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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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幻術師

 ゴブリンらは大太刀の一撃で簡単に肉塊にくかいへと早変わりする雑魚ざこだ。

 一方で、かさに掛かって同時攻撃をされると対処に困る。


 だからまずは中央突破を敢行して連携を分断し、残敵はリュクセラとペリエとで挟撃すれば問題ない。

 だが――


「げっ⁉ 新手かよ⁉」


 包囲網を抜けたと思ったら、同程度の第二陣が迫って来た。


「クッソが……ッ」


 更に斬り付けて文字通り血道ちみちを上げて血路けつろを開く。血と肉を引き裂く感触が、柄とてのひらにわだかまる。

 まさかの第三陣まで来た。


 空間内に充満する醜悪な獣臭と鉄錆てつさびの匂いが吐き気をもよおす。長い回廊にひしめく敵の大群、いよいよ状況が混沌として来た。

 おかしい、何かがおかしい。


 原因は不明だが、名状し難い違和感だけが頭の中に警鐘けいしょううるさく鳴り響かせる。それが鬱陶うっとうしい。


「やあああっ?!」

「ペリエッ?! ――――きゃあああっ⁉」

「二人とも⁉」


 群がる小鬼ゴブリンさばき切れなかったようだ。床に組み伏せられた姿は、ここからでは確認できない。

 冷や水を浴びせられた気分だ。二人の窮状に背筋が凍る。最悪だ。


「何をやっているッ⁉」

「え――――」


 振り返ると、屈強な武芸科の先輩と思しき生徒が小鬼ゴブリンどもの後ろから怒声を浴びせて来た。

 どうして――――?


