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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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日陰者

 オレが抱いていた懸念を二人が皆の前で口に出してくれたのはありがたい。

 新参者がズバッと指摘しても、角が立つだろうから。


「剛速球に目を慣らすだけなら、ウチには逸材が居ますけどね」


 打ち崩すにしても、ストレート自体はそこまで問題ではない。

 問題の本質は、あの独特な緩急のある投げ方にある。

 上体の溜めが生み出す、絶妙な間。一瞬、静止しているかと見紛うような溜めが、バッティングにおけるタイミングというものを、いとも容易く狂わせる。


(そこも、スモーキー投法である程度対策できるっちゃあ、できるが……)


 直球狙いは当然相手も織り込み済みだろうし、そうなると易々と投げては来ないだろう。

 寧ろストライクゾーンの際どい所を狙い毒餌としてわざと食い付かせ、凡打の山を築かせようとするに違いない。


「そういえば、キャプテン。ペシェット先輩は失投とかって、どうなんです?」

「う~ん。甲子園でも、あまり無かったから……」


 期待できないらしい。となると、変化量と緩急が付くカーブも狙い辛い。


「なら、スライダー辺りを狙うしかないな」


 投げる割合からしても、頻度が低いとされるシュートは難しい。


「因みにキャプテンはスライダー、投げれましたっけ?」

「ええ。投げられるわ」


 任せて。微笑みながら両手を握り締める姿はとてもいじらしくてカワイイ。思わず目元がニヤついてしまう。


「それじゃあ、試合までは打撃中心の練習で行きましょうか?」

『異議なーし』


 異口同音で賛同の声が上がった。


「っし、じゃあ、打ち崩そうぜ。剛腕投手!」

『おお――――――――――――!』


 オレが拳を突き出すと、部員たちが喊声かんせいを上げた。

 試合まで、残り七日。できる対策は全部やらねーとな。


 〇                        〇


 昼からは生憎の雨となった。

 戦技訓練で校舎の奥にある木々に覆われた野外演習場から引き揚げて来たオレたちは、すっかり濡れネズミのようになっていた。水を含んだ服が重く張り付く。正直、不快だ。


「おフロ、入りた~い……」

「アンタ、いっつもそう言ってない?」

「ああ、確かに」


 リュクセラのツッコミに、オレも同意した。


「えぇ~?」


 ペリエから抗議の声が上がる。普段通りのやり取りを微笑ましく眺めながら、オレたちは帰寮の途に就く。

 校舎を歩きながら、編入当初との違いに目がいく。周囲からの視線をしきりに感じる。


(なんだ? ラタトスク寮の人間って、そんなに珍しいのか?)


