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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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先取点

 俊足しゅんそくかしてダイビングキャッチ。球の陰に素手を差し出し、寸前で捕球。


「アウト!」


 捕殺完了。オレはすぐさま立ち上がり、腰を旋回させて弓引くように肘を張る。


「ファーストッ」


 黒鉄の肌にくすんだ鉄色の長い癖毛の少女、フェルムへ送球。凡退した先頭打者は既に一塁線からコースアウトしていた。


「ピッチャー」

「フン」


 どこか眠たげなフェルムは淡々とアコニスへ返球。さばいたグローブに球が収まる。


「っし!」


 拳を強く握り締めた。まずはワンナウト。 

 ただ、バントが不意打ちだったせいで、アコニスは完全に出遅れていた。いや寧ろ、守備するのを失念していたかもしれない。彼女ならあり得る。

 それを確認するために、オレは再びマウンドに駆け寄った。


「なに…………?」


 威圧的な声に上から注がれる冷ややかな視線。何も理解していないかもしれない。

 そう考えると頭が痛かった。それでも、言うべきことは言わないと。義務感に意欲という薪をくべ、意を決して口を開く。


「恐らくだが。こっからはまた、あのバント地獄だ」


 隣に密着してミットで口元を隠し、密やかに試合の予測を告げた。

 バント地獄。その単語にアコニスはあからさまに顔を顰めた。


「でも、よかったじゃん。練習の成果が試せるぜ♪」


 ミットで彼女の腹を軽くタッチし破顔した。それによって強張った顔が僅かに緩む。

 商会リーグ初先発の後。来る日も来る日もオレたちはバント処理の特訓を重ねた。


「昨日もちゃんと練習した。だから、大丈夫だ」

「フン」


 顔を逸らすアコニス。だがその際、満更でもない表情を浮かべていた。

 ひとまず任せてみよう。踵を返して引き揚げると、ミットを構えた。

 二番打者は右打席に立つと、最初からバントの構え。


 ツーナッシングまで見送り、少しでも球筋に慣れておこうという魂胆が見えた。

 だからこそ、余計なボール球を投げさせずにカウントを稼いだ。

 そして三球目。真ん中より内角寄りに斬り込んで来る豪速球。


「クッ……」


 バント失敗。バットは球の上半分に当たり、打席手前のグラウンドに跳ね返った。

 成程。スモーキー投法と球筋にまだ目が慣れていないから上手く行かない。

 これなら一巡目は楽にアウトを取れる。


(ただ、問題は二巡目以降だな)


 目が慣れてしまえば、バントは容易い。それはオレ自身、よく分かってる。

 結局、問題が先送りになるだけ。マスクの下でオレは独り頭を抱えた。

 続く三番打者もバント失敗でスリーアウト。

 ラタトスク寮の攻撃が始まる。


「よろしくお願いします!」


 溌溂はつらつとした声で挨拶あいさつしてから、オレは左打席に立つ。

 今回も打順はオレが先頭だ。その方が多く打席が回って来る。これはあくまでも、勝つための采配さいはい

 試合前、


『今日の練習試合を、ラタトスクウチの初勝利としてやりましょう!』


 オレはチームメイトをき付けた。そのためにもまず、自分が結果を出さなければ意味がない。


「さてと……」


 腰を落とし、抜刀態勢でバットを脇に構える。

 手始めに、マウンド上の投手を観察。

 相手は獣人の少女、アガット。長身で華奢だが、手足が長い。

 ミニュイによれば、彼女の出場機会は少ないがストレートとドロップカーブは一級品。


 武器を持った良い投手だという。

 直球はペシェットより劣るものの、ピティエより僅かに早いらしい。

 ドロップカーブの方はスライダーのような球速で一度ホップした後、大きく沈み込む球筋が厄介なのだとか。緩球よりも速い、パワーカーブ系の中速球のような球筋。


 あとの持ち球はスライダーにチェンジアップ。積極的に三振を狙って来る軟投派。

 セットポジションから投げ始める。麦色の尻尾とポニーテールを揺らし、頭上から球が投げ下ろされる。


(これが、ドロップカーブ)


 頭のさらに上。そこからドライブ回転で下へ下へと沈んでいく。

 コースは内角低め。最終的には僅かに枠を外れる軌道。


(面白れぇッ!)


 オレの闘争心が獰猛な笑