「あれ?」


 再びリュクセラたちに顔を向けると、群がる小鬼ゴブリンたちの姿は忽然こつぜんと消えていた。もう一度先輩に向き直ると、遠巻きに多くの生徒がこちらを凝視していた。


 魔物など、一匹たりとも居なかった。


 〇                             〇


「あンの、クソ男っ 今度会ったら、絶対ただじゃ置かないんだからッ!」


 大浴場に、カンカンに怒ったリュクセラの声がこだまする。振り下ろされた拳が水面を大きく波立たせる。

 どうやら、オレたちはまんまと彼の幻術にしてやられたという訳だ。


 おかげで要らぬ赤っ恥を描いてしまった。

 それが悔しくて、リュクセラは怒鳴り散らしていた。


「やっぱり。悪事を突き止めて、今度こそ退学させてやればよかったのよッ‼」


 情けなんて、掛けるんじゃなかった。そう吠える彼女の声は、隣の男湯にも絶賛反響中だと思うが、今は特に何も言わないでおこう。ストレスの発散は大事。


「いやぁ~、まんまと化かされちゃったよねぇ~」


 肩をすくめるペリエ。


「まあ、幻術で良かったじゃん。アレが現実だったら――ねえ?」

「むぅ~~ん」


 首まで湯船に浸かる彼女は口をつがらせる。少なからず、含むところがあるようだ。


「全然、全っ然よくないわよ⁉ 今すぐにでもぶちのめさなきゃ、気が済まないんだからッ!!」


 リュクセラの怒りは止まる所を知らない。


「なんじゃ? えらくご立腹じゃのぅ」


 妖艶ようえんな笑みを浮かべてやって来たのは、ヴェニュス。傍にはメルキュールが控えていた。

 いつもは眠たげな昼行燈ひるあんどんも、魂の洗濯であるお風呂とあってはモチベーションが違うらしい。


「どうもこうもないわよっ⁉」


 なおもいきり立つ彼女は、黄金色の竜人ドラグナーに恨み節を炸裂させた。


「ほぅ…………?」

「――――ッ⁉」


 事の顛末てんまつを聞かされたヴェニュスが、静かな怒気を放つ。それは漏出する魔力と結び付き、底冷えする魔風が浴室に舞う。肩まで浸からないと湯冷めしそうだ。

 隣のメルキュールは「はわわ……っ」と慌てるばかり。


「まったく、最近は大人しくなったと思ったらコレか」


 呆れ顔のヴェニュスは大きく嘆息した。失望が滲んでいる。


「魔法師団で、徹底的にしごいてやってくださいよ?」

「無論だ。自分の行いを必ず後悔させてやろう」


 怒りに燃える二人が意気投合していた。


「そういえば、最近って。前は色々やんちゃしてたんですか?」


 気になったので尋ねてみた。


「ああ、そうじゃ。ラタトスク寮に押し込められた当初は、多分に不貞腐ふてくされておってのぅ。ここのメルキュールが主に被害を被っておったわ」

「そうなんですか?」

「――、――っ」


 勢い良く頭を振るメルキュール。顔が赤いのは、お湯に当てられただけではないだろう。


「よし、わかった。後でアタシが、串刺しにして半殺しにしておくわ……ッ」

「おいおい……」


 怒りに任せて拳を握り締めるリュクセラ。物騒な物言いに対し、突っ込まずには居られなかった。


「にしても。幻術って、けっこう分かんないもんなんですね?」


 校舎内に魔物が徘徊はいかいしているなんて、普通に考えればまずあり得ない。

 それなのに、オレたちはまんまと術中にはまった訳だし。


「別に気付いてましたけど? 違和感だけは、ずっと感じてましたけどっ⁉」


 それはある。どうやら、オレだけではなかったらしい。


「そうじゃのぅ。本人の性格と使い方はともかく、腕はかなり良いとはワシも思うておる」


 魔法全般に関しては、極めて優秀だと以前、メルキュールから聞いていた。

 そんな彼女の才覚であっても、一見しただけでは幻術かどうかが判然としないらしい。


 魔法科の特待生にそこまで言わしめるとは。代々幻術の専門家を輩出して来た家系だけはある。


「というか。そんなに悪用されてるなら、シバき倒して引導を渡したりしないんですか?」


 相変わらずキレキレの言動だ。いったん敵と認定すると容赦がなくなるらしい。


「気持ちは分かるがのぅ。奮起を促した結果、根性を出してる辺り無碍にもできぬ」

「奮起、ですか?」


 ペリエが首を傾げる。その疑問にメルキュールが頷く。


『幻術が取り柄で、それが不当に貶められておるならば。まずは実力をつけて周囲の人間を見返してやればどうかのぅ?』


 ヴェニュスの説得に応じ、ラタトスク寮に左遷させんされた彼は魔法師団で日々《》精進しょうじんしているのだとか。

 努力の甲斐かいあってか、お陰で彼は魔法の実技において上位の実力を身に着けたようだ。


「けど、だからって。許されることではないわ」

(そこまでか……)


 ちょっと良い話を聞かされても、私刑執行の決意は変わらない。


「さすがにのぅ。何かしらの罰は与えておくべきであろうな」

「じゃあ、やっぱ半殺しに――」

「それ以外で頼む」


 嬉々としたリュクセラの申し出は却下された。


(ふぅむ。幻術か――)


 正直、いつから掛かっていたのかは想像もつかない。

 もし、先日の夜間戦闘で夢馬ナイトメアからの悪夢ナイトメアを喰らっていたら、あんな感じでドツボにまっていたのだろうか。


 ニュアージュの幻術は、とても現実味があった。視覚だけではなく、匂いや感触までもがそこにあると錯覚させられた。

 なんつーか。4DXも真っ青なVR体験だった。


(ん? 待てよ、VR?)


 ヴァーチャルリアリティー《V  R》。現実、幻。野球の試合、シミュレーション――


「? フレーヌちゃん?」

「これだ―――――!」


 まさにコペルニクス的回転。魔法を応用した、この世界ならではの練習。とんでもない閃き《アイディア》、その発想に至ったオレは歓喜のあまり拳を握り締めて立ち上がった。


 これは使える。ものすごく。


 〇                             〇


 風呂から上がったオレたちは、この寮の雑務を一手に引き受けるエクレシアの協力を仰いだ。


 エクレシアに雑務に男手が欲しいというていで呼び出してもらい、何も知らないまま談話室に足を踏み入れたところで入り口を塞ぎニュアージュを閉じ込める。

 部屋には野球部員全員にヴェニュスとメルキュール。


「…………わざわざ回りくどい真似して呼びたてるなんて。用件は何です?」


 閉じ込められた直後は動揺していたものの、すぐに冷静さを取り戻し、ヴェニュスに質問を投げ掛けるくらいの余裕を見せた。


「とぼけるんじゃないわよ。アンタ、アタシたちを幻術で嵌めたでしょ?」

「そうだよ~?」


 散々《》鬱憤うっぷんまっていたリュクセラとペリエが先刻の事を糾弾する。

 事情はあらかじめ話しておいたので、ミニュイたちが混乱することはなかった。


 むしろ、彼女たちは敵愾心てきがいしんあらわな視線を幻術師に向けており、穏やかではない。


「はて? いったい何のことやら……?」


 不敵に肩をすくめてシラを切る。


「なに、バックレようとしてんのよっ⁉」

「ネタは上がってるんだぞ?」

「女の敵~」

「最低」


 他の部員たちも援護射撃を放つ。しかし、渦中の彼は余裕の態度を崩さない。

 不正で荒稼ぎしていただけのことはある。

 とにかく図太い。

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