優秀な斥候
日が暮れ、宵空の下は暗い。輸送用に整備されているとはいえ、両脇が鬱蒼とした森のために夜の闇が支配していた。
灯火の魔術で行く先を照らしているとはいえ、それは気休めに過ぎない。
「ちょっと、遅くなっちゃったわね……」
掲げた杖の尖端に灯火の光を灯すミカが不満げな声を漏らす。
「なんだ、怖いのか?」
オレたちから先行するブリュムが聞きつけ、視線を向ける事無く周囲を夜目で警戒しながら尋ねる。彼女は狩猟科で斥候のスキルに長けているので安心だ。
「はあ? んなワケないでしょーが」
顔を顰めて反論するミカ。侮辱と受け取ったのかもしれない。
「そういや、この学校。夜間戦闘とか授業でやるんですか?」
フォローのつもりでオレは疑問をブリュムに投げかける。
「ああ。五年時からちょくちょくやって、六年で魔物相手の夜間戦闘も経験するらしい」
彼女もミカもまだ五年生になりたてだから、授業でやったことがないらしい。
「あたしの場合は夜の狩りをした事があるから、特に問題はないがな」
「へぇ……」
戦闘経験は個々人によってかなりのバラツキがあるらしい。
「そういうお前はどうなんだ?」
「ああ。オレなら――」
ブリュムに問い質されたので、何度か経験したと素直に答える。勿論、ソラニテに連れられた時のことは伏せて。
オレとピティエは一年ほど冒険者として活動して来た。
場合によっては夜行性の魔物とも会敵したこともあった。だから焚火を囲む野営中も気が抜けなかったりする。
「そうなんだね。それで――」
ミニュイの言葉を斥候役が遮った。後退しながら右手の林に弓を番えるのを見て、各自が臨戦態勢を取る。
「はぁあああ…………ッ」
オレは魔力を解放し、闘気を錬り上げた。
リュクセラたちも闘気を全身に漲らせて武器を構える。
「フェルムさん」
「りょーかい」
二人が護法を全体に施す。
「囲まれているな。ラシーヌ、そっちは任せる」
「ほーい」
両手に小剣を構えるラシーヌが中腰で左手の森を見詰めていた。
「それで、指揮は誰が執るんです? オレは壁役に専念したいんですけど」
「わかった。私、が執るから……」
緊張した声音。喉が震えるのを必死に抑え付けているようだった。
「因みに数は?」
緊張を和らげようと所感を聴いた。
「全体で八体以上はいると考えて差し支えないだろうな」
「そうだね」
「……っ」
「そっすか……」
かえって指揮官殿の緊張を強めてしまったようだ。
「それじゃあ、こんな作戦はどうです?」
まずはブリュムの攻撃を嚆矢に敵をつり出す。
敵影が見えたら魔法科の三人、ピティエとアコニス、それにミカが炎弾で攻撃。
足が止まった所でオレとラシーヌが左手側の戦力を一気に殲滅。
右手の方はリュクセラとペリエがブリュムやミニュイといった後衛に近付けないように立ち回り、片付き次第オレたちが加勢。その間、魔法科三人が逐次炎弾で援護射撃。
「わかった。それで行きましょう。みんなも良い?」
ミニュイが周囲を見渡して尋ねると、各々が頷き同意した。
「わかったわ。それじゃあ、ブリュム。お願い」
「任せろ」
弦を引き絞ったブリュムが放つ。静寂の闇夜を斬り裂く一矢。茂みに吸い込まれると、短い悲鳴が微かに聞こえた。
それを皮切りに、複数の影が奇声を上げて牙を剥き躍り掛かって来る。
敵はいずれも小さく、十歳前後の少年のようだった。小鬼。緑色の表皮に大きく尖った耳。そして頬まで裂けた口。
加えて厄介なことに、錆びたナイフや棍棒などで武装していた。
魔法で形成された砲弾が三つ、放物線を描いて敵に迫る。闇の中で真紅が燃え爆ぜた。
直撃を喰らった二体が炎に包まれ、地に伏して鬱蒼とした森を照らす。
「行くぞおおおおおおあッ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!!』
オレも負けじと雄叫びを上げ、眼前の敵へと駆け出した。
蒼月流抜刀術『伊綱月』。闘気の籠った斬撃を飛ばし、迫り来る四体を瞬殺した。
