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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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説得

 らちが明かないので、憤懣やるかたない彼女たちをオレが「まあまあ」なだめた。


「まあ、オレは個人的に買ってるんだけどな? あれだけ完成度の高い幻術を生み出せるお前のことを」

「はあ?」


 オレの発言に怪訝な顔をするニュアージュ。オレは話を続ける。


「いやぁ、マジで凄かったぜ。小鬼ゴブリンの獣臭さとか、体液の滑りとか生き物を切った感触とか。お陰で術中にはまってるなんて、全然気づかなかったぜ」

「――――」


 何か言おうとしたリュクセラをミニュイが止める。

 ニュアージュはオレの話に関心を示していたようだが、一旦首をブンブン振ると、厭味ったらしい顔を浮かべた。


「まったく、とんだ茶番ですよ。ねえ、団長。いつまで付き合ってればいいんです?」

無碍むげにしてよいのか? せっかく、そなたの幻術を高く買って居るというのにのぅ?」


 翠碧すいへき双眸そうぼうを細め、妖艶に笑うヴェニュス。

 彼女の台詞が歓心を買ったようだ。微かに口角を上げた彼は、しかし直後に顔をしかめた。


 ここで認めれば、どうなるか分かったものじゃない。必死に感情を押し殺しているのが見て取れた。


「馬鹿馬鹿しい。武芸科の連中は血の気が多いですからねえ。興奮し過ぎて目の前の生徒たちを、小鬼ゴブリンの大群だと勘違いしたんじゃないですか?」


 はい、ダウト。


「あのさ、ニュアージュ。なんで、オレたちが小鬼ゴブリンの大群を幻視したって知ってるんだ?」

「え――」


 その眼が大きく見開かれる。


「いや、違うっ ――ああ、そう。ボクはあの場に居たんだ。君たちが三人しかいない廊下で武器を振り回しているのを!」


 一目散に逃げた方が悪目立ちする。だから人ごみに紛れるのは合理的。

 けれど、そこは問題じゃない。


「でもわたしたち、小鬼ゴブリンを見かけませんでしたか~って聞いたけど、大群なんて一言も口にしてないよ~?」

「くっ……」


 獣人アニムスの少年はとうとう尻尾を出した。


「やっぱりアンタだったのねっ もう容赦しないわよ⁉」


 部員たちがバットを持って一斉に立ち上がる。それを制したのはヴェニュス。

 魔力を乗せた大きな拍手は、部屋の大気を揺らした。振動で頬がしびれる。


「のぅ、ニュアージュ」

「は、はひ……っ」


 彼女の呼びかけに、余裕が霧散した彼は明らかに精彩を欠いていた。


「ワシとの約束が、何じゃったか。今一度申してみよ」


 目元が笑ってない。その低い声色には怒気がはらんでいた。彼女を中心とした周囲の空気が重苦しい。


「許可なく、幻術を使ってはいけない……」


 項垂うなだれながらニュアージュは言葉を絞り出す。


(だからあんなにキレてたのか)


 そりゃ怒るのも納得だ。


「ワシはあの時。そなたの事を信じておったから、特には罰則を決めたりせんかった。

 それで? そなたはどう、落とし前をつけるつもりじゃ。のぅ、ニュアージュ」

「そ、れは…………っ」


 青ざめた顔で狼狽うろたえる獣人の少年。力なく耳が垂れ下がる。


「責任を、果たしてもらおうかのぅ」

「…………ッ」


 戦々恐々《せんせんきょうきょう》としたニュアージュは言葉を失って立ち尽くした。


 〇                                〇


 ユニコーン寮には室内球場も完備されており、外が土砂降どしゃぶりだろうと関係ない。

 もっとも、野球の聖地である黎明で『七家』が運営する学校では、これくらいは常識だというから驚きだ。


 国内外問わず才能のある人間が集まり、恵まれた環境で切磋琢磨し合う。そんなの、強いに決まってる。

 しかし、そんな相手に勝たなければ祖母の悲願である甲子園優勝は夢のまた夢。


 この環境は、祖母が心血を注いで整えてくれた。ならば、言い訳は無しだ。

 今日も自らを限界まで追い込み、少しでも精進しなくては。


(――――そう、思っていたのだがな)


 妙なことを頼まれた。


「…………」


 部長のオネットも怪訝けげんな顔で困惑していた。

 憮然ぶぜんとした私の前に立つのは校内きっての才媛さいえん、ヴェニュス。魔法の腕では右に出るものは居ない。百戦錬磨の教員たちに迫るという噂も、あながち間違いではないだろう。


