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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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ソレルの訪問

 翌日の放課後。オレは昨日の予定通り勇者パルフェの原本を見せることになっていたので皆で玄関広間に落ち合った

 いざ帰寮しようとすると、玄関広間で長身と金髪が人目をくソレルに呼び止められた。


「話は聞いたわ。それで、私にも見せてくれないかしら? 例の本を」

「は?」


 一瞬、何のことかわからず狐につままれた表情を浮かべてしまった。

 だがすぐに思い直し、彼女もまた原本が見たいのだと合点がいった。


「どうして、アナタがそれを……?」

「カーバンクル寮のヤツが、一体何の用よ?」


 オレの前に進み出たミニュイとリュクセラが警戒心も露わに尋ねた。


「ああ、心配しないで。本については、学長のお孫さんであるペシェットからの又聞きで知っているのよ」


 長身の女《》森人エルフは口元を隠しコロコロと笑う。

 又聞き、ということはペシェットもまたソラニテから聞いているのだろうと予想が付いた。それなら、頑なに隠し立てする必要はない。


「なら、いいですよ。あまり持ち出したくないので、私の自室限定ですけど」


 それでも良いかと質問したら、即座に了承をもらえた。


「大丈夫なの?」


 ヒソヒソとリュクセラが小声で話し掛けて来る。


「いんじゃね? 学長も隠す気が無いみたいだし、盗み出されない限りは」


 もっとも。盗まれたとして、まともに翻訳できる人間が居るとも思えないが。

 こちらの世界の言語と比較しても、日本語は難しい。記述されたものであれば、尚の事。

 よくもあんなものが読み書きできていたものだと、自分でも感心した。


「それじゃあ行きましょうか?」


 あろうことか、オレに腕を絡ませて隣を歩こうとする。程よく育った胸のたわわが主張して来た。


「ちょっと、何やってるんですかっ⁉」


 抗議の声を上げたのは幼馴染のピティエ。彼女もちゃっかりオレの腕に自分の腕を絡ませていた。柔らかい感触に挟まれて落ち着かない。なんなんだ、この状況……

 連れ立っていた他の野球部員たちも困惑していたが、半ば強引にソレルに押し切られる形で全員がオレの部屋にやって来た。


「へぇ? 中は綺麗に使ってるのね」


 きょろきょろと部屋の隅々まで見渡すソレル。向けられているのは視線だけだが、土足で物色されている気分になって落ち着かない。


「別に大したモンは無いんで」


 やめてくれませんかね。と、言外に促したのだが聞く耳を持ってはくれなかったようだ。

 触りはしないものの、手当たり次第に私物へ近付いてしげしげと観察する。これには渋面を浮かべざるを得ない。


 やがて机の前に立つと、備え付けられている足元の抽斗ひきだしに手を掛ける。

 微弱な魔力を流すことで開錠され、ゆっくりと扉を開ける。


 そこから重量のある漆黒の装丁を二冊取り出し、机の上に広げた。

 びっしりと書かれた言語はすべて日本語。だからこそ、オレ以外の人間は読めない。

 それは最初購入した時、ピティエに読んでもらっていたので確認済みだ。


「……なんて書かれてあるの?」


 まゆり上げ首をひねるリュクセラ。


「まあ、ちょっと特殊な字、だよなぁ……」


 彼女の疑問ももっともだ。だからオレは日夜、翻訳作業を続けている。

 そこから説明する必要があるのか。すっかり失念していた。


「へぇ。それが勇者パルフェの原本なのね」


 この中で一番の長身が頭上から覗き込んで来る。


「ちょっと、少しは遠慮しろ」


 他寮のクセに。自由奔放な同族にブリュムは諫言かんげんした。


「それで? アルクフレッシュの『秘伝』の正体って、解ったりするの?」


 驚きに満ちた視線が色白の森人エルフに集まる。

 アルクフレッシュと云えば、勇者と轡を並べて魔王軍と戦い、今日では野球の名門として高名な『七家』の一門で有名だ。


「おい」

「まあまあ。それが解れば、すぐにでも退散するから」


 不躾ぶしつけな質問をとがめる褐色の森人エルフ。ソレルは悪びれもせず、苛立つ彼女をなだめようと両の掌をやんわりと前に出した。

 ただ、その質問は要領を得ないので、オレとしては答えにくい。


「具体的に何か、解らないんですか?」

「と、いうと?」


 聞き返してくる彼女にオレは説明する。

 この本はあくまで、具体的なノウハウを分散的に書き溜められている技術書。

 そして、何度も読み返したオレだからこそ分かる。


 こちらの世界に普及していない知識が技術が詰め込まれている事を考えれば、恐らく該当する技術もあるだろう。だが、どの家がどんな技術を秘伝としているかまでは書かれていない。