 問題児の懲罰房的な側面もあるらしいから、仕方ないのかもしれない。

 けど、ハッキリ言って気持ちの良いものでもない。


「なんか、見られてるわね」

「だね~」

「やっぱ、そうなのか……」


 心苦しく感じるのは、チームメイトも内心穏やかでない点だ。自分がめられたり不利益を被るのは許容できるが、仲間にまでそれが及ぶとなると看過できない。

 どうしたものかと悩んでいると、


「そりゃあ、注目されるでしょ」

「だねぇ~」


 元冒険者で実戦経験があり、入寮日に絡んで来た武芸科の先輩を追い返したり。

 入学式の日に野球でユニコーン寮のエースと決闘したり、練習試合で初登板の投手を勝利に導いたり。


 更には戦技訓練で学年最強な上に、しかもエギノス村への夜の山道で魔物相手に無双するなんて。


「これだけやって、注目されない方がおかしいでしょ?」

「うんうん♪」

「そうか……?」


 いまいち釈然としない。

 確かに、戦技訓練や決闘に関しては自分の実力ではあるが。

 逆に練習試合や夜間戦闘は自分だけの力ではない。


 むしろ、練習試合なら六失点しても諦めることなく完投したアコニス、夜間戦闘の件は優秀な狩猟科二人の活躍がもっと注目を浴びてもいい気がするが。


「ん? アレは……?」


 リュクセラが視線の先で目を凝らす。見れば、寮内で見知った顔が他寮の生徒と廊下の曲がり角の先へ去って行った。


 獣耳をピンと張り詰めた青髪の少年は悠然と、後ろに続く生徒たちはしきりに周囲へ目配せしながらこそこそと。

 まるで、良からぬことを企んでいるかのように。嫌な予感がする……。


「えっと、確か――」

「あれは、ニュアージュくんだね~」


 先頭を歩いていたのは魔法科の生徒。名前が出て来なかった俺にペリエが教えてくれた。

 ニュアージュは確か、ピティエやアコニスと同じ四年生。


「なんか、嫌な感じがするわね……」

「むぅ~ん……」


 二人も何か察したらしく、彼らが消えた先の廊下を怪訝な顔で見詰めていた。


「どうする?」


 二人に聞いてみると、互いに顔を見合わせて肩をすくめる。


「まあ、行くしかないんじゃない? 念のため」

「だねぇ~」


 オレと同じで気になるらしい。幸い、武器は手元にあるので大事にはならないだろう。

 意を決してオレたちは彼らの後を追いかける。

 一つ、聞いておきたいことがあった。


「そういやニュアージュって、なんでラタトスク寮に入ったんだ?」


 特待生という話は聞かない。というより、魔法科の特待生はヴェニュス一人しか居ない。

 むしろ、錬金科が多過ぎるだけ。よくもあそこまで集められたものだ。


「ハッキリ言って、物凄く下らない理由よ」

「うんうん」

「えぇ……?」


 顔をしかめ、忌々しげに吐きてるその様子にオレはドン引きした。


「簡単に言うと、魔法の不正使用だねぇ……」


 ペリエが淡々と説明してくれる。声に感情を乗せないように。

 ニュアージュは幻術をある程度修めているらしい。代々そういう家系なのだとか。


「幻術、かぁ……」

「もしかして、見たことないの?」


 その通りだった。冒険者は学のない者も多く、魔法使いでも魔法学校の落第生とかが身をやつす場合が殆ど。

 幻術のように直接的な攻撃に向かないからめ手を使う人間は、かなり珍しい部類に入った。


 彼がやった不正使用とは、異性の裸体を幻術で見せるというもの。それを使って秘密裏に、性欲と妄想の限りを尽くしていたらしい。

 直接的な人的被害は無かったとはいえ、それで金銭の授受、商売をしていたことが問題となった。


(セクシービデオかよ……)


 ド直球な欲望にオレは絶句した。


「本当に、おぞましいったらないわよ……っ」

「生理的嫌悪感しかないよねぇ~?」

「そう、だな……」


 込み上げる悪感情を隠そうともしない。オレは精神が男なので、気持ちが分からんでもないが。しかし、やって良いことと悪い事がある。


「……まあ、ほら。あの年頃はさ? 性欲と好奇心を持て余しがちで、自制を利かせたくても利かせられない未熟さ? みたいなのあるから……」


 フォローを入れようとするも、それが本当に正しいのか自信が無くなって言葉が尻すぼみになってしまった。


「ええ。本当にどうしようもないわ」

「そうそう」

「…………」


 彼女たちの嫌悪感は収まらない。寧ろなぜか、彼女たちの弁に賛同したみたいに受け取られている。

 オレはもう、何も言わないことにした。


 しかし、歩いても歩いても彼らの姿が見えない。しびれを切らしたリュクセラの肩が、わなわなと震える。


「ああ、もうっ 居るんでしょ、ニュアージュ。出て来なさい!」


 廊下にリュクセラの怒声が反響する。

 まあ、問題はない。目的は彼らの摘発ではなく、自制を促すことから。

 思い留まってくれれば何でもいい。


「ニュアージュく~ん、どこですか~? 出て来て下さぁ~い」

「おーい、ニュアージューー」


 廊下に声を反響させながら、彼らの応答を持つ。しかし一向に現れず、訪れたのは沈黙だけ。やり過ごせると思ってるらしい。


「やれやれ。反省の色は、無さそうだな」


 こうなったら仕方ない。オレは身を屈めて鯉口を切り、闘気オーラを解放させた。

 大量の魔力が空間に漏出して魔風が舞い、それが収まると体内で錬り上げた闘気オーラを漲らせて臨戦態勢を取る。


(居ない……)


 闘気オーラの展開中は五感も研ぎ澄まされているので、集中すれば遠くのわずかな葉擦はずれも聞き分けることができる。それでも、気配すら感知できない。


 他の二人もオレに倣って闘気オーラを解放し、武器を構える。

 それは、突然現れた。

 耳に不快な奇声に振り返ると、十体以上の小鬼ゴブリンからなる群れが居た。


「なっ――」


 一体、どうしてこんな所に。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああッッ!」


 大気を震わせる雄叫び《ウォークライ》。迷っている時間はない。襲い掛かって来る小鬼ゴブリンに自ら突っ込んで殲滅せんめつする。

 蒼月流抜刀術『乱月みだれづき』。抜刀しざまに二体を斬って捨て、その余勢をかして眼前の敵を斬り刻んでいった。

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