「へぇ。やるじゃん」
ラシーヌが地を這うように疾駆。その足取りに迷いがない。恐らく、茂みの中に居る伏兵の存在に気付いたのだろう。すぐに小さな悲鳴が二回、晦冥の森に消えた。
「ピティエ! どこでもいい、右手の茂みに炎弾を放て!」
「はい!」
打てば響く彼女の返事。すぐに火線が森に吸い込まれたかと思うと爆発。
「!?」
小鬼たちに動揺が走り、焼失した地点の方を向いた。
「はああああっ!」
「ほっ!」
その隙を突いてリュクセラが一体を刺殺。負けじとペリエも手近な一体の頭部を木っ端微塵に粉砕した。
大外から回り込んだオレも加勢し一刀両断。弓に射殺されたのが地面に転がる。
「逃がすか!」
林立する樹木に向かってブリュムが矢を放つ。茂みを揺らす音の中に短い悲鳴が聞こえた。
「どう? そっちは終わった?」
拾った石を弄ぶラシーヌが茂みから戻って来て尋ねる。戦闘が終わり、各々が武器に付いた血を拭き取る中、ブリュムが矢を回収するために茂みの方へと歩いて行った。
「ん?」
納刀しながら不意に空を見上げると、陰が降って来た。
「危ない!」
言葉よりも先に、少女たちを突き飛ばしていた。後ろで地鳴りが轟き、地面が震える。
すぐさま起き上がると、さっきまで自分たちが居た場所に立っているのは、雄々しい双角を突き出した大きな馬。
夢馬。大きな体躯を支えるのは、発達した四肢。筋骨隆々足先は蹄の形が偶蹄類のソレ。跳躍力に長け、蹴りの直撃を喰らえば護法に守られていても危うい。
「新手か⁉」
茂みからブリュムが一矢を穿つ。しかし、首を振って角で弾き返された。
(おかしい……)
夢馬が厄介なのは擬魔法の悪夢。
物陰に隠れ、遠くから強力な幻覚で相手を眠らせ、精気を吸い取りゆっくりと殺すのが敵の常套手段。狡猾な連中は、わざわざ敵の前に出張って来たりはしない。
「そこッ!」
ラシーヌが少し離れた大樹に石を投擲。すると、隠れていたもう一体が姿を現す。
「さっさと立て、ミニュイ。また囲まれたぞ!」
森の奥にブリュムが射掛ける。振るわれた角によって再び阻まれた。
出張った一体は囮。注意を引いてるその隙に悪夢で昏倒させるのが敵の狙いだったのだろうやはり狡猾だった。
「おおおおおっ!!」
オレは道路の真ん中に陣取る一体へ瞬時に接近。角を下げて攻撃して来るのを跳躍して回避。敵の頭上で宙返りしながら高速抜刀。
蒼月流抜刀術『鏡月。一刀の下、斬首を遂行した。血を噴き出して地面に落ちると、大きく鋭い牙が口から覗いた。
「そっちに行ったぞっ⁉」
ブリュムの声に振り向くと、もう一体が跳躍してこちらに落下して来る。
「させない!」
ピティエの炎弾が暗晦の夜空に赤い放物線を描く。夢馬の巨体が爆炎に包まれた。
「やったのっ⁉」
細剣を構えるリュクセラが警戒を解かずに茂みを照らす炎塊を見詰めていた。
立ち上がった夢馬は身体を揺らすと、自身を包んでいた炎が霧散した。
皮筋と熱い脂肪に覆われた皮膚は層が厚く、まるで堪えてない。
背後からの一撃。放たれた矢は後ろ蹴りの餌食となり、真っ二つに折れた。ブリュムの舌打ちが聞こえた。
(ナイスだぜ)
足蹴の瞬間にオレは至近距離まで間合いを詰める。角の攻撃を搔い潜って懐に飛び込み、大太刀で首を斬り上げた。これで二体目。
ラシーヌの方に視線を移せば、もう一体と一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ピティエ。至近弾を撃ってやれ」
跳躍を繰り返して的が絞れない敵に当てる必要はない。一瞬でいい、注意を引くだけ。
「はい!」
炎の弾丸が冥暗の森に閃き、誰もが目を奪われる。その隙にオレがラシーヌの加勢に走る。オレとピティエ。敵の注意が逸れた一瞬、ラシーヌは夢馬の首筋に刃を突き立てた。
抵抗して上体を起こし頭を振ると、彼女は瞬時に離脱。降って来る蹄を躱しざまに心臓を刺突。
彼女が跳び退ると、糸の切れた人形のように頽れた。




