トライ&エラー
それと、以前からミニュイに聞きたかったことがある。
「因みにですが。先輩はユニコーン寮での登板って、どんな感じだったんですか?」
あの重量打線を前にして講じた作戦、もしくは配球の具体的な方針とか。
それについて彼女は、当時捕手を務めたブリュムと一緒に凡退を狙ってボール球を振らせるようにしていたらしい。
それでも二巡目で掴まり、一挙に十点を失う大炎上で五回コールド。それを何度も経験したと語る。因みにこっちの公式戦の規則では、十点目が入った時点で攻守が交代する。
それを聞いてオレは、バッテリーの立場として同情を禁じ得ない。
「大変、だったんですね……」
「うん、ありがとう」
それ以外、何も言えねぇ。そんなオレを優しく気遣う先輩。聖人過ぎるだろこの人。
「じゃあ、やっぱり。ユニコーン寮の打線は選球眼が良いってことですか?」
ボール球を見透かされるなら、進退《》窮まって投げざるを得なくなったストライクゾーンへの球を長打や本塁打にされた。コールドゲームのシナリオはそんな所だろうか。
「う~ん。選球眼というよりは、バッティングかな?」
「バッティング?」
思わず聞き返す。話を掘り下げてみるとどうやら、枠ギリギリの際どい球が悉くヒットやホームランにされていたらしい。
(ふむ……)
相手の打線がもし、オレの考えている通りなら。ピティエを先発させても面白いかもしれない。
(でもまあ、いいか)
校内リーグの対戦表では、ラタトスク寮がカーバンクル寮と当たるのは三戦目。
バントと足を絡めた機動力野球。練習試合ではアコニスのクロスファイヤーとツーシームで切り抜けたとはいえ、必ず何かしらの対策を取って来るだろう。
そんな中、露出が少ない投手が一人居ると大分違う筈だ。
やはり今回ピティエは打撃に専念してもらい、ペシェット攻略の一翼を担ってもらおう。
「? どうかしたの?」
「え? ああ、いえ。色々考えてたら、つい……」
自分の世界に浸っていたことを素直に詫びた。気にしないでと首を横に振ってくれたのはありがたい。
「とりあえず。先発はアコニスに頑張ってもらうとして、ピティエはまたDHで頑張ってもらおうかと」
「そうね。私もそれが良いと思う」
これで守備の懸念事項はなくなった。
問題は攻撃。ラタトスク寮の貧弱打線でどう点を取るか?
「随分と楽しそうだな?」
入口の方に顔を向ければ、今度はブリュムが入って来た。
せっかくなので副部長でもある彼女に、対ユニコーン寮の作戦について明かしておくことにした。
〇 〇
その日の放課後。オレは以前、夢馬たちと戦った山道を独りで駆け上がっていた。闘気を漲らせ、全速力で。時間がもったいない。
「ほっ ほっ ほっ」
肩に担いだ袋には格安で買い入れた木板や角材などが入っている。
これらは制球力を鍛える練習に使える。アコニスに打ってつけの教材だ。
先の戦闘は道から外れた場所が主だったので、道自体には大した破損もなく血飛沫も風化していた。
このカーブを曲がれば、もう少しで校門が見えて来る。
そこで何かの気配を感じた。
(なんだ……?)
