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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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42/108

失策

 塁審の声だけが、静寂のグラウンドに響いた。


「アウト!」


 間一髪。タッチアウトで盗塁阻止。これでワンナウト。よし、と沸き立つ歓喜にオレは拳を握り締めた。

 やはり盗塁を刺すのは気持ちがいい。自然と笑みが零れる。


「ワンナウトー! 内野前進、バッター勝負!」


 あとはもう、バントしか来ない。なら、守備を前進させて守りやすくするまで。


(まあ、十中八九じゅっちゅうはっく投手アコニス狙いだろうがな)


 それでも、やらないよりはマシ。少しでも相手がプレッシャーを感じてくれればおんの字。

 プレイを再開し、豪速球が唸りを上げる。


 二球までじっくりと観察した後、二番打者が寝かせたバットで跳ね返し、打球はマウンドと三塁の間を転がる。それをアコニスが追いかけた。


「あっ」


 後逸こういつ。低く構えたグローブの更に下を抜けていった。打者は一塁に余裕で間に合っていた。これで一死一塁。


「ドンマイドンマイっ 切り替えていこう、ワンナウトー!」


 失策エラーを責めても仕方ない。なぜなら彼女はミニュイに誘われて野球を始めたばかりなのだから。人によっては、プレイ経験が一年にも満たない。

 マスク越しに見たアコニスは、心なしか少しイラついてるように見えた。


 第一球目。珍しく高めに浮いて枠を外れた。ボール。


(どうしたもんかな……)


 あきらかに精彩を欠いている。かといって、プライドの高い彼女のことだ。

 制球難を指摘したり、逆に「リラックス」や他におべっかを使ってもヘソを曲げそうだ。


(しょうがない――)


 独りで考えても解らないので、マウンドに駆け寄ることにした。すると、いかにも不機嫌そうにこちらをにらんで来る。


「なに?」


 言葉を発することができるなら、まだ余裕がありそうだ。


「ん。ちょっと様子見」


 ただ、大丈夫そうで安心した。素直にそれを伝える。


「だから?」


 相変わらずつれない。そして言葉もワンパターンだ。そこで気付いたことがある。


「あ、そういやアコニスの好きな食べ物って何?」

「は?」


 これまで聞いたことが無かったから聞いてみた。


「今、関係あるの?」


 冷ややかな眼差し。当然の反応だ。全然予想できてたからいいけど。


「勿論。オレがお前を知りたいんだよ」

「えっ?」


 これ以上は注意されるだろう。彼女の返答を待たずしてマウンドを去り、オレは再び打席の後ろでマスクを被る。


「ハイ、バッター勝負!」


 バシバシとミットを叩き、「早く投げろ」とそれとなく促す。

 気を取り直した彼女がトルネード投法で全身を限界まで捻った。

 腰が沈み込んだ瞬間。反動でバネが勢いよく解放されるように、俊敏な動作で豪速球が繰り出される。


 そして三球目。リリース直後に唐突として現出する高速の直球に、打者は細心の注意を払ってバットを当てに行った。

 球はアコニスの前に転がっていく。少し遅れた彼女が今度こそグローブに球を納めると、すぐさま送球に移る。一塁でグローブを構えるフェルムに。


「げっ⁉」


 あろうことか投げた球は大きく逸れ、フェルムの頭上を越えてしまった。


「チィッ」


 舌打ちしたオレは念のため既にベースカバーで一塁に向かっており、捕逸した球を手に取るとすぐさま送球。


「ペリエ!」


 三塁を落としに掛かる走塁をコースアウトさせるべく、強肩を使ってレーザービーム。

 結果はアウト。スコアリングポジションは譲らない。打者には二塁まで進出されたが。


 好走で塁を落としにかかる相手を、自身の好送球でアウトにする。この瞬間はいつだって気持ちがいい。身体が歓喜に震える。


「っし、ツーアウトツーアウト! バッター勝負!」


 オレが強気でえると、他の仲間も呼応して声を出してくれる。少し守備の乱れがあったものの、守備の雰囲気は悪くない。

 打順は四番打者を迎える。オレは一層の警戒を強めた。


 彼女の名前はシャウラ。カーバンクル寮のレギュラー。打力にも自信があるのか、バント作戦だったにもかかわらず何度かバスターで打とうとしたり、他の選手と違いバントでファールチップした時も落胆せず、まじまじと観察する余裕すら見せていた。


「…………」


 肉食獣が獲物を品定めするように、鋭い視線を向けながらバント姿勢を取る。

 仕掛けて来たのはまさかの一球目。バットに跳ね返った反動で少し浮きながら前方に飛んでいく。捕球しようと投手は勿論、一塁と三塁からも駆け出してくる。


(マズい――――!)


