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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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二つ目の秘策

 彼女が息を吹き返した。後ろに構えた右腕でガッツポーズした。


(これだよ、コレ)


 陰に日向に投手を盛り立て、本人も知り得ない潜在能力すらも引き出す。

 それが捕手の醍醐味だいごみだ。これを誰かに譲るなんて、あり得ない。

 続く二球目。相手は内角をえぐり込むクロスファイヤーに手が出ない。それどころか、腰が引けて球筋を見極めることもできそうになかった。


「タイム!」


 打者が呼び掛けるとプレーが中断された。一旦背筋を伸ばし、目をつむって深呼吸。

 目を見開くと、今度は打席の隅に寄って懐を大きく開けた。


(苦し紛れだろうがな)

「ハイ、ツーアウトツーナッシング! いい調子!」


 満を持してオレはミットを構えた。

 オレを信じろ。目で強く訴えかける。それを受けてか、アコニスは迷うことなく直球を投げた。

 暴力的な豪速球に打者も食い下がる。球筋を見極め、バットに当てた。スクイズ。


「オレが捕る!」


 地をうように疾駆。内野まで進出すると、球は空を舞うように浮き上がっていた。

 投げ勝っている。滞空時間の長い打球は打席手前直上を彷徨さまよっていた。


 ゆっくりと落ちて来るのを、ミットで迎え入れる。

 最後はファールフライ。長かった七回の守備が漸く終わった。


「スゴいじゃない! どんな手品使ったのよ? アナタ」


 ベンチに戻って防具を外していると、興奮した様子のリュクセラが捲し立てて来る。


「ピティエに聞いてくれ」


 彼女を適当にあしらい、オレは打席に向かった。


(さてと。アコニスの手前、大言壮語ビッグマウスは有言実行しないとな)


 ここで打てないとか、マジでダサ過ぎる。

 勝利への渇望を自覚し、自分を追い込んで発奮。いつになく集中力が高まった状態で打席に立った。


「フゥ――――……」


 腰を沈め、片手に持ったバットを脇に構える。

 獣人アニムスの投手は未だに余力がありそうだ。しかし、それほど脅威とは感じていない。


(どうしたってペシェットより劣るからな。ドロップは強力だが、他はそうでもない)


 スライダーはペシェットに比して明らかに見劣りする。ドロップカーブと球速が近いが、オレには関係ない。

 繰り出される一投目は緩球。チェンジアップが内角低めに逃げていく。ボール。


(ふむ。四球で送られちゃ堪らん)


 次からはちゃんと手を出そう。明らかなボールでもない限り。

 相手を見据え、居合打法の構え。

 気分が高揚しているが、ひどく落ち着いていた。


 静かな呼吸音。耳朶の奥で鼓動が響いている。

 二投目は高めの釣り球。直球は頭の高さで枠を外れていたが、関係ない。


 蒼月流抜刀術『明月あけづき』。斬り下ろしたバットで一閃。てのひらから伝う、球の感触が、消えた――

 風を斬り裂く、超特急の弾丸ライナーが一直線に外野を越えていった。


「ホームラン!」

「よし………!」


 低空弾道の本塁打。前回とは違い、それ程の歓喜が湧いて来ない。


(久々だな、この感覚)


 聖域ゾーン。極限まで集中力が高まることで到達できる至高の領域。

 いや、余計な御託ごたくは良い。

 今はただ、この感覚に身をゆだね――


「二本目。おめでとうございます!」

「よくやったわ!」

「おめでと~♪」


 幼馴染の熱烈なハグと同級生からの賛辞で集中力が乱れた。儚い夢だった。

 ブリュムに促されたピティエが急いで打席に向かう。引き揚げたベンチは、興奮冷めやらぬといった雰囲気で、お通夜状態だった先程の守備とはえらい違いだった。


「まったく。もう少し嬉しそうにしたらどうなのよ?」

「いやぁ、恐縮です」


 喜色を浮かべるミカが肘で小突いて来る。それをやんわりと受け流す。


「ホラ、まだ同点になっただけだよ。しっかり守って、後続を断ち切ろう!」


 カーバンクル寮の捕手が溌溂とした声を張り上げた。ピティエの長打力を警戒して投手の気を引き締めたかったのだろう。実際、マウンド上の相手エースは落ち着きを払っている。


