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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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ぶっつけ本番

 秘策の二つ目。それは変化球。具体的にはツーシーム。


『指を掛ける縫い目の位置を変えるんだ』


 オレはバッグから球を取り出し、とにかく簡単に説明した。

 縫い目の真横に指を掛けるのがストレート、正確にはフォーシームストレート。

 対してツーシームは、縫い目のU字の底面に親指を翔け、U字の上に指に本を掛ける。


『これで、どうなるの?』


 解らないと素直に答えると、怪訝けげんな顔をされた。

 だが、仕方ない。ツーシームは人によって球筋が変化するし、そもそもぶっつけ本番なのだ。分かる訳がない。


『多分だが、空気抵抗もあわせて考えると恐らくシュート回転、利き手方向に曲がるだろうから。あ、心配しなくても球速はほとんど変わらないから大丈夫だ』

『…………』


 恐らくとか大丈夫とか。結局どっちなのかと、問いかける視線を感じた。

 ちゃんと捕るし、三振もさせてやる。そう説得すると、不承不承だが了解してくれた。


(さぁて。変化球初体験と行こうか)


 プレートの立ち位置は一塁側。そこから全身を捻じり込んで背を向け、膝から沈み込んで剛速球を繰り出す。


(来い……っ)


 初速は直球とほぼ同じ。ここからどう変化するのか。全神経を集中させ、つぶさに観察した。小さな変化も決して見逃すまい。

 白線をく速球が変化の兆しを見せる。打席手前で鋭く変化。内角中段から真ん中低めへと落ちていった。それをノーバンでキャッチ。


(よし、危ない危ない)


 後逸しなくて良かった。ホッと安堵の溜め息を漏らした。


「ウソ…………」


 バットを引いて見送ったシャルラは、愕然がくぜんとした顔をこちらに向けて来た。

 無理もない。今の今まで彼女は一切いっさいの変化球を投げて来なかったのだから。


「ハイ、ナイスコントロール! いいよ~、その調子!」


 まともな球が来たのでオレは彼女をほめちぎる。

 思った通りだ。人間の腕は伸展する際に関節が内側、螺旋回転をする。

 そしてアコニスの独特な肘の使い方は、関節に生じる螺旋回転を最大化する。


 だからこそ、ツーシームで空気抵抗を増やせば球がシュート回転の軌道を描くと予想していた。結果、その見立ては正しかった。確かな手応えに一人ガッツポーズした。


 二球目もツーシーム。高速シュートとも云うべきそれは、直球を見越してバットを差し出すだけでは対応できない。そのためのツーシームだ。

 三球目も迷わずツーシーム。


「くっ……」


 打席の端から果敢に当てに行くシャルラ。執念が実ったのか、球が浮き上がる。

 しかし伸びない。打席の手前でオレは落球をミットにとらえた。


「クソッ!」


 悔しさのあまり、彼女はバットを地面に叩き付けた。これでワンナウト。一番厄介な打者を凡退ぼんたいさせることができた。


「いやぁ、メチャクチャ安定してたな。普通、こうは行かないぞ。スゲェな」


 何でもそうだが、試行錯誤しこうさくごは最初から思った通りに行くことは殆どない。

 違和感が出ないように色々とお膳立てしたが、ここまで完璧に遂行できることはまれだ。

 だから素直に賛辞を送った。


「別に……」


 相変わらず不機嫌そうに顔を逸らすアコニス。ただ、声音には丸みが感じられ、桜色に染まる頬は満更でも無さそうだった。


「じゃあ、こっからは二者択一で行こう。ツーシームと直球、どっちを投げてもいいぞ」

「…………」


 疑いの眼差しを向けて来る。だがすぐにオレの真意に思い当たったようだ。


「そうだ、アコニス。変化球か、直球か? その迷いを相手に強いるのが、ピッチングだ」


 多彩な球種で思考の迷宮へと誘う。そのために投手は日夜自分の持ち球を磨き、新たな球種について模索するのだ。


「……わかった」

(おお……)


