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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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孤独な夜

 食卓が怒声で凍り付くも、アルジャンは気にせずヘラヘラ笑っていた。


「あー、悪りぃ悪りぃ。でもお前さんの知識量に関していやあ、おれも今じゃソンケーしてんのさ?」


 苦笑して肩をすくめる。なかなか殊勝な態度だ。


「どうせ金になるから、だろう?」


 睨み付けて凄む。眼鏡越しの視線が鋭い。

 アルジャンも、ギロリと挑みかかるようにして身を乗り出す。


「当たりめーだろうが?」


 直後に自分で噴き出し「ガハハ」と大声で笑う。その開き直った態度に、トリスタンたちもつられて笑いだした。


「フン」


 食卓が笑いに包まれる。それが面白くないルシオルは、鼻を鳴らしてドカ食いし出す。

 ただ、それほど怒っている様子はない。


 反目し合って互いに憎まれ口を叩きながらも、根底では認め合ってる。二人の間から、そんな少し屈折した信頼関係が感じられた。

 談笑に花を咲かせる食卓を温かい気持ちになりながら、オレは腰を落ち着けて料理に食指を伸ばす。


「なんか、話が脱線してませんか?」


 難しい表情のピティエが密やかな声で話す。


「いんじゃね? 約束は取り付けたんだし」


 目的は達した。別にオレは話の中心になりたい訳じゃない。ひょいひょいと料理を皿に盛っていく。


「でも――」

「はい、あーん」


 不平をこぼしそうな幼馴染はシチューで口封じ。観念したのか、ピティエも料理を取り分ける。そして、


「あ~ん」

「は?」


 お返しとばかりに、オレにスプーンを差し出してくる。


「いいよ別に」


 何より恥ずかしい。恋人同士じゃあるまいし。


「ダメです。あ~ん」

「ぬぅ……」


 ジト目でにらんで来る。ピティエは意外に頑固で強引だからな。仕方ない、ここは素直に従っておこう。スプーンの中のシチューを口に含んだ。

 バターの香りが鼻に抜け、じんわりと濃厚なクリーミーさが腔内に広がる。


 鶏肉に歯を差し入れると簡単にほぐれ、中から肉汁とホワイトソースが溢れ出してくる。チーズを隠し味に使った程よいコクと塩味が、味覚を喜ばせてくれる。

 ジャガイモのホクホクとした食感も楽しく、玉ネギの甘味が味に重層感を与えてくれた。


「おいしいですか?」

「うん、まあ……」


 オレは気恥ずかしくなり、ピティエの屈託ない笑みを直視できない。


「仲が良いのね」


 柔和な笑みを向けて来るのはベルティナ。羞恥心が込み上げ、オレは頬を紅潮させた。


「幼馴染、だもんね?」


 微笑みを湛えるのはミニュイ。気付けば注目を集めていたようで、心苦しくて顔を顰めてしまう。仕方ないので食い気を発揮して逃げの一手。


「幼馴染というより、恋人同士みたいな?」

「ブッ ――んぐ……っ」


 ミカの突拍子もない台詞。驚きのあまり吐き出しそうになるのを辛うじてこらえた。そのせいでてしまい、言葉が発せられない。


「いや。どっちかつーと、バカップルだな」

「誰がバカップルだ。誰が」


 アルジャンまでもが便乗して来る。オレは即座に否定した。


「フフフフフ♪」

「お前も否定しろよっ⁉」


 染めた頬を押さえる幼馴染は嬉しそうな顔をしているだけ。なんでだ?


「なんじゃ? 今日はまた、随分とにぎやかじゃのぅ」


 振り返ると、メルキュールを連れたヴェニュスが隠した口元から妖艶な笑みを零していた。鍛錬をしていたのか、少し頬が火照ほてっていた。

 お陰で色香が増し、人目をく。


「…………」


 少し離れた位置のニュアージュは疲労困憊ひろうこんぱいといった顔でとぼとぼと近付いて来る。

 雑談に興じれる体力は残されてい無さそうだった。ただ、誰もそれを一顧だにしない。シゴかれたのなら、それは自業自得だ。


「丁度いい所に。二人はバカップルなんだそうよ?」

「そうだよ~?」

「まあ……っ」

「おいそこ二人っ⁉」


 信じていたリュクセラとペリエまでもが便乗して来る。メルキュールは両手で覆った顔を紅潮させた。


「ほぅ? 詳しく聴かせてもらえるかのぅ?」

「くっ…………」


 この後オレは、食堂を後にするまで散々いじり倒された。

 もう、二度と恋人プレイはしない。心に固く誓った。


 〇                                 〇


 夜の九時ともなれば建物の中もすっかり闇色に染まり、明かりが無ければ足元が覚束ない。もっとも、わたしには関係ないけど。

 吸血族ヴァンパネラの夜目は、たとえ月明かりのない漆黒の夜でも目端を利かせることができる。


 ふと、廊下の窓を見ると水滴がついてない。雨は止んだようだ。

 ただ月明かりは分厚い雲に隠れて今日はお休み。窓枠に切り取られた漆黒の景色はとても窮屈で、眺めているだけで気が滅入った。


(いや、そうじゃない……)


