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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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密会

 ペンの走る音が響く中、机上の書類に視線を落とし、淡々と執務をこなし続ける祖母。

 意を決し、彼女に向かって私は口を開く。


「交叉法……」


 祖母の手が、止まった。

 それはそうだ。その存在を知る人間はこの国において五人も居ない。


「どうして、あの者が我らアンジェリーク家の秘伝、交叉法クロスファイヤーを知っているのですかっ⁉」


 声に怒気が孕んだことに、自分自身が驚いていた。これでは、祖母を糾弾してるみたいではないか。

 私は、祖母に裏切られたと感じているのだろうか。自分でも良く分からない。


 祖母はかつて、アンジェリーク家の『秘伝』を継承する嫡子であった。

 しかし甲子園大会で禁を破り、『秘伝』の存在を白日の下に晒してしまった。

 そのせいで彼女は宗家から破門を言い渡され、デルフィナ《この国》に腰を落ち着けるに至った。


 祖国より遠く離れた地で祖母は母に、そして母は私にクロスファイヤーの極意を伝授してくれた。つまり秘伝が漏れるとしたら、祖母意外にありえない。

 ペンの走る音は止み、暗晦の帳の中で重苦しい沈黙だけが雄弁に語る。


「……ふむ。お前だけには話しておこうか」


 顔を上げ、手招きされたので素直に従う。夜明かりの下で祖母は、ひどくしわがれているように見えた。光の濃淡がそうさせているのだろう。

 だが、そんな事は今はどうでもいい。密やかに発せられる言葉に私は傾聴する。


「クロスファイヤーに関しては、フレーヌが持つ勇者パルフェの聖典の原本ともいうべき物。それに書かれているのだ」

「なっ――」


 絶句している私を無視して祖母は言葉を続ける。

 原本にはクロスファイヤーだけでなく、他の『七家』の秘伝も記述があると明かす。


 事実、一般には出回っていない野球の知識をフレーヌ本人から聞き出したらしい。

 それと、リリースポイントを隠す投球方法。あれはスモーキー投法と呼ばれるのだとか。


 その一種独特な投法に関しては、試合で審判をしていた生徒から報告されていたので知っている。


「これで解ったと思うが。あの子が持つ本は、それこそ世界を変える力がある。徒に悪用されぬよう、教会によって闇に葬られんようにするため、儂は招聘しょうへいしたのだ」


 私は漸く、フレーヌを特待生として遇した理由に合点がいった。

 そういった事情があれば、城塞でもあるエヴェイユにかくまうのも理解できる。


(ん? 今、なんと――)

「おばあ――いえ、学長。今、教会とおっしゃったのですか?」

 

 かなり不穏な言葉を聞いた気がする。


「余り気にするな。この儂の目が黒いうちは、何人なんぴとにも下手を打たせぬわ」

「はあ…………」


 ニヤリと口角を吊り上げる様は、見ていてとても頼もしい。

 うまく煙に巻かれたような気がしないでもないが。

 失礼しますと断ってから部屋を出ると、ドロテアがかしずいてくれた。


「ここでいい。取り次いでくれて助かった、ご苦労。おばあ様の事、くれぐれも頼んだぞ」

「はい。お任せください」


 灯火トーチで道を照らす彼女を連れ立って玄関広間まで来ると、私は振り返って彼女を労い主人の下へと返した。

 コツコツと彼女の足音だけが響き、去り際に一礼してから校舎に戻っていく。


 夜の闇と静寂に包まれた広場で、私は侍従じじゅうの居なくなった空間から目を離さずに告げた。


「居るのは分かっている。出て来い」


 剣帯に手を掛けながら振り返る。カーバンクル寮への連絡通路ににほど近い柱から気配が発せられていた。


「フフ。こんばんわ」


 ひょっこり顔を出したのは、長身痩躯ちょうしんそうくで金髪《》碧眼へきがん森人エルフ、ソレルだった。


「こんな時間に何の用だ?」


 就寝時間であるというのに、人目を忍んで寮を出る。重大な違反行為をしている彼女に私は警戒を強める。勿論、私はドロテアに頼んで舎監から許可を頂いていた。

 姿を現した彼女は一転、人目を憚るどころか悪びれることなく不敵に笑って余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》だ。