「それで、どうかのぅ? 幻術でそなたの“ぴっちんぐ”とやらを再現したいので、ちょっとだけでも見せてはくれんかのぅ?」


 首を傾げて覗き込んで来る。オネットが間に割って入った。


「待ちなさい。何が狙いなのよ?」


 校内有数の実力者である彼女の前に、堂々と立ちはだかりかばってくれる。

 背筋を伸ばし泰然と眼鏡を直すオネットは頼りになる先輩だ。


「別に、他意などありはせん。ウチの野球部は来る試合に向け、打てる方策は何でも打っておきたいと考えておる。そこで――」


 幻術で仮想ペシェットを生み出し、バッティング練習に活かしたい。

 それがラタトスク寮の希望だった。彼女の横には、かつて幻術の不正使用で停学処分を受けた例の生徒が立っている。汚らわしい。


「そんなことが、本当に可能なんですの?」


 セレスティーナが近付いて来る。純粋な興味からだろう、好奇心に満ちた目でヴェニュスと汚らわしい男子生徒を観察していた。


「できるのであろう?」


 ヴェニュスが波打つ黄金色の髪を揺らして振り返る。コクリと無言で頷く。その後で私のことを見て来たので睨み付けた。すぐに視線を外して意気地がない。


「へぇ、そんなに自身がお有りなら、是非ともわたくしに見せてもらいたいですわね?」

「ほぅ、言ったな? 後で吠え面を掻くなよ?」

「ええ。望むところですわ」


 張り合いだす二人。あの、私が置いてけぼり……


「ちょっと、セレスっ なに勝手に話進めてるのよ?」

「見せるか否かの二択なのでしょう? 悩む必要があって?」


 それからウチの主砲セレスティーナは私の方を見て来る。


「では、ペシェット。アナタはどうしたいんですの?」

「私は……」


 少し、考える。

 正直、不快だ。女性を性的な目で見て消費するような奴に穴が開く程凝視されるなんて。


 できることならご免被りたいし、本音を言えば視界にすら入れたくない。 

 それに、さっきから目線を合わせようとしないのも気に入らない。

 私が渋面じゅうめん逡巡しゅんじゅんしていると、ヴェニュスが嘆息たんそくを漏らす。


「やはり、そう易々と手の内を明かしたりはせぬか。勝負事であるし、仕様のないことでもあろうのぅ。しょうがない、今回はこれにてお暇――」

「待て」


 きびすを返すヴェニュスが私の言葉に反応して振り向く。

 自分でも気付かぬうちに、咄嗟とっさに声が出ていた。

 覆水ふくすい盆《》に返らず。言ってしまった言葉は戻らない。ならば、覚悟を決めよう。


「五十球だ。それ以上は見せん」


 その程度の球数なら労力も時間もかからない。投球練習の一部でしかないのだから。


「本当にいいの?」

「ええ。問題ありません」


 不安げなオネットに対し、自信たっぷりにきっぱりと言い放つ。


「……じゃあ、ブルペンの方でお願い」


 渋々《しぶしぶ》といった様子でそれだけ告げると、セレスティーナと共に練習に打ち込む他の部員たちと合流した。それから、正捕手のスリジエを呼んでくれた。


「一体、どの面を下げて戻って来たのですか?」

「…………ッ」


 冷然とした表情の彼女は開口一番かいこういちばん、とても辛辣しんらつだった。

 うつむきながら何かに耐えるように握った拳を震わせる。


「それで? ”ぶるぺん”とは何ぞや?」

「…………」


 首を傾げるヴェニュス。彼女は野球に関してはただの素人。思わず脱力してしまった。

 準備運動は既に済ませていたので、グローブと球を持ってから、二人を案内する。


 室内球場の地下にあるブルペン。そこにはマウンドが二つ並んでおり、ホームベースと打席も白線が引かれていた。壁と天井は網で覆われており、球が飛んでも反射しないのでケガのリスクが少ない。


「壁際に寄っておけ」


 払いけるように手を振って壁際に立たせると、まずは準備段階のキャッチボールから。

 途中で打ち合わせした通り、急ピッチで肩を作る。プロテクターに身を包むスリジエを立たせたまま、マウンドから打席までの距離で投げ合った。二十球も投げると肩が温まって来たので、スリジエを座らせて球を受けてもらう。

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