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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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先行研究

 夜の食堂は六時から八時まで。混雑具合は開放直後をピークとして、それからは緩やかに解消されていく。六時半くらいだと先頭集団がけて混雑しない。

 それでもそれなりの生徒が在席し雑談に興じているので、ほどほどににぎやかだ。


『なんでも、その状況が議論に打ってつけだとかで、あ奴らは毎日同じ時間に会食するのが日課らしい』


 ヴェニュスから彼らの動向が聞けたので、オレたちは六時半から十分ほど時間を空けた後で食堂に顔を出す。


「お、ホントに居た」


 彼女の言う通り、イザイアたちはまとまって腰を下ろし、料理を食べながら議論を交わしていた。


(なんか緊張するな……)


 思い出されるのは入寮初日に交わされていた広範な知識を駆使した高度な議論。

 だが、いつまでも気後ればかりしてられない。

 全ては校内リーグ初戦を勝利で飾るため。意を決して声をかけ、話に割って入る。


「皆さん、こんばんわ。相変わらず議論に熱が入ってますね?」


 愛想あいその良さを振りまく。すると議論が中断され、視線が一斉に飛んで来る。

 その視線は様々。好奇と歓迎、疎外そがいと拒絶。感心の他には怪訝けげんと疑問。


「どうした? 翻訳に関することか?」

「いや、オレの機巧人形ゴーレムでの話だろ?」


 ルシオルとアクセリウスが話し掛けてくれた。二人は歓迎してくれている。


「いえ。実はちょっと、イザイア先輩に」

「僕がどうした?」


 ずり上げた眼鏡の奥で眼光が光る。あまり歓迎されている雰囲気ではない。

 しかし、彼の協力はどうしても欲しいので話を切り出す。


「はい。実は、スライムに関することで一つ。アレって、体組織? だけを加工とかってできるんですか?」

「ほう? 具体的には?」


 身を乗り出して続きを聞いて来る。食い付いた。オレは頷き、続きを話す。

 それは、ストライクゾーン大の長方形に切った木板をコーティングして緩衝材にするというもの。その板の角にヒモを通して支柱に括り付ければ完成。携行性や収納性も高く便利。


 これはストライクゾーンを意識しにくくて四苦八苦してるアコニスの投球練習に使いたい。試合に向けて、少しでも制球力を上げておくために。


「なるほど。つまり、木の板に固着させればいいのか。因みにそれは両側か? それとも片方だけか? 板の大きさ、それと固着させる際の厚さはどうする?」


「両側か片側かは、どっちでもいいですね。板の大きさは数十センチ四方で、厚さは数センチを予定してます。緩衝材のスライムも同じくらいの厚さにして、そこは持ち運びやすさとの兼ね合いになりますね」


 オレは身振り手振りを使いながら、頭ん中の設計図をできる限り言葉に出した。

 一通り説明し終えるとイザイアは「ふむ……」と口元に手を当てて考え込む。

 彼からの言葉を待っていると、小さく息を吐いてから口を開く。


「どうだ? トリスタン。できそうか?」

「……まあ、アンタがスライムを寄越してくれるなら、できなくはないだろうけど……」

「ん?」


 意味が解らない。怪訝な顔で二人を交互に見比べていると、


生憎あいにくと。僕の専門はあくまで合成獣キメラの研究だ。スライムを扱ったのもその一環でしかない。道具についてなら、そこのトリスタンやアクセリウスにでも頼むんだな」

「そうなんですか?」


 オレが黒髪の少年、トリスタンに尋ねると、いかにも面倒臭そうな顔を浮かべていた。


「言っとくけど。オレは義肢の作成が専門であって、遊び道具の発明は専門外だよ。

 でもまあ、粘着質なスライムの体組織をバネみたいな緩衝材として応用するってアイディアは面白そうだから、協力してやらない事も無い」


「ありがとうございます!」


 少し予想外だったが、これで協力が取り付けられた。嬉しさのあまり、オレは拳を握り締める。


「けど、その木板は自分で調達しろよ?」

「はいっ!」


 その点に関しては当てがあるから大丈夫だ。


「緩衝材の応用って、どうやるんだ?」


 疑問を呈したのはアクセリウス。義肢と人形、似通った分野の研究者だからこそ興味が沸いたのだろう。


「そうだね。単純に、膝関節をイメージすればいいよ。関節同士の接触部分にスライムの膜を作って摩耗を減らして、動きをスムーズにするのさ」

「油じゃダメなのか?」


「どうだろうね。ただ、体組織の強度によっては、油よりも耐久性が高く摩耗に強くできるかもしれないし。研究してみる価値は十分にあるんじゃない?」

(ああ、そうか)