 オレの真意を察してか、何かを思い出すように虚空の一点を見詰めて沈黙するソレル。

 目を伏せると、本に視線を落としながらおもむろに口を開く。


「そうねぇ……。長年に亘って全ての『七家』は代々、投手の大家を輩出しているわ。それを考えると、『秘伝』は恐らく投法や変化球に関するものだと思うわ」


 それからもう一言、付け加えた。


「多分だけど、アルクフレッシュの『秘伝』は変化球よ。秘伝の相伝で投げ方そのものについて言及されたと聞いたことはないわね」

「どうしてそう言い切れる?」


 もっともな疑問を抱いたのはフェルム。それを受け、ソレルは小さく頷く。


「私も、アルクフレッシュの人間だから」

「えっ⁉」


 びっくりして声を上げたのはミニュイ。彼女以外の野球部員も同様に動揺した様子で色白の森人を見詰めていた。

 ソレルはアルクフレッシュ家の次女で、遊学という名目でデルフィナに来ているらしい。


 ただ実際には破門にされて国外に放逐。その後は独力で野球の才覚を見込んだ商人から奨学金の契約を取り付けて入学した。彼女はそう淡々と話した。


「アンタ、一体何をしたの?」


 リュクセラが疑問を呈するのも無理はない。誰もがその返答をじっと待つ。


「さあ?」


 掌を上に向け、肩をすくめる。


「さあって――」

「そうね。どうして私が破門にされなくちゃならなかったのか。私は、それが知りたいのかも――」


 ソレルはいつになく真剣な眼差しをオレに向けて来た。


「……心当たりが、ないこともないですが」

「本当にっ⁉」


 彼女は弾かれたようにして密集した部員たちを押しのけてオレの眼前に立ち、両手を包み込むように握った。

 痛切さを訴える彼女の美貌は直視がはばかられた。赤くなった顔を本に向けて平静を保つ。


「ええ、まあ。一般に普及してない変化球は、二、三個ほどあるので……」

「どこに? どこに書かれてるの? それは――」

「ちょっ 落ち着いて」


 近い近い。ますます顔を近付けて来る彼女にオレはたじたじだった。


「いい加減にしてください!」


 見かねたピティエが彼女を引きがす。助かった。


「じゃあ、ちょっと解説しますね……」


 オレの部屋はバットの素振りをするスペースくらいなら困らないので、球を片手に実演してみせた。せっかくなので幼馴染を助手に使う。

 今日普及している変化球はカーブ、スライダー、シュート、シンカー、フォーク、スプリット、ツーシーム、カットボール。そしてチェンジアップ。


「じゃあ、まず。普及してない変化球の一つとして、ナックルが上げられます」


 ナックルは親指と小指で球を挟み、リリースの際に残り三本の指の爪で弾き出す。その様子が拳を握っているように見えるから、ナックル《拳》と呼ばれたらしい。

 変化の軌道は独特で、緩い速度でゆらゆらと左右に揺れながら落ちる。


「打ちにくそうね……」


 渋面を浮かべるリュクセラ。彼女の意見はごもっとも。


「まあ、それもあるけど。投げにくい上に揺れ方も一定じゃないから捕り辛いし、何より習得に時間が掛かる」


 だからこそ、普及しないのは仕方ないことだとも思う。

 次にジャイロボール。これは球にジャイロ回転、回転軸を進行方向に合わせた変化球。


 ただ、回転軸の僅かな傾きによって軌道が変化したり、フォーシームとツーシームによる空気抵抗の違いによっても変化の仕方が異なる。


 三つ目はスィーパー。サイドスピンを掛け、ストライクゾーンの端から端まで真横にスライドするかのような変化球。


(といっても、ジャイロスライダーとスィーパーは似たような変化とかするんだよな……)


 そこまで細かい話になると、現在のオレの知識では説明し切れないので黙っておく。


「……取り敢えず、こんなモンなんですけど?」


 どうですか。オレはソレルに質問を投げ返す。すると彼女は、床に視線を固定し口元に手を当て黙考にふけっているようだ。


「…………一つ、確認なのだけれど?」


 指を立てオレを問いただす。

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