の後ろでミットを構え、ピティエに実演してもらった。


「よく、見ててください――」


 横置きにした角材をプレートと平行に置き、それに軸足を乗せる。その状態から投げる。

 角材は足幅ほどしかないので、不安定になりやすい。


 それこそ、体幹の安定性が重要になって来る。

 一通り説明した後、彼女にやらせてみた。すると、彼女の投球に変化が訪れる。


「おいおい、マジかよ……」


 ミットに受ける衝撃が昨日までとは違う。球速が少しだけ上がった。

 何度かやらせて分かったが、原因は踏み込んだ足の幅。

 角材に乗ってるため、いつも以上にバランスに注意を払わなければならない。


 その結果として踏み込む足の幅が狭まり、体重移動がスムーズになって球に速度が乗る。

 思わぬ副産物だった。それに驚いているのはアコニス本人も同じだった。


 それにしても、最初から完璧に投球できるなんて。普通はワインドアップを保つのすら困難だったりするのに。とんでもない安定性だ。


(ふむ。せっかくだ)


 コイツの上限を見てみたい。そこでオレは更なる提案をする。


「なあ、アコニス。お前のピッチングフォーム、逆でできるか?」


 軸足を左足から右足に、左投げを右投げに。これはかなり難しい。


「別にいいけど」

「え? マジで?」


 しかし、意外なことに彼女は二つ返事で了承した。

 彼女はグローブを足元に置き、右手に球を持ってワインドアップ。そこから身体を限界まで捻転し、背中をこちらに見せる。


「ふっ――――」


 動作は滞ることなく、ほとんど左右対称な動きで球を放る。球威は出ずとも、恐らく百三十キロは下らないハズだ。


「スゲェ……」


 思わず感嘆の声が漏れた。ピティエも傍らで大きく目を見開いていた。

 ここまで体幹が安定しているのに、どうして制球が真ん中以外に定まらないのか。

 オレは理解に苦しんだ。


 〇                             〇


 練習が終わり、ユニコーン寮からの派遣部員たちに同行して寮内へと入る。

 派遣される人員は日替わりなので、一々名前を憶えてられない。


「私も行くわ」


 同行にはミニュイもついていくことになった。

 連絡通路から外を見れば、陽が沈んで宵闇の帳が西の空に落ち始めていた。

 すでに六時を回っているので、ちらほらと食堂に向かう寮生たちとすれ違う。


 その中からオレの姿を見て挙動不審になるヤツが居ないか、密かに観察しながら寮内を進む。やがてグラウンドに出ると、ユニコーン寮の野球部はまだ練習を続けていた。


 ユニコーン寮の野球グラウンドは灯火トーチの光を使った大型のナイター照明が複数台設置されており、本当に設備の格差を感じた。


贔屓ひいきじゃね?)


 なんか釈然としねぇ……


「ただいま戻りました」


 派遣部員の一人が告げると、ユニコーン寮の部長であるオネットとセレスティーナが近付いて来た。


「珍しいわね。わざわざアナタたちの方から出向くなんて」


 その言葉の通り、何人かは遠巻きに好奇の視線を向けているのが分かった。それでも、挙動不審な人間は居ない。


「一応、確認なんですけど。今日、遅れて練習に参加したり、途中グラウンドから離れていた部員って居ましたか?」


 オレの質問に派遣部員たちがぎょっと目を見開く。


「どういう事かしら?」


 指先で眼鏡を直すオネット。レンズの奥から鋭い眼光が覗く。

 事の経緯はミニュイがしてくれた。しかし、オネットの厳しい表情は変わらない。


「少なくとも。我が野球部にはそのような輩は皆無よ。この場に居なかったのは、そちらに派遣した部員たち以外にないわ」


 毅然きぜんと背筋を伸ばすオネット。嘘やかばい立てをしているような雰囲気ない。


「それにしても。とうとうラタトスク寮にも妨害工作をする輩が出てきましたか……」


 嘆息したのはセレスティーナ。


「ってことは、ユニコーン寮も?」

「ええ、そう。まだ今年は無いみたいですが、油断はできませんわ」


 オレは眉根まゆねを寄せて顔をしかめた。

 なんだって、ただマジメに努力してる人間にちょっかいなんか出すのかね。

 暇人共が。


「なんか、大変なんですね……」

「ええ、本当に。大変迷惑しているわ」


 部長副部長の心労を気遣うと、忌々しげに端正な顔を歪めて吐き棄てた。

 その時、オレはミニュイの様子が気になった。片肘を抱えてうつむく。まるで、何か痛みに耐えているかのように。


「先輩?」


 オレが覗き込むと、ハッとして顔を上げた。


「なに? どうかした?」


 慌てて取り繕うミニュイ。挙動が不審だ。


「いや。むしろ先輩がどうしたんですか?」

「え? なにが? 私、そんなに変、かな?」


 怪しい。明らかに何かを隠している。


「なにか、我が野球部に含むところでもありますの?」

「そんなんじゃないからッ⁉」


 セレスティーナの言葉に明らかに動揺し、悲鳴交じりの声で叫ぶ。

 周囲の注目がミニュイに集まった。


「どうかしたのか?」


 駆け寄って来たのはペシェット。その後ろにスリジエが続いた。


「別に、なにも……」


 視線を地面に落としたまま、ミニィは頭を横に振る。そんな彼女の様子に、ペシェットは明らかな動揺を見せ瞳を揺らす。まるで、傷付けられたかのように。


「――――そうか。なら、さっさと立ち去れ。これ以上、お前たちに構っている暇は、ない…………っ」


 突き放すペシェット。その顔は苦悶くもんに歪み、両拳が震えていた。


「――――、ええ……」


 俯いたミニィは口を引き結ぶと、きびすを返した。

 お邪魔しました。オレがオネットたちに一礼すると、遠ざかっていく背中に向かって駆け出した。


「さっきから変ですよ、先輩。ユニコーン寮の妨害を受けてるって話が出た辺りから……」


 たまらずオレは質問をぶつけた。


「そんなことないよ」


 部長は本当に何でもないように、笑顔を顔に張り付ける。口角の辺りが少しぎこちない。

 らちが明かない。オレは彼女の前に立ち、問い詰める。


「フレーヌさん?」

「別に何も言いたくないなら、それでも良いですけどね?」


 ただ一つだけ、確認したいことがある。


「試合当日は大丈夫なんですよね?」


 そこだけが問題だ。

 オレの真剣な眼差しを前に、ミニュイは居住まいを正す。


「大丈夫。それだけは約束するから」


 力強く頷く。


「分かりました。それなら良かったです」


 ありがとうございました。オレが謝辞を述べると手で制し、二人肩を並べて歩き出した。

 結局、寮内にはオレの姿を見ても動揺する人間は確認できなかった。


 偵察ていさつは空振りに終わった。

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