 この世界の文明レベルや機械技術の水準は近代辺りで、鉄道もあまり普及していない。

 そんな状況ではゼラチン質の素材が工業利用されるようなことは未だにない。

 合成樹脂とかなんかも、まだ先の話だろう。 


「強度や粘性がネックなら、いっそ溶かしてしまえばいいんじゃないのか?」


 二人の議論にドマージュが新たな発想を放り込む。


「いや、溶かしたらダメだろ? せめて、柔らかくするとか……」

「じゃあ、消化酵素なんかはどうだ? 確かスライムの飼育試験で、植物の給餌を実施した途端に形状が大きく変化したという研究があったぞ。確か――」


 ルシオルが自身の記憶から研究論文を取り出してそらんじる。

 なんでも、とある草のとある酵素がスライムの体組織に影響を及ぼすとかなんとか。


(なんつー記憶力だよ……)


 並外れた能力を目の当たりにし、オレは言葉を失った。


「そのプルシェル菊なら、校舎の中庭にある植物園にあるんじゃないかな?」


 ただ、それは毒草だから生徒には管理させていないらしい。


「あれは南方の植物で、積算温度が高いからなそれに植生も――」


 再びルシオルが語り始める。それを遮るのはトリスタン。


「じゃあさ、ルシオル。スライムの緩衝材への応用研究って、なにか先例ある?」


 トリスタンの問いにルシオルはこめかみに手を当てる。


「――――いや、無いな。少なくとも、ワタシがそういう論文を読んだ記憶はない」


 誰も「ど忘れしたんじゃないの?」と、水を差すことはない。それだけ、彼の知識量と記憶力に信頼を置いているのだろう。


「なら、先行研究になるのか……」

「だな」


 少年の呟きにアクセリウスがいかつい顔で頷く。


「そうそう、毒といえば。雷豹クァールの毒に含まれる分解酵素も、スライムを融解させるらしいな」

「ああ、そうだ。僕もそれで色々実験した事がある」


 頷くイザイア。植物から魔物まで、ルシオルが持っている知識はとにかく広範だ。


「なんだ? 金の話か?」


 野太い声でそこに首を突っ込んで来るのは、鉱人ドワーフの男子学生。


「消えろ守銭奴しゅせんど。そんな話はしていない」


 嫌悪感を露わにするのはルシオル。


「先行研究ってなんだ? もうかるのか?」

「おい」


 ルシオルの制止を無視して、聞きかじったばかりの単語を聞いて回る。

 守銭奴しゅせんどと蔑まれたのはアルジャン。金、金と呟く彼は何の間違いか、神学科の生徒だった。

 この図太さはニュアージュに通じるものがある。


「要は前例がないってこと」

「つまり、もうかるってことかっ⁉」


 トリスタンに目の色を変えて詰め寄る。俗っぽい発想。いかにも金に汚そうだ。


「まあ、そうだね。スライムが緩衝材として応用できるんなら、ね?」

「ほう? どうやって使うんだ?」

「ああ、それなら――」


 他方、トリスタンは邪険にせず噛み砕いて説明し出す。それを誰も止めない辺り、そこまで嫌われてはいないようだ。ルシオルは別として。


「なんで、こんなクズのことなんか……」


 ルシオルは不貞腐ふてくされ、肘に乗せた顔を背けた。


「そうは言ってもな。研究にはどうしたって金が掛かるし、能弁で金を引っ張って来るコイツは中々に都合が良い」

「だね。わたしも以前、アルジャンくんの伝手で、希少なフューレイ草を融通してもらったし……」


 半眼で息を吐くドマージュの横でメディカが頷き、ベルティナもフォローを入れる。


「へへっ 皆様におかれましては、今後ともご贔屓ひいきに……」


 もみ手で下卑げびた笑いを浮かべるアルジャンの姿は、生理的嫌悪感が疼く。


「そのうち、酷い詐欺さぎうぞ?」


 仲間に諫められ、ますます面白くないルシオルは悪態を吐く。


「まあまあ。落ち着け、頭でっかち。おれだって日々学んでんだ。今さらお前さんの知識の多さを、バカにしたりなんてしねーよ?」


 誇らしげに胸を張り、拳で叩く。


「思いっ切りしてるだろっ 誰が頭でっかちだっ⁉」


 いきり立ってテーブルに拳を叩き付けた。

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