キャプテンが見たい景色
それに、七回裏はオレから打順が始まる。問題はない。
タイムを取ったのでマウンド上に内野陣が集結。皆がアコニスに懐疑的な視線を向ける中、彼女は独り虚空を睨み付けていた。
どうやら、それがアコニスの不貞腐れた時の仕草のようだ。
まずは「一つ言っておきたいのは」と前置きをして皆の耳目を集める。
「ミスをしたくてプレーしてるヤツなんて、この場には居ないってことです」
勝敗が絡むと、どうしても人は目先の事ばかりに囚われ結果、ミスをした人間を詰りがちだ。勝とうと思って、チームを思ってプレーしているというのに。
そういうのは前世で散々見て来たから、オレはこの状況でも冷静でいられた。
「で? 具体的にはどうするのよ?」
リュクセラが口を尖らせる。
このままだと四球で失点し続ける。彼女だけでなく、皆がそう思っているのは手に取るように解った。
故に、言っておかなければならないことがある。
「アコニス。お前が打たれまいとストライクゾーンを広く使おうとしているのは、理解しているつもりだ」
「? どういうことだ?」
疑問を差し挟むブリュムにオレは説明する。
アコニスは真ん中に投げる分には問題ない。ただ他の場所、内角高めとか外角低めといったコースの投げ分けになった途端、勝手が違うらしく制球が大きく乱れる。
「まあ、ぶっちゃけ。あれだけの豪速球を真ん中に集中して投げられる事自体、スゴい才能なんですけどね」
それも、ほぼ独学で。それを知った内野陣は絶句した。
当たり前だ。彼女たちはミニュイから野球を教えてもらっているのだから。
リュクセラたちには登板経験がない。それでも、ピッチングの難しさを理解してない者は居ない。
コールドゲームの敗戦投手は、ただ一人。彼女たちが教えを請うてきたミニュイなのだから。
(いい感触だ)
アコニスと内野陣。交互に盗み見ながら様子を窺う。これで、アコニスがただの生意気なだけの孤高な特待生という印象も少しは払拭されただろう。
ここでオレが打開策を提示するのは簡単だ。しかし、今のアコニスがそれをすんなり受け容れるとは考えにくい。
現に彼女は今、自身で試行錯誤の真っ最中だ。安易な助言は、水を差された気分になるだろう。
そこで一つ、確認しておくべき事があるのでそれを優先する。
「なあ、アコニス」
「なに?」
「この試合、勝ちたいか?」
その一言で、視線が一気に彼女へ集まった。
もっとも、ここで勝つ気が無いと分かれば交代も視野に入れる。
少しの間、沈黙が流れた。静寂の中、エースが口を開く。
「勝ちたいに、決まってる……っ」
顔を顰め、拳を強く握り締める。悔しさが滲み出ているようだ。
(まあこの状況なら、それ以外に言えないだろうが)
余程空気が読めない限りは。勝利を願うのは、投げたいなら当然の答え。
「なら――」
「でもっ それはわたしのやり方じゃないと意味がないっ わたしは、誰も頼らない!」
「なっ――」
オレの言葉を遮るアコニス。その台詞に誰かが絶句した。
肩で息をするアコニスに、喰って掛かったのはリュクセラ。
「いい加減にしなさいよ!」
胸ぐらを掴み、自分の胸元に引き寄せる。その顔には憤怒の炎が燃え盛っていた。
「状況分かってんの⁉ このままだと、負けるのよ? せっかく勝ってたのに、アンタのせいでッ!」
怒声と剣幕に押されて弱々しい表情を見せるアコニス。しかし、糾弾するリュクセラの怒りが収まる気配もない。それどころか、他の仲間も便乗して糾合した。
「バッテリーって言葉、知ってるか?」
「このままダラダラ続けたくない」
「意地を張るのも大概にしろ!」
「他人の話はさ~、ちゃんと聴こう? ね?」
批難轟々《ひなんごうごう》。人格を否定するような言葉が無いのが幸いだ。
「どうしたの?」
振り返ると、ミニュイが居た。長引いているのを気にしたのか、彼女は外野からマウンドまで足を運んでいた。
「キャプテンはこの試合、勝ちたいですか?」
オレの投げ掛けた質問で、視線はミニュイに集中する。
瞳を伏せて沈黙した後、深呼吸。それから言の葉に乗せて自身の心情を紡ぎ出した。
「私も、勝ちたい!」
その顔は、いつになく必死だった。
「勝って、みんなと喜びを分かち合いたい。だって――」
みんなに野球を教えたのは。面白さを伝えようと、これまで努力して来たのは。負けの悔しさや辛さを抱え込ませて来たのは――
「みんなに、勝利の喜びを知って欲しいから!」
(よし、充分だ)
チームの中心人物であるミニュイが勝利の二文字を口にすることで、チームの結束が強化された。これだけで練習試合を組んだ甲斐がある。
「とりあえず、打てる秘策は三つあります」
「え? そんなに?」
アコニスから手を離したリュクセラが信じられない、といった様子で目を丸くした。
改めて俺はアコニスに向き直る。
「次の攻撃。オレがホームランを打てば、九回裏にも確実に打順が回って来る」
最低でも二点は取れる。というか、絶対に取る。
だから――
「六点までだ。それ以降もお前じゃどうにもならなかったら、そん時はオレが秘策を授けてやる。……それを拒否したら、解るな?」
「――ッ⁉」
冷然とした眼差しで射竦め、本気であることを伝える。
「――ってなわけで皆さん、どうか宜しくお願い致します」
オレはみんなの前で頭を下げた。困惑したリュクセラたちが面食らう中、第一声を上げたのはミニュイ。
「うん、わかった。頑張って」
いつものように微笑みを湛えて拳を差し出してきたので、オレもそれにコツンと合わせる。
「まあ。半分はアンタの得点だし、いいんじゃない?」
「任せたからな?」
「守備は任せて~♪」
「ん。わかった」
了承した内野陣は未だ口を開かない投手に目を向けた。
「……フン」
鼻を鳴らして顔を背ける。了解と受け取ることにした。
〇 〇
結束が高まったからといって、何かが劇的に代わる筈もなく。
アコニスは状況を打開できぬまま走者を押し出し続けた。その間に打者が一巡する。
「はあ……はっ ……はぁ」
ここまで来ると疲労の色が見え始め、額に汗を浮かべ肩が上下するようになる。
状況は未だに二死満塁。逆転されて五対六。
さすがに限界だ。オレは頬を伝う汗を拭うアコニスの元へと駆け寄った。
「で、どうする? 秘策を知りたいか?」
「…………」
睨むだけで答えない。この場合、声を発しないのは疲労が限界なのではなく、葛藤があるのだろう。自力で何とかすると言ったのは、彼女なのだから。
もっとも、今更悠長に答えを待つつもりもない。
「わかった。要らないんだな? よし、ピッチャー交代!」
「待って!」
ベンチから視線を戻すと、くしゃくしゃに顔を歪ませたアコニスがそこに居た。
「……、………ぃ」
「あ? 何だって?」
俯いた彼女が何か言葉を絞り出した。聴き取れなかったが、話の脈絡から大体分かる。
だが、配慮する気は毛頭ない。
「じゃ、やっぱりピッチャー――」
「教えて欲しいの!」
大声を出すアコニス。心なしか、深紅の双眸が潤んでいる。よほど悔しいらしい。
「教えて欲しいって、秘策を、か?」
敢えて確認する。言質を取るのは大事だ。
怪訝な顔のオレに、彼女は無言でゆっくりと首を縦に振る。
それでいい。オレは顔を綻ばせた。
「まあ、そんな難しいことは指示しない。秘策の一個目は、至ってシンプルだ」
今まで踏んでいたマウンドのプレート。踏み込む位置を中央付近から、一塁側のギリギリに変更する。
「それだけ?」
「ああ、そうだ。詳しく説明するか?」
即座に首を横に振る。助力は最低限に留めておきたいらしい。
「まあ、心配するな。たったそれだけのことで、相手はバントの難易度が跳ね上がる」
「ふぅ~ん……」
疑いの眼差しを向けて来る。
「ま、そういう訳だから。頼んだぞ、エース」
発破をかけたオレは、足早にマウンドを後にして再びマスクを被る。
アコニスはさっそく実践し、一塁側のプレート終端に足を掛けてから投げ始めた。
さあ、喰らえ――
(百五十キロのスモーキーから投げられる、クロスファイヤーをッ!)
打者の前に突如現出し、白線を曳く直球が胸元を抉り込むように向かって来る。それだけで相手は容易に手が出ない。むしろ慄いて尻もちを搗いた。
「…………ッ」
「よし、ナイスコース! いい球来てるよ!」
顔が恐怖に引き攣る打者を尻目に、立ち上がったオレは声を張り上げ最大限の賛辞を贈る。
球は高めに浮いていたが、却って恐怖が倍増したので結果オーライ。
アコニスの頬に朱が差したのは、蓄積された疲労だけが理由じゃないだろう。
オレがしゃがみ込んでミットを構えると、六点目を献上した時よりもアコニスの顔が明るくなっていた。