 漸く態度が軟化して来た。


「じゃあ期待してるぜ、エース!」


 嬉々として発破をかけると、オレはマウンドを後にする。色々と手管てくだを使ってみるものだ。

 こうなれば後続は怖くない。クロスファイヤーとツーシーム。アコニスはその二つを使って打者を圧倒し、ことごとくバントを阻止した。


 後続二人も球威に気圧されバント失敗でチェンジ。オレたちはベンチへと引き揚げる。


「ねえ」

「ん?」


 その途中で並走するアコニスに呼ばれた。


「なんで、最初に教えてくれなかったの?」


 チェンジアップを。視線でそう訴えて来る。


「だってお前、変化球投げるの抵抗あったじゃん」

「は?」

「ん?」


 最初に球を受けた際、彼女は変化球に対して否定的だった。

 そう感じたから、クロスファイヤーから教えた。しかし今の彼女を見る限り、オレの早合点だったようだ。


「ツーシームは一つ目の秘策、クロスファイヤーが布石になってるからな」


 クロスファイヤーで差し込まれるのを忌避きひした相手が打席を広く使う。

 そうすることで、シュート軌道に鋭く曲がって外に逃げる変化球が追いにくくなる。二つが合わさることで相乗効果が生まれていた。


「ふ~ん……」


 あまり信じてないようだが、まあいい。ベンチに着くなり、オレは急いでプロテクターを外しに掛かった。モタモタしてると、すぐに打席が回って来てしまう。


「ツーシーム、ですか?」


 尋ねて来たのは、ピティエ。


「へぇ、よく分かったな」


 変化は小さいし、判別しにくい筈だ。オレは素直に称賛した。


「はい、相手方のバントの仕方が妙だったので」


 それはそうだろう。アコニスのツーシームは右打者に対して外に逃げる球筋。バントしようとすれば、必然的に外角低めにバットで追い縋らなければならない。

 たった三打席で、そこまで推理するとは。


「やるじゃん♪」

「はい♪」


 頬を染め、恍惚こうこつの表情を浮かべる幼馴染。められたのがとっても嬉しかったようだ。


「? 何の話だ?」


 疑問を差し挟んで来るのはブリュム。


「ああ、実は――」

「はあ? さっき初めて変化球を投げた、ですって?」


 驚愕の声を上げるのはリュクセラ。どうやら、さっきのピッチングについて聞いたようだ。


「おい、リュクセラ。次はお前の打席なんだから」


 さっさと行け。ブリュムに促され、彼女は足早に打席へと向かった。次の打順であるミカも、ネクストバッターサークルに歩き出した。

 ペリエとラシーヌがコーチャーとして駆けていき、残されたアコニスにはミニュイが質問した。


「それでさっき、なんの変化球を投げてたの?」


 ツーシーム。短く答える。さっきオレに教えられて投げたことも含めて。


「あ、そうか。ちょっとボールの持ち方を変えれば良いだけだから……」


 あまり違和感なく投げれたと、投げた本人が語る。


「そんな上手く行くものなのか?」

「はい。事実、上手く行きましたし」

「それは、そうだが……」


 ブリュムが懐疑かいぎ的になるのも無理はない。誰にでもそれができるなら、今まで登板していたミニュイにだってできると考えてしまうのが普通だ。

 しかし、彼女はそこまで簡単な話ではないと語る。


「フレーヌさんは、どうしてツーシームの軌道が解っていたの?」


 当然の疑問。なので、オレも気前よく推測を開陳かいちんしてやる。

 アコニスの投げ方なら、跳ね上げた肘を重力に随って前に落とす腕の振り方ならシュート回転が強くかかるだろうと。だから予想が立った。


「そこまで……」


 そう。オレは考えていた。だからぶっつけ本番のツーシームもうまく機能した。

 真ん中に投げる分には問題ない。彼女の制球力があればこそ、成功すると確信があった。


「さすがわフレーヌさまです!」

「おわっ――」


 隣から勢い良く抱き締められる。


「ストライク!」


 八回裏。ラタトスク寮の攻撃がすでに始まっていた。


「まだまだ!」


 打席に立つリュクセラは気合十分だった。

 しかし、無情にも結果は三振。今まで手を抜いて来た分、アガットにはまだまだ余力があった。続くミカも見逃しの三振。手も足も出なかった。


 二死になって、漸くオレに打順が回って来る。

 打席に入る前。相手バッテリーは何やら作戦会議をしていた。


(なんだ? 敬遠か?)


 これ以上の失点を防ぐなら当然だ。別に卑怯だとは思わない。

 もっとも、相手が逆転できればの話だが。

 クロスファイヤーとツーシーム。正直、この二つを後二回の攻撃で攻略するのは、不可能といっていいだろう。余程のアクシデントが無い限り。


(お? 戻って来た)


 彼女は何故だかこちらを一瞥し、それからマスクを被りミットを構えた。


(さて。今度こそドロップをホームランにしてやろうか)


 放たれる第一投。外角低めを外れてボール。チェンジアップ。


(まあ、そりゃそうか……)


 ドロップカーブは打ったし、ストレートやスライダーはホームランにした。

 配球の中心にまだ打たれてないチェンジアップを使うのはいい判断だ。

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