フレーヌのバッティング講座
「そのジャイロ回転というのは、必ず上から下に回転を掛けなければいけないの?」
「いえ、別に。螺旋、ジャイロ回転が掛かればジャイロボールとして定義されるって、この本には書かれてますよ。」
「そう……」
再び口元を隠して押し黙る。
実際、勇者パルフェも下手投げ《アンダースロー》からのシンカーが、場合によってはジャイロ回転で投げられると記載していた。
「そう、だったのね……」
ポツリと呟くソレルが天を仰いだ。
どうしたのかと不思議そうにオレたちが眺めていると、ややあってから顔を正面に戻した。
「……ありがとう。参考になったわ」
軽く一礼した後で彼女は背を向け、振り返ることなく部屋を後にした。
「なんだったの……?」
憮然としたラシーヌが呟いた。
「まあまあ。それで、他にはどんなことが書かれているの?」
微笑みを湛えるミニュイが首を傾げる。そんな彼女に対し、机に戻ったオレは目の前に広げて見せた。
「何、コレ……?」
「まあ、そうですよね……」
ミカが怪訝な顔をするのも無理はない。この本はこちらの世界の言語で書かれていないのだから。
「そこで一応、打撃に関する内容なら一部翻訳してあるんで」
見ますかと尋ねるとミカたちに急かされ、したためた翻訳を机の抽斗から引っ張り出して一枚一枚、広げて見せた。
「へぇ~。こんなことが書かれてんのねぇ……」
一枚を手に取り、しげしげと眺めるミカ。他のチームメイトも一枚を手に取り目を通す。
「っていうか。なんで、フレーヌちゃんは読めるの?」
「あ――」
説明するのを忘れてた。
しかし、ここで問題が発生する。勇者パルフェみたく、前世からの転生者とか言ったら面倒な事になるのは目に見えてる。どうしたものか。
「それは勿論、フレーヌさまが祖母であるオリヴェエ様から秘密裏に教えてもらったからです」
フフンと鼻を鳴らし、胸を反らすピティエは誇らしげだ。
そうだ、思い出した。以前、苦し紛れの言い訳で適当にごまかしていたんだった。
それがこんな所で役に立つとは。
「そ、そうそう。そうなんだよっ」
幼馴染の助け舟に便乗し、オレも必死に取り繕う。
しかし、ペリエの疑問は止まらない。なら祖母がどうして知っているのかと聞いて来る。
それにはこう返した。孫娘であるオレにも教えてくれなかった、と。勿論ウソだ。
「ん~……」
上目遣いで虚空の一点を見詰める。追究するための質問を考えているようだが、妙案が浮かばないらしく言葉に詰まっていた。
やれやれ、危なかった。
〇 〇
今日はオレの翻訳が評価されたので、打撃中心のメニューになった。
「それじゃあ。今日は一度、みんなのバッティングフォームを見てみましょうか」
まずは、全員のバッティングフォームをチェックするところから。
オレの提案で打撃練習が始まる。
マウンド上に先日の機巧人形を設置。起動させてからはカーブを投げさせ、一人につき十球を打ってもらう。
それが終わると、次はハーフスイングのチェック。
話を聞くと、教える際にミニュイもそこまで厳密な指導をしていなかったので、中々に個性的なバッティングフォームが散見できた。
ペリエは一本足打法で身体を沈ませ、身体の方に球を呼び込んで捉えるスイング。
リュクセラはスライドステップから踏み込んで手前で捌くようなスイング。
ブリュムは伸びやかに軽やかに、身体の前で球を捉えるスイング。
ラシーヌは後ろ足で踏ん張るコンパクトな振り。
ミニュイは身体の高い柔軟性を活かした全体をしならせる。しかも、オレが教えた通り骨盤を体幹と逆向きにして旋回させるツイスト打法。を実践していた。
そういった具合に、各々の特徴が見えた。
「なんか、改めてみんなのフォームを見るのって、けっこう新鮮かも」
ミニュイがしみじみと呟く。
「ね~。試合とかではいつも見てるのに」
「試合展開が気になって、そこまでつぶさに観察してないからな」
ペリエとブリュムがそれぞれの所感を述べた。
武芸科と狩猟科の四人は軸足と股関節の連動がスイングに反映されていたので、ひどい悪癖の類はない。
ただ、問題はフェルムとミカ。
フェルムは身体の前でバットを振るう力任せのドアスイング。
反対に非力なミカは飛距離を出そうと、上体を突っ込ませながらのスイング。