「まあまあ。そんな顔をしないで」


 両手を前に出し、なだめようとするソレル。よく見れば、その手には何の武器も持っていない。寧ろそこまで無防備を晒して大丈夫なのかと、疑問を呈したくなる。

 私が無言を貫いていると、彼女がとんでもないことを口にした。


「アナタの動向が気になって、つい尾行しちゃった」

「なっ――――」


 つけられていた。私も侍従ドロテアも、全く気付かなかったことに愕然がくぜんとした。

 だが、虚言の可能性もある。動揺どうようを悟られてはいけない。


「もしかしてアナタ、学長にあの子が特待生として編入した理由を聞きに行ったんじゃない?」


 半分正解。内心で安堵あんどした。気付かれていない。


「何故、そう思う?」


 彼女が何を考えているのか、どんな情報を持っているのか。聞き出すために質問を返す。


「あら、ひょっとして正解?」


 どうだか。はぐらかして話を終わらせた。

 再び訪れる沈黙。耳鳴りが聞こえ来るような静寂が広間を支配する。

 しかし、ソレルの口から紡がれた言葉に私は総毛立った。


「…………『秘伝』」

「――――ッ⁉」


 思わず目をいて後退りしてしまう。その反応を見て、彼女は笑みを深めた。


「フフ、やっぱり。フレーヌ・アベラールが招聘しょうへいされたのは、『秘伝』が関係しているのね?」

(コイツ、どこまで知っている……?)


 まさか、聴かれていたのだろうか?

 ――――いや、それならドロテアが気付いていないとおかしい。


(しかし、先程の去り際に気付いた素振りはなかった……)


 わざわざ背信行為と受け取られるような真似を彼女はするだろうか?

 しかし、それをする目的は何だ?分からない。


「何故、そう思う……?」


 苦し紛れの言葉に、ソレルは明らかに落胆した。


「アナタって、腹の探り合いとか駆け引きは苦手でしょう?」

「うるさい」


 首を横に振る。図星だった。


「まあ、いいわ。それじゃあ、根拠を教えてあげる」


 嬉々として目を細める。


「アコニスとピティエ。時期を同じくして突如、似たような投げ方をする投手が二人も現れた……」


 しかも、それは攻略困難で有効な打開策もない。

 加えて、その投球を受けるのは一人の捕手。キャッチングは完璧で、一部の隙も無い。

 まるで、それをずっと前から知っているかのように。


「根拠としては、十分じゃないかしら?」

「…………」


 反論できない。それをするだけの材料がない。


「――そして、ここからが重要よ。フレーヌの祖母であるオリヴェエ・オードランはかつて、この《デル》フィナの野球の技術指導者として招聘され、長年に亘って尽力された……」


 それでも。彼女は秘伝についての言及どころか、自分からそれを実演する事も無かった。

 つまり、アコニスとピティエのアレはオリヴェエから伝授されたわけではない。

 それを教えたのは、恐らくはフレーヌ。


「…………ッ」


 確信に迫る彼女の推理に、私の心臓が跳ねた。


「――と、いうことは。彼女はそれを、どこかで知り得る機会に恵まれた。例えばそう――書籍、とか?」


 気が付けば、私は彼女に向かって歩を進めていた。

 ただならぬ気配を察知してか、ソレルは不敵な笑みを消して身構える。周囲に注意深く目配せ。逃げる算段を考えているのかもしれない。


 敵対するつもりはない。剣帯の柄から手を離し、私も周囲に警戒して気を配る。大丈夫だ。この場には彼女以外に人は居ない。

 間近まで迫ると壁際まで追い込んで手を突き、逃げ場をなくす。

 息の掛かる距離まで顔を近付け、他に漏れぬよう密やかな声で。


「まったく、大したものだな。たった一日――いや。僅かな時間で、そこまで言い当てて来るとはな……」


 であればこそ、話すことにした。


「フフ。ありがとう、め言葉として受け取っておくわ♪」

「調子に乗るな」


 頬を上気させ、今までで一番《》艶然えんぜんとした笑みを浮かべた。そんな彼女に諫言かんげんを口にせずにはいられない。

 あくまでも他言無用と断った上で、私は先ほど祖母から聞かされた話を聞かせてやった。


 ふむふむと頷く彼女は、かなり上機嫌だった。推理が当たったのがよほど嬉しいらしい。


「ありがとう、教えてくれて♪」

(大丈夫だろうか…………?)


 余りのはしゃぎっぷりに、私は不安に駆られた。


「わかってると思うが、くれぐれも――」

「ええ。内密に、でしょう?」


 本当に分かっているのか。どうしても不安が拭えない。

 だがもう全て話してしまった。今さら後戻りはできない。


(いや。する必要はない)


 戻れない以上は進むしかないのだ。覚悟を決めると、踵を返して寮へと戻る。


「それじゃあ、おやすみなさい。良い夢を」

「ああ」


 それからはお互い振り返ることなく、無言のまま帰途に就いた。

 床に入った際に。


(そういえば。ヤツはちゃんと許可を取って寮外に出ていたのだろうか……?)


 そのことが少しだけ気になった。

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