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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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41/108

捕手の腕の見せ所

 屋根と支柱だけのベンチに戻ると、座って控えていたチームメイトが立ち上がり、手荒な歓迎を受けた。


「まったく。なに考えてんのよ、ホームスチールなんて!」

「しかし、よくやった!」

「ナイス先取点!」


 オレのことをもみくちゃにしながら口々に生還を言祝ことほぐ仲間たち。

 そんな中、常に微笑をたたえているミニュイも興奮して頬を上気させていた。


「ありがとう、フレーヌさん!」


 いつも控えめな印象の彼女にしては珍しい。だが、好感が持てる。


「はい、やってやりましたぜ!」

「うん、うん……っ」


 少し声が上擦うわずる。感極まっているのかもしれない。しかし、無理もない話かもしれないと、オレは思った。

 彼女から聞いたこれまでの戦績は、全てコールド負け。一点すら取ったことがないらしい。


 それが、初回に初得点なのだ。これで勝ったら、滂沱ぼうだの涙で号泣してしまいそうだ。


(まあ、それもいいかもな)


 とにかく勝つことだ。勝利の喜びを知れば、自然とモチベーションがあがって上達も速くなる。だからこそ――


「よし、ナイス!」


 打席で響いた快音で我に返る。ピティエの放った打球は一、二塁間を越えた。右翼手の返球よりも早く駆け抜け、彼女は二塁にまで到達していた。

 ベンチの仲間たちは連打の快進撃に沸いた。


「よっしゃあ! 続きなさい、ラシーヌ」

「はーい」


 一塁コーチャーに行くついでに、声を張り上げるリュクセラ。彼女とは対照的に、小柄な少女はテンションの低い生返事。

 ある意味、ここからがラタトスク寮の正規な打順。俊敏かつ選球眼に優れ、出塁率が高いチームの切り込み隊長。


 しかし、結果は三振。続くブリュムも見逃し三振。

 だが、これは仕方ない。経験の差が歴然としていた。

 そうして、チームの主砲ことミニュイの打順が回って来た。長打が出れば、ピティエが生還できる。そうすれば二点目。自然と皆の応援にも熱が入った。

 一球目はドロップカーブ。オレどころか、三振した前の二人にも同じ配球。


(ちょっと、ナメられてないか?)


 単純にドロップカーブに絶対の自信があるだけなのかもしれないが。一球だけでは判別がつかないので見守っていると、二球目もドロップカーブ。


「ああもう、追い込まれた!」

「ミニュイ、打てー!」


 既に後が無い。先程とは一転、ベンチにはあきらめムードが漂い始める。

 しかし、追い込まれた状況にあってミニュイはスイングを確認する余裕があった。


(そうだ。見せてやれ)


 昨年までの自分ではないことを。


『スイングの速さって、上げる事ができたりするのかな?』


 昨日、ミニュイからかれた。そこでオレは、原本に書かれていたことや自分の経験をもとにアドバイスをした。

 打席の様子から、それを実践し自分のプレーとすり合わせているのがよく分かる。


 前の二人の前例に倣うなら次の三球目はストレート。もしそうなら、いけるかもしれない。オレも期待を込めて声援を送る。


「よしっ 行けキャプテン! ぶちかましたれー!」


 牽制をはさんでから投球が開始される。放たれた球種はストレート。

 オレたちが見守る中、ミニュイの鋭いスイングが枠を斬り裂く。

 内角中段寄りの直球が、三塁線を越えて外野に転がった。


「よっしゃっ 長打コース!」

 

 球がレフト線を転がるのを尻目に、ピティエが全速力で三塁を蹴ってホームに向かう。

 足先から本塁に突っ込むと、返球よりも先に到達していた。これで二点目。

 チーム史上初の追加点。それだけでベンチは大いに沸いた。オレも独り、拳を強く握り締める。


「フレーヌさま~♪」


 生還した幼馴染が両手を広げてベンチに駆け寄って来る。オレはチームメイトに背中を押され、彼女の前に立たされた。

 ピティエがオレの胸に飛び込んで来る。避ける訳にもいかず、回転して勢いを殺しながら背の高い彼女を受け止めた。やわらかい胸の圧力に、オレはドギマギした。


「見てくれましたか?」


 喜色満面の笑みで見上げて来る。潤んだ瞳がいかにもいじらしくて可愛い。思わず顔が紅潮した。


「おう、よく頑張った。打球反応も良かったし、良いスタートだった」

「えへへ♪」


 好走塁をめると相好そうごうを崩し、目を細め口元を綻ばせた。


「よぉし、ペリエ。アンタも続きなさいよ!」

「ジャンジャン、追加点よ!」


 リュクセラと小柄な淫魔族サキュバスのミカが声を張り上げ打席に立つペリエに発破をかけていた。

 初球。外角に沈んでいく球をペリエが打ち返す。

 