カーブとかの緩い球は悪癖を炙り出すのに打ってつけだったからやらせた。
二人はとにかく、飛ばそうという意識が強く出ていた。そのせいでフォームが崩れ、自分本来のスイングを見失っていた。
「お二人に申し上げますと、打球ってのは芯に当てさえすれば勝手に飛んでいくので、そう無理にブンブン振る必要はないんですよ」
加えて、木製バットは金属バットと比べても剛性が低く、芯で球を捉えないと本当に飛ばない。
ただ幸いな事にこの世界に普及しているバットいわゆるタイカップ式、芯の長い形が主流だ。恐らく、勇者パルフェがそう仕向けたのだろう。
とりあえず今言った言葉を踏まえてもらい、トスバッティングで矯正しにかかる。
オレが二人にトスを上げて監督しているその間。ミニュイたちは本の内容を頼りに課した個別のドリルトレーニングをやってもらい、打撃力の向上に努めてもらった。
フェルムとミカ。横並びになったポケット付きの野球ネットの前でバットを構える二人。
「ほいっ ほいっ」
それぞれバケツから取り出した球を放って《トスして》やり、打たせる。
「おりゃっ」
「ーーーー、ふッ」
ミカが気合一閃。バットに当たるも、打球にそれ程の勢いは出ない。上体が突っ込んでいるのが原因だ。
他方、フェルムはそれなりの打球が飛ぶ。しかし使えてるのは腕だけで、それに追従してるだけの下半身は打撃に寄与していない。
彼女のように鉄魔族は鉄のように固い皮膚に加え、オレたち人間よりも優れた膂力がある。それは長所だが、それに頼っていてはまともなバッティングはできない。左打者であることは大変魅力的なのだが。
(ふぅむ。どうしたものか……?)
一旦手を止め、何か改善策はないかと持参した原本を手に取る。今回翻訳したのは殆どがバットをドリルトレーニング。トスバッティングの精度を上げるような記述はまだ翻訳してない。
「何かないか、なにか……」
ページをめくっても、特に打開策は載ってない。トスバッティングについての記述を見ても、上体の突っ込みを解消させるためのノウハウはない。
しかも内容が体系的にまとまっておらず、同じ技術の言及でも飛び飛びになっているので探し出すのも一苦労だ。
グラウンドの端で尚も原本を隅々まで読み込み、うんうんと頭を悩ませていると、
「どう? アタシのバッティングが良くなる方法はあった?」
「え?」
見上げれば、トスバッティングを中断した二人がオレを覗き込んでいた。
前世であれば「何勝手に中断しているんだッ!」と怒られるような案件だが、悪癖が改善できないまま練習しても効率が悪いのも確かだ。
「そうですね……」
オレは立ち上がり、改めて二人を見た。
(一旦、頭を整理しよう……)
二人同時に指導しようとするから、頭が混乱する。なら、一人一人対処すればいい。
まずはフェルム。下半身を使えていないのなら、まずはちゃんと使える方法を伝授する。
「じゃあ、まずは。フェルム先輩から」
「ほ? ボク?」
首を縦に振る。それからまず、ネットの前に立たせてバットを構えさせる。
バッティングで大事なのは下半身の旋回。上体が使えているなら、下半身を使わざるを得ないフォームを教え込めばいい。
「それじゃ、ちょっとオレのマネをして構えてもらえませんか?」
「ん」
彼女の隣に立つと、オレは肩幅以上に大きくスタンスを取って重心を低くして構える。
「はい。じゃあ、この状態から膝を曲げて重心を落として。そっから後ろ足の腿の分部を正面に向けてください」
オレは太腿の前側を擦って示し、正面に来るように腰を回転させた。
先程、改めて読み込むことで分かったのだが、下半身の回転は軸足の内転が重要になる。
太腿の前側を正面に向けることで、結果的に内転が起きて下半身が旋回する。そう仕向けるための大股だ。
フェルムがオレと同じように大股から腰を落とし、太腿を正面に向けることで腰が旋回する。それを何度か繰り返させた後、実際にスイングと連動させる。
「おお、なんか違う」
感心したように目を見開き、バットを戻すと再びスイング。ちゃんと軸足が内転し、下半身の旋回が起きていた。
「よし!」
上手く行った。指導の確かな手応えに、オレはガッツポーズした。