 腰を浮かせていたオレは戦慄した。三者が取りに行きたくなるような絶妙な位置。そこに球が落ちた。そして、そこで止まった。原因はバックスピン。


「は?」

「ん?」

「あれ?」


 アコニスとフェルム、ペリエが他者の存在に気付き、三者でお見合い。

 やられた。一・三塁手を出張らせる前進守備を逆手に取られた。


(ヤロウ……っ)


 予想を上回る頭脳プレー。悔しさのあまり歯噛みする。

 しかし、停滞するオレたちを他所に状況は刻一刻と変化していた。

 

「アコニス、オレに寄越せ!」


 怒号にも似た指示でアコニスを呼び付けると、彼女は慌てながら素手でトス。それを受け、二塁と三塁への送球は諦めた。状況的に悪送球で連携が破綻すれば最悪、失点すらあり得た。二死二、三塁。


「ところでアコニス。スクイズって知ってるか?」

「知らない」


 そっぽを向く彼女は不機嫌を隠そうともしない。自分でもミスしてのは分かっているのだろう、悔しげに唇を噛んでいた。


「今みたいに球を地面に叩き付けるんじゃなく、球を浮かせて走塁の時間を稼ぐプレーのことだ」


 得点を狙うなら、確実に仕掛けて来る。


「だから何?」


 見咎みとがめる視線でオレを突き刺す。だがこれくらい、かわいいものだ。


「いや、そっかそっか。いい加減、うるさいって一蹴されるかと思った。ありがとな♪」

「フン」


 笑顔を見せると、彼女は再びそっぽを向く。


(なるほど。められたり称賛には慣れてるんだな)


 慣れてない場合、途端に不機嫌になって攻撃してきたりするから注意が必要だ。

 ドロテアから以前、アコニスは野球賭博に身をやつしていたことは聞いていたが。やはり実力から見てもそれなりの厚遇は受けていたようだ。


(でなきゃ、慣れる筈がないからな)


 コルネリウスから彼女の家庭学習機関のことはかされていたが、あまり芳しくない様子だった。められる余地がない。


「じゃあ、チェンジになったら教えてくれよ?」

「何を?」


 忘れられているが、まあいい。そこは重要じゃない。

 不思議そうな彼女に踵を返し、再び捕手の定位置に戻った。


「ハイ、ツーアウト! スクイズ警戒、バッター勝負!」


 次は五番。クリンナップなだけあって、バントが苦手のようだ。打線を見る限り、この打者が特にバントで手ひどい失敗を繰り返していた。自打球とか。

 一球目。バットを引っ込めて待球。二球目も同様。


 そして三度目の正直。一塁線に打球を転がし、足早に駆けていく。


「ファーストっ」


 フェルムが振り向きざまに送球。


「ちょっ――」


 しかし悪送球。焦ったせいか、球は右中間へと飛んでいった。一塁手にしては似つかわしくない強肩だ。今はそれが仇となっているが。


「まかせて!」


 前進守備で内野付近まで進出していた右翼ライトのミニュイがノーバンで捕球。改めてリュクセラに送球するも、既に一塁へは到達済み。これで二死満塁。

 だが、これで守りやすくもなった。どこからでもアウトを取りやすい。


「ツーアウト満塁。スクイズ警戒、バッター勝負!」


 そうして迎えた六番打者。投げ放たれる第一球。大きく外れてボール。


「っぶねぇ……っ」


 ここへ来て制球が乱れた。


(いや、違うな)


 負け=《イコール》死という野球賭博でアコニスは勝ち続けた。そんな彼女であればこそ、重圧プレッシャーに対する術は自得している筈。

 つまりこれは、ストライクゾーンの四隅に球を投げ分けようとしている事の現れ。


 微笑ましいことではある。だから暴投に次ぐ暴投でもオレは静観した。

 結局、フォアボールで押し出し。相手に点が入った。


(……まあいい。三点献上は覚悟しよう)


 せっかくの練習試合なのだから。

 それからもアコニスの大乱調は続いた。たまにストライクに入ることはあっても、オレがタイムを取るまで打者を押し出し続けた。


 幸いにして、死球デッドボールは未だ出していない。それが救いだ。

 現在、五対三。まだピンチという程でもない。

26話と36話。入寮のシーンを改稿しました。

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