 本当は気付いてる。この気持ち……


「おかあ、さん……」


 ここには居ない、死に分かれた母の事を思う。

 母は、わたしの憧れだった。

 冒険者として活躍し、わたしに魔法と野球を教えてくれた。


 しかし、母との幸せな日々も長くは続かなかった。

 わたしが十二歳になったある日。冒険に出かけた母は、変わり果てた姿で帰って来た。


 重度の魔力欠乏症。魔力切れの状態で魔法を連発したせいで酷く衰弱していた。

 魔力が切れた状態といっても、人間は体内から魔力が完全に消失したら生きてはいけない。よほどのことがない限りは、そこまで行かない。


 それでも母は、その一歩手前まで追い込まれていた。冒険者の仲間は確か、死んでもおかしくなかったと言っていた。

 わたしの不幸はそこから始まった。


 衰弱し、病床に伏せがちになった母の世話をする日々。それ自体はなんの苦も無かった。

 ただ、冒険者を引退した事で収入が断たれ、最終的に借金が膨らんでいった。


 もっとも、当時のわたしは借金のことなんて知る由も無かったが。

 そしてわたしが借金のカタに売られていたことを知ったのは、母の死後。

 わたしを売ることで、母は生活費を工面していた。それでも薬代までには金が回らなかったようだが。


 全てを知った時。わたしは初めて母を恨んだ。

 しかし皮肉なことに、その母のお陰で借金は野球賭博で賄えたし、魔法の実技で苦労する事も無い。


 内心ではすごく複雑だ。恨めばいいのか、感謝をすればいいのか。未だに分からない。


(わたしは、独りだ……)


 寂しさだけが、胸の奥底に募っていく。仰いだ先の暗雲が一層孤独を際立たせる。

 ここでのわたしは誰にも見向きもされない。なぜなら、もっとスゴいのが居るから。

 オフリオにも突き放され、どこにも居場所がない。


「はあ……」


 居場所がない以上、いつまでも曇天を眺めていてもしょうがない。

 自室に戻ろうとすると、廊下で誰かが倒れる音を聞いた。

 夜目を利かせてそちらを見れば、床に伏せっているのは――――母だった。


「おかあさんっ⁉」


 日によっては歩くこともままならない母に、わたしは慌てて駆け寄る。そして気付いた。

 倒れた女性からは、金色の鱗で覆われた尻尾が覗いている。


 おかあさん、じゃない。

 たしか、魔法科の先輩だ。名前は――――覚えてない。


「おぉ、そなたは……」


 先輩は弱々しい声で呟く。その様子が衰弱した母と重なり、わたしの心は掻き乱される。


「なに、やってるの……?」


 隠しきれないイライラが、声に出た。

 彼女は答えることなく、壁に手を突いてノロノロと立ち上がる。

 壁に寄りかかりながらよたよたと、覚束ない足取りで階段の方へと向かう。


 背中を丸め、かなり具合が悪そうだ。これで階段から転げ落ちたりすれば、流石に寝覚めが悪い。


 仕方ない。観念してため息を吐いたわたしは彼女に肩を貸してやり、行先の便所まで介添えすると寝室まで介添えしてやった。

 昔、母にやってあげたように。


「……すまぬ。おかげで助かったわ」


 互いにベッドに腰を下ろし、彼女はふぅと溜め息を漏らした。

 柔らかく微笑むのを夜目が捉える。目がしょぼしょぼして調子は悪そうでも、血色自体は良い。


「なんで、そんなに元気ないの?」


 余りにも不可解で、気付けば自ら質問していた。


「そうさのぅ。助けてくれた礼、という程でもないが。ワシの体質については話しておこう……」


 それから先輩は話し始める。

 元々はとある北方の貧しい寒村出身で、八歳の頃。魔物によって両親と死別した。


(え――――)


 わたしは言葉を失った。

 どこかの村が魔物の襲撃でやられたり、行商人が魔物に殺されたという話は野球賭博をしていた時に何回か聞いたことがあるが、本人を目の当たりにするとは思ってなかった。

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