「よーし、ピティエ! アンタもホームラン、いったれー!」


 同族だからか、ミカの声援にも熱が入る。

 オレたちが見守る中。第一球はスライダー。打ちに行ったが結果はファール。

 二球目はドロップカーブ。空振りで追い込まれた。


 ピティエがこれまでの打席で打ったのはいずれもストレート。もう打たれまいと、かなり警戒しているようだ。

 三球目はチェンジアップでボール。外角低めの際どい所を、なんとか堪えてバットを出さずにハーフスイング未満で抑えた。


(次の一球が問題だな)


 でもまあ、ドロップだろう。それがアガット最大の武器だから。こだわりがあるハズ。

 バットを構え直すピティエ。大丈夫だ、落ち着いてる。


 そして四球目。枠に放り込んだのはホップしてから大きく沈むドロップカーブ。

 体を開き、彼女は見事にすくい上げた。


「よし!」

「外野バックー!」


 高弾道の打球は左中間へと飛んでいく。外野の奥深くで大きく跳ねた球は、駆け付けた中堅手が捕った。

 その間にピティエは悠々と二塁に進出。

 彼女の二塁打にベンチは再び沸き立った。


「なるほど。だから今までドロップには手を出さなかったのか」


 常によく観察してタイミングを計っていた。

 全ては試合終盤でヒットにするために。中々の策士ぶりだ。


「そっか。ピティエさん、そう考えて今まで打席に立ってたんだ」

 

 ベンチに戻っていたミニュイが関心を示していた。


「といっても、本人に聞いたわけではないんで」


 多分、当たってるだろうけど。

 ともかく、これで一打逆転のチャンス。否が応にも後続打者への期待が高まる。


「よし、いけー! 逆転よ逆転!」


 打席に立つラシーヌにミカが声援を送った。

 初球のドロップカーブをファールチップ。どうやら、散々投げられて目が慣れて来たようだ。続く直球は惜しくも空振り。


 その様子にミカが一喜一憂する。忙しいことだ。

 三球目もストレート。高めに浮いたのを渾身の力で叩き付ける。遊撃手の手前で大きく跳ねると、打球は外野の方へ。


「走って、走って~」


 三塁コーチャーのペリエが三塁に着いたピティエに指示を出す。それを信じ、彼女は全速力でホームベースへ駆け出した。

 左中間の中継を経て内野に返球。遊撃手が逆転を阻止すべく、捕手に向かって投げた。


「セーフ!」


 スライディング時に真横へ伸ばした手でベースに触れ、追撃のタッチをかわし切った。

 これで逆転。七対六。ベンチは大いに盛り上がった。ただ、アコニスを除いて。


 ブリュムもドロップカーブにタイミングが合い出した。

 しかし、チェンジアップとスライダーを織り交ぜられ、あえなく三振。

 一死二塁で打席に立つのはミニュイ。


「よし、いけー! 追加点追加点ー!」

「頑張ってくださーい!」


 ミカに続き、ピティエも応援に参戦。賑やかになって来た。

 初球、スライダー。明らかに配球を変えて来た。


「こっちを過小評価した代償を払ったからな」


 当然ともいえる。それでも打席のミニュイは揺るがない。彼女の背中からは、立ち昇る闘志が感じられた。やはり、勝ちたいと自分の口から出したのが影響しているのだろう。


「頼もしい限りだぜ」


 二球目は膝下に潜り込むチェンジアップ。待球したことでノーツ―。


(カウントを整えたいなら、外角低めを狙ったストレートだな)


 しかし、予想に反して三球目はスライダー。それをライト線に弾き返した。

 初回で打たれてからは、ミニュイにもスライダーを投げていた。それ故、タイミングを計ることができた。


 スイングスピードが上がったとはいえ、五球で対応するのは驚嘆に値する。

 小柄なラシーヌは俊足を活かして三塁を蹴ると、そのままホームイン。バックホームの隙にミニィは二塁を落としていた。


 これで八対六。一死二塁の状況は続いていた。

 しかし、本気を出したアガットの前にペリエとフェルムはえ無く撃沈。

 試合は八回の攻防に移る。


(またコイツか……)


 八回表。打順は四番から。クロスファイヤーを受け、シャウラもまた打席の外側ギリギリに陣取っていた。


(よぉし、アコニス。二つ目の秘策だ)


 先程の攻撃中、オレは二つ目の秘策を既にアコニスへ伝授していた。


『もう、誰にもバントを決められたくないなら、聞いておくべき秘策がお前にはある』


 少し勿体付けてから、話を切り出した。

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