ユニコーン寮の事情
フェルムの場合、軸足の内転が起こらないから下半身が旋回しない。そこでおれは、強制的にそれが起こるようにしてやった。
原本には、こうも書かれていた。
『悪癖を矯正する際、対処療法では効率が悪い。悪癖には、それを構成するいくつかの要素があってそれを分析し、結果として悪癖が解消されるような根治療法が必要』
具体例も書かれていて、とても解りやすかった。もっとも、それは「どうして脇が空くのか」という点に対する技術的な言及だったが。
「おっ いいわね、コレ♪」
喜色を滲ませたミカの声に振り向けば、彼女もまた大股に足を開いてバッティングを繰り返していた。
しっかりと太腿の内転が起きて腰が旋回し、勢いよくバットが振られる。
(あ、そうか――)
上体が突っ込むということは、下半身の旋回がおざなりになるという事。あらかじめ足を踏み込んでおけば、上体が突っ込んで流れることも無い。
「はい。いい感じです、先輩。バットが振れて遠心力が乗れば、ちゃんと打球も飛びますよ」
「よぅっし!」
嬉しそうに口角を吊り上げる。
気分をさらに乗せるため、二人にトスバッティングを再開させる。
一定のリズムで球を放ることでタイミングを取りやすくし、しっかりとミートさせる。
すると、目に見えて球の飛び方に変化が訪れた。
「ははっ」
「ん」
嬉々としてミカは笑顔を弾ませる。それにフェルムも、下半身に意識が行くことで無駄な力みが解消されたのか、脇が締まるようになって来た。
「いいですね。二人とも、ちゃんとバッティングが良くなってますよ!」
「よっしゃあ!」
「うん」
それからは二人とも、一心不乱にバットを振り続けた。
オレの始動で劇的に改善された。見違えた二人のバッティングに頬を緩ませていると、打席の方から怒声が聞こえて来た。
「ちょっと! それじゃバントの練習にならないでしょ⁉」
「フン」
よく見ると、後逸したのか捕手が転々とする球を捕りに行っている様子が窺えた。
そしてマウンド上のアコニスはそっぽを向いて不機嫌を隠そうともしていない。
バッティングに興じる二人を残し、オレは駆け出してバッテリーの間に立ち塞がるように陣取った。
昨日の練習試合の反省も兼ねて、アコニスにはバント処理の練習をしてもらっている。
練習前、本人は相変わらず興が乗らないようだったが「このままでは試合に出せない」とオレやミニュイが説得すると、渋々了承した。
それで今回、バントの練習として打者と捕手、内野手の計四名をユニコーン寮から派遣してもらっていた。
「何があったんですか?」
「それが……」
打者に歩み寄って話を聞くと、アコニスがツーシームを投げたらしい。
強烈なシュート回転で打席手前から急激に変化する彼女のツーシームはバントをさせないための切り札。
それを多投されては、バントの練習にならない。派遣部員が怒るのも納得の理由だ。
だからこそ、オレは頭が痛い。
(小学生かよ……)
憮然としながらオレはアコニスを見る。相変わらず不機嫌なままで、こちらに目を合わせようともしていない。
「お前たちも大変だな。あんな、ガキみたいなヤツのご機嫌窺いなんて」
「どうもすいません……」
忌々しげに悪態をつく彼女に、居た堪れないオレは頭を下げ謝罪した。
罵りたいそのお気持ち、よく分かります……
「どうかしたの?」
心配そうな顔でミニュイがやって来た。まあ、目立つよな。マウンド上で投手が不貞腐れていたら。
「実は……」
オレは部長に事情を説明した。
すると、彼女はアコニスにゆっくりと歩み寄る。
「なに?」
胸を反らして睥睨するアコニスは、いつにも増して高圧的だ。
静寂が二人の間に流れる。オレを含め、野球部員たちが固唾を呑んで見守っていた。
一方でピティエは我関せず。ベンチの脇に作られたマウンドでネット前のホームベース相手に黙々と投球練習を行っていた。
「やっぱり、嫌だったよね? バント処理の練習なんて……」
「別に」
暗く沈んだ顔を俯ける。そんな彼女にお山の大将はつれない。
「そうだよね。私もフレーヌさんも、アナタに自分の都合を押し付けて。もっと、アコニスさんの話を聞くべきだったよね?」
本当にごめんなさい。深々と頭を下げる部長を無言で眺めるアコニス。
「嫌なら、無理しなくていいからね? ピティエさんに、代わってもらおうか?」
「……ッ⁉」
頭を傾け覗き込むミニュイ。そんな彼女にアコニスは初めて動揺を見せる。
「? どうか、したの?」
「べ、別に……」
アコニスの心情を知ってか知らずか。ますます首を傾げて覗き込んで来る彼女に、動揺を悟られまいと言葉を濁す。
背中の赤黒い羽がさっきからパタパタと忙しない。
「そう? じゃあ、ピティエ――」
「やる!」
突如としてアコニスがミニュイの言葉を遮った。どうやら、誰にもマウンドを譲りたくないらしい。
「本当に? 無理してない?」
「してない」
部長の言葉に首を横に振る。
「そっか。よかった♪」
「…………」
笑顔で去って行くミニュイ。憮然としたアコニスだけが残され、捕手からの返球を受けると、バント処理の練習を再開した。
それから、一時間経過した辺りで休憩することになった。
ヤカンの中でキンキンに冷えた水が、汗ばんで火照った身体に染みる。
日も暮れ始め、気温が下がって涼しげなそよ風が頬に心地よい。
芝生に腰を下ろし、ポツポツと雑談に興じる憩いの場に穏やかな時間が流れる。
練習中に接点がなかったオレは、せっかくなので派遣部員たちに質問した。
「ユニコーン寮は、部内で紅白戦とかってやるんですか?」
昨日の練習試合では割と手慣れてるような感じがしたのが少し気になった。
「ええ、そうよ。週一でやってるわ」
やはり。それと気になるのは、ペシェットの配球内容。
だが、正直に訊いて教えてもらえるわけがない。そこは頭を捻って言葉を選ぶ。傾向だけでも分かれば、対策のしようがある。
「――あ、そうだ。キャプテン。ペシェット先輩って試合じゃ凡打と三振、どっちが多いんですか?」
「そうね。丁寧に投げるから球数は多いけど、ボール球で打ち取る配球だったかな……」
自身の記憶を辿りながら言葉を紡ぐ。ただ、違和感は拭えない。
「凡退狙い、ですか?」
思わず怪訝な声を漏らす。あれなら、あれだけの投球をするなら。三振だって普通に狙える筈だ。
丁寧なピッチングを否定する訳ではないが、わざわざ球数放らせるくらいならサクッと三球三振に取った方が得策だろう。あれだけの球威と制球力なら。
「あの人って、結構慎重な性格なんですか? バッティングの方も」
その台詞を受け、派遣部員たちは顔を見合わせる。
「どちらかというと、慎重なのはキャッチャーの方ね」
他の三名がうんうんと頷く。
「そうっすか……」
わざわざ球数を増やして投手を消耗させるなんて。
(もったいねぇな……)
それがオレの率直な感想だった。
慎重とか堅調な配球というより、ヒットを恐れているような。
他方、アガットは違う。彼女は横にはあまり曲がらないドロップカーブを巧みに使い、初球に膝下に沈む枠外から内角に沈み込むコースに投げ、次に真ん中から外角に沈むコース。
最後に真ん中辺りへの直球で仕留めるという、省エネピッチングを実践していた。
「因みにですが。バッテリーの仲っていいんですか?」
バッテリー間の力関係は配球にも影響する。知っておくに越した事はない。
それに、なぜユニコーンバッテリーがそこまで凡打を撃たせることに拘るのかも知りたい。
オレはどちらかというと、積極的に三振を取りに行くタイプだ。
攻めの配球で相手の裏を掻いて見逃し三振に切って取る。その瞬間が気持ちいい。
投球術の醍醐味だと思ってる。
「捕手のスリジエは、彼女の乳母姉なの」
乳母姉とか、さすが貴族。
つまり、生まれた時から一緒。
ミニュイによると、昔からペシェットにスリジエが付き従う関係だったという。
それを、ユニコーン寮の部員たちは神妙な顔で聞いていた。




