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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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練習の改革

 全力で投げ込むと、快音がミットから響く。肩に違和感もなかったので、早速投球練習を始める。


「今からが本格的な投球練習だ。私が五十球目を投げ込んだら、早々に立ち去れ」


 ウォームアップ中の、走ってない球を再現されるのは無性に腹が立つ。あまり信じてはいないが。


(気にしている場合ではないな)


 相変わらず無言でうなずくだけ。だが、まあいい。

 スリジエからの返球を受け、再び大きく振りかぶる。


 直球、スライダー、カーブ、カットボールにツーシーム。それぞれを十球ずつ投げてやる。

 既に三十球を投げ終え、見学の終わりを意識し始めた頃。申し出があった。


「ちと、悪いが。その”すらいだー”とやらを間近で見せて欲しい」

「ほう? 打席に立ちたい、という事か?」


 コクリと頭を縦に振る。口も利きたくないという事か。そうか……

 五球だけだぞ。そう約束を取り付けると、バットを構える素振りをして打席に立つ。


(デッドボールを当ててやりましょうか?)


 スリジエは構えたミットを相手の上体の陰に隠して尋ねて来る。


(気持ちが分からんでもないが……)


 私は首を横に振り、ストライクゾーンに構えさせてからスライダーを投げた。


「おわっ⁉」


 胸元目掛けて投げた球は鋭く変化して外角真ん中へと切れていった。球の初動に驚いてる。


「下手に動くな。球に当たっても知らんぞ? 怖いなら退いていろ」


 返球されたのを捌いて取りながら睥睨する。悔しそうに顔を顰めながらも、奴は打席に立ち続けた。その意地だけは評価できる。

 軸足の踏ん張りを確認し、私はプレートを踏む位置を真ん中から三塁側に変えた。


 この位置だと、角度を付けて相手の背面から球が来るようにできるので、更に胸元を抉るようなスライダーを投げることができる。


「…………ッ」


 恐怖に耐えるように口を引き結んで目だけはらさぬように。捕球まで一度も目をつむることはなかった。

 それをあと三球続けても、恐怖に折れることはなかった。

 五球投げ終えると今度は私の後方に陣取り、最後の一球は反対方向から観察していた。


「助かった。どうも邪魔したのぅ」

「ああ」


 一礼したヴェニュスがきびすを返すと、その後ろに続いていく。


「お疲れ様でした」


 ちょこちょこと駆け寄って来たかと思うと、労いの言葉と共にお辞儀をしてくる。可愛いなぁ、スリジエは。


「大したことはない」


 頬を緩めるような無様はさらさない。なんてことないようにすました顔で入り口をにらみ付ける。


(そこそこに骨はあったな……)


 あれだけ根性を見せたという事は、何か期するものがあったという事なのだろう。

 だからといって評価を改めようとは考えないし、本当に再現できるとは思えないが。


「それでは。二人きりという事ですし、今から存分に試せますね」

「ああ……」


 私たちもまた、来る試合に向けての準備を始めた。

 今度こそ、必ず勝つ――――――――――!!


 〇                                 〇


 オレたちが寮内の第二訓練場で練習をしていると、ヴェニュスとニュアージュが戻って来た。アクセリウスを連れ立って。

 ヴェニュスが妖艶な笑みを浮かべながら宣言する。


「結果は上々じゃ。セレスティーナからもお墨付きをもらえたくらいじゃ」

(ああ。あのお嬢様キャラか……)


 豪奢ごうしゃなプラチナブロンドのモデル体型を思い出していた。


「え、スゴい……っ」


 ミニュイが感嘆の声を漏らす。


「そうなんですか?」


 ピティエが尋ねると、彼女はコクンと首を縦に振る。セレスティーナはユニコーン寮が誇る四番。甲子園大会でも学校の代表として、春の選抜では打線の中軸を担っていた。


「お、やるねぇ。流石だぜ!」


 オレはサムズアップを彼らに向けた。満足げに頷くヴェニュスに対し、獣人の少年は顔を逸らす。


「幻術を披露ひろうしてやってもいいが。一つ条件がある」

「は?」


 幻術の無断使用の罰は野球部への全面協力だったので、話が違う。虚を突かれたブリュムが目を点にする。


「はあっ⁉ ちょっと、アンタ。自分の立場分かってん――」

「まあまあ、リュクセラちゃん」


 話くらいは聞いてあげようと、ミニュイがなだめる。

 オレはニュアージュを観察した。余裕の笑みは今は鳴りを潜め、いつになく真剣な表情だった。


「で? 条件ってなによ?」


 腕を組んだオレが尋ねると小さく頭を縦に揺らし、おもむろに口を開く。


「今度の試合で、ユニコーン寮を下すこと。やるからには、必ず勝て。協力が徒労になるなんて、そんなのボクは絶対に許さない」


 その顔には決意がにじんでいた。


「そんなの当たり前」


 声を上げたのはアコニス。


「私が投げるんだから、勝つに決まってる」


 まだ先発をどうするかなんて、話題にすらしていないんだが。


「当然だな」

「ん。勝つ」

「勝つよ」

「うんうん、絶対に勝とうねぇ♪」


 仲間たちが口々に勝利を誓う。頼もしい限りだ。


「盛り上がってるトコ悪いが。オレは今日、なんで呼ばれたんだ?」

「うん。それなんだけど――」


 アクセリウスを呼んだのはひとえに、ピッチングマシーン《機巧人形》の改造。

 今使ってるのは、百四十キロと百三十キロ台の直球にカーブしか投げられない。

 そこで、ユニコーン寮への対戦に向けて新たにスライダーを投げられるように改良してもらい、万全を期したい。


 なるべく精巧せいこう模倣もほうして欲しくて、幻術で体験してもらおうとオレが提案した。


「まあ、良いだろう」


 野太い両腕を組み、小さく頷く機巧技師。これで準備が整った。

 さっそく幻術を体験する段取りをつける。といっても、オレたちはただ目をつぶるだけ。


 複雑な手順が必要なら、そもそも戦闘に向かない。ニュアージュの幻術は戦闘用に最適化されていた。


「じゃあ、行くぞ……」


 閉じたまぶた越しに彼の魔力が高まるのを感じる。

 どれくらいそうしていただろうか。誰も何も言ってくれない。


(もう、いいよな……?)


 ゆっくりと目を開けると、マウンドにペシェットが立っていた。

 オレの手にはバットが握られており、打席に立って構えると即座に直球を投げて来た。


(クロスファイヤーか――――っ⁉)


 胸元に斬り込んで来るそれを、振り抜いたバットのスイングで斬り裂く。

 球が変形してめり込み、バットのしなりが掌に伝わる。


「フンッ」


 手の内で手首をめ、振り抜く。


(おお、やっぱスゲェ……っ)


 手に打った感触が残っている。手に落とした視線を上げると、ペシェットは再び投球態勢に入っていた。慌ててオレは構え直して次の球を予想する。


(次はスライダーか?)


 上体の絶妙な溜めをやり過ごし、振り抜く腕を注視。手首の捻りを確認。


(来た――――――っ!)


 高めに浮いた軌道から鋭角的に虚空を斬り裂く。体を開き、ヘソ辺りに食い込んで来る球を正面に打ち返した。


 その後もペシェットは続けてツーシームやカットボール、カーブを投げ込んで来た。それらを悉く外野越えの打球として弾き返した。

 十球目を打ち返すと、訓練場の砂場が視界の中に戻って来た。幻術が解けた。


「どう? 完璧でしょ?」

「ああ。文句ナシだぜ!」


 ニュアージュに近付き、両肩をバンバンと叩いた。興奮して浮かれたオレは、彼の両手をぎゅっと握り締め破顔した。

 これならより実戦に近いシミュレーショントレーニングができる。最高のVR体験だ。

 正直、ミニュイのスライダーでは迫力に欠けていたからこれはありがたい。


「――――っ⁉」


 顔を赤くしたニュアージュが慌てて顔を背け、手を払った。


「……気安く触らないでくれる?」

「あ、ゴメン……」


 くしゃくしゃに顔をしかめたニュアージュ。申し訳なくなり、オレは頭を下げた。


「なるほどな……」


 感心したように呟くのはアクセリウス。


「このストレートとカーブの中間みたいな軌道に、アレ《機巧人形》が投げられるようにすれば良いんだな?」

「よろしくお願いします」


 よし分かった。それだけ行くとクルリと背を向け、来た道を戻っていった。


「どうですか、キャプテン。これでキャプテンも練習できますよ?」

「あ――――」


 そう、それが最大の狙いだ。ミニュイが目をみはる。

 打者として優秀なのはオレを除けばピティエ、そしてミニュイ。その彼女が打者として集中して鍛えれば、それだけ勝利の可能性が引き寄せられる。


「うん、ありがとう。私、がんばって打てるようになるね?」

「ハイっ その意気ですよ!」

「フフ♪」


 喜色を深め、相好そうごうを崩す。

 今回、幻術や機巧人形ゴーレムを野球のトレーニングに応用することで様々なアイディアが浮かんで来た。


 こんなもんじゃない。まだまだ異世界式野球トレーニングを編み出し、万全の準備で週末の試合に勝ってやるぜ!

 次は、スライムだ。

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