オレは反射的に大きく跳躍。地上に目を凝らすと、木々の陰から数人が身を乗り出して何かを探していた。フードや仮面で顔を隠しているので、誰かは判然としない。
『安易に人を信じてたら、手痛いしっぺ返しが来るわ。だから用心だけはしておきなさい』
友からの忠告が脳裏に甦る。
先手必勝。自分に有利な状況を作り出すための定石。荷物を上に投げ、オレは大太刀に手を掛ける。
蒼月流抜刀『伊綱月』。闘気を刀身に流し、斬撃を飛ばす。
確認できる敵の数は三。それぞれ致命傷は避けて。
「ぎゃあああああああああっ!」
「あ、足がっ ぐあああああああああっ!」
一人は斬撃を躱したようだが、他の二人は避ける素振りすらなく斬撃によって手足が切断されていた。
ボタボタと血を流してその場にうずくまるのを横目に、オレは落ちて来た荷物を手に取り早々に離脱。
「やれやれ……」
オレは戸惑いを隠せなかった。正直――――――余りにも雑魚過ぎる。
(やるならもう少し上手くやれよな……)
オレとピティエは約一年間。冒険者稼業の中で魔物との戦闘で人が肉塊になった瞬間や、他の冒険者と揉めたこともある。中には交渉が通じず、暴力で解決しなければならなかった事も当然あった。
学校という名のゆりかごで育って来たヤツとは、くぐって来た修羅場の数が違う。
だから、今回の件に関しては罪悪感も無ければ良心も疼かない。仕掛けてくる方が悪いに決まってる。
その後は待ち伏せとかもなく、すんなりと校門を抜け帰寮した。
気持ちを切り替え、まずは練習具の作成だ。
〇 〇
道具の作成は、言い出しっぺのオレの部屋で行うことになった。
イザイアを始めトリスタン、ベルティナやドマージュとメディカまでもが同席していた。
三人寄れば文殊の知恵というが、特待生四人とはとても心強い。これなら早く仕上がりそうだ。
――と、そう思っていた時期が俺にもありました。
スライムの緩衝材製作は予想以上に難航した。
木板にスライムを塗りたくればいい、というものでもなかった。
そもそも、スライムの体組織は安易に物に固着しない。
この世界のスライムは基本、ナメクジのように地を這う。一時的に壁をよじ登ったり、天井に張り付いたりするのは、核に内在する魔力に拠るものだった。
他にも、スライムの体組織は弾力性と可塑性に富むということが分かった。
「じゃあ、体組織の復元は――」
「あくまでも核の作用、という訳だ」
ベルティナの言葉にイザイアが、そう結論付けた。
「事前に分かんなかったの?」
疑問を呟くのはトリスタン。散々スライムの研究をして来ただろうに、という本音が台詞の端々に滲んでいた。
「仕方ないだろう? 僕はスライムという魔物を合成獣化する研究をしていたのであって、体組織だけを研究していた訳ではない」
常に核とセットで実験を繰り返していたから、判りようがなかった。
他にも、毒草から抽出した消化酵素を使って精製した消化剤を試してみた。
濃度の違いによってそれぞれ性質の変化を調べたが、高濃度の消化剤では完全に水になっていた。
一体、どういう原理なんだろうか?
「どうやら、核による復元性はかなり強いものらしいな」
一縷の望みに賭けて雷豹の毒で消化剤の精製を提案すると、
「今、手元にないから無理だ」
早くも暗礁に乗り上げた。
実験が悉く失敗して肩を落としていると、ドアからノックが響いた。
山道での一件もあるので警戒し、薄く開けたドアの隙間から覗く。
すると、書物を抱えたルシオルが立っていた。部屋に招き入れると、それらを机の上に広げた。
「図書館で魔物を産業利用する研究について、調べていたんだ」
その中から、スライムに関する研究の書物を持ち出してきた。彼の言葉に、全員が食い付いた。各々が本を手に取り目を通す。
「げっ⁉ なんだよ。既にオレたちと同じこと試されてんじゃん……」
眉を顰めたトリスタンが呻く。
「雷豹の毒についてもだ。結果、実用化には至らなかったようだな」
読み終わったドマージュが本を閉じる。
「他の消化酵素についても、同じ結果みたいだね……」
ベルティナが溜め息を吐いた。
期待も空振りに終わった。
「――――だが。これで一つ、重大なことが解った」
そう呟くのはメディカ。この少女、中々めげない。
「どういうこと?」
疑問に首をひねるトリスタン。オレも同じ気持ちだった。
有角人の小柄な少女は小さく頷き、おもむろに口を開く。
「魔物であるスライムと、それから分離した体組織では、明らかに性質が違う」
「――――っ そうか。性質が違うという事は、反応にも違いが生じる。そういうことだろう?」
少女はドマージュの言葉に小さく頷く。
確かに現状は振り出しに戻っただけだと、諦念するには十分な理由がある。
だが見方を変えれば、間違いなくこれは進歩だ。
「まだまだ研究の余地がありそうだ。どうだろう、トリスタン。これの研究は、我々が引き継ぐというのは?」
その提案に肩をすくめるトリスタン。
「どーぞ、ご自由に。今んトコ、オレの専門外だし」
「よろしくお願いします!」
オレは頭を下げる。
「無論だ。試せるということは、想像の余地があるということだ」
面白くなって来た。嬉々として口角を吊り上げる。
光明はまだない。だが、絶望するにはまだ早い。それが解っただけでも収穫だった。