投げ損じ。動揺によるコントロールミスで沈み方が中途半端だった。それをフルスイングで右中間に運ばれた。

 バックホーム。外野の深い所から豪快な遠投で送球は捕手の所へ。

 しかし一歩遅く、既にミニュイは生還していた。

 これで三点目。バッテリーとしてはありがたいリードだ。


 〇                            〇


 フェルムの三振で初回の攻撃が終わると、そこからはワンサイドゲームだった。

 機動力野球を信条とするカーバンクルもアコニスの豪速球には手も足も出ず、三奪三振を重ねて二巡目を終えた。


 その間、オレは次の打席でソロホームラン。ピティエも進塁打を放ったが得点にはならず、ミニュイを含めた後続が三者凡退。

 五回裏の三打席目。十二球も粘った末のフォアボールで出塁したオレは盗塁を決めた。


 直後にピティエが長打を放ち、ヒットエンドランで仕掛けたオレが生還。五点目が入った。 

 現在、試合は六回を終わって五対〇。


(さて。問題はこっからだな)


 それに、緊張が緩み出したチームメイトたちの手綱たづなもしっかり締めてやらねば。


「あの、ちょっといいですか?」


 七回の守備に就く直前。オレは仲間たちを一旦呼び止めた。

 険のある深刻そうな顔に全員が狐につままれたような表情を浮かべる。

 どうしたのか、という彼女たちの疑問に頷き、オレは今後の試合展開に関わる重大な懸念について語った。


「さすがに三巡目ともなると、相手もバントを確実に決めて来ると思いますんで。そうなると、今度はバックの皆さんの力をお借りしなくちゃいけません。そこんトコ、頼んます」


 集まる仲間の前でオレは頭を下げた。動揺、とまではいかないが弛緩した空気は霧散した。


「そんなの今更よ。アンタは扇の要なんだから、ドーンと構えてなさい」

「そうだよ~? 心配しないでいいから」

「ああ。お前たちが頑張っているのに、カッコ悪い所は見せないさ」

「大丈夫。ちゃんと練習して来てるから」


 リュクセラを始めとした皆が優しい言葉をかけてくれた。オレが胸の奥にじんわり と夢見心地な温かさを感じていると、


「…………」


 アコニスはマウンドを見詰めたままだった。他人の厚意を何だと思っているのか。

 今は考えても仕方ない。仲間からの言葉に謝辞を述べると、オレは捕手の定位置へと向かった。


 七回表の攻撃が始まる。打席に立つのは一番打者。

 ここにきてもバントの構え。しかし、仲間に話した通り打順は三巡目。


(今度は決めて来るだろうな……)


 自信に触れる先頭打者の横顔を一瞥いちべつし、オレはミットを構えた。

 トルネード投法で豪快に加速をつけた白球が銃弾のごとく迫る。ここへ来て未だに球威は衰えていない。


 しかし、相手はそれを上手く引き付けてバットを押し出す。プッシュバント。

 跳ね返った球はフェアグラウンドの上を弾み、ピッチャーの手前へゆっくりと転がっていく。アコニスが捕球した時にはすでに打者は一塁直前まで到達しており、送球での刺殺が間に合わない。


「セーフ!」


 一塁塁審が両手を水平に広げた。とうとう出塁を許してしまった。


(まあ、いい。バント作戦を採用された時から、それは織り込み済みだ)


 一、二点献上した所で、点差的には痛くもかゆくもない。


「ノーアウト。ゲッツーあるよ、バッター勝負!」

「バッチコーイ!」

「ピッチャー、楽に」


 オレが全体に指示を出すと、内野陣が声を張り上げ盛り立ててくれる。その返礼が好きだ。やはり捕手は良い。

 続く二番打者もバントの構え。アコニスが投球動作に入ると、リードしていた走者が駆け出した。


(そりゃそうだよな!)


 最初から予想していた。豪速球が投げられた直後にオレは腰を浮かせ、半身になって返球動作しやすいように構える。

 砲声を轟かせ荒れ狂う球をミットでなだめさせ、すぐさま二塁へ送球しようと腕を引く。

 途中、足を振り上げたままのアコニスがリュクセラを隠す。


(ハンデにもなんねぇよ!)


 捕殺動作は魂にまで刻まれている。二塁手の位置なんて、最早分かり切っている。

 蒼月流抜刀術『弓張月ゆみはりづき』。強肩による素早い投擲とうてき。迷わず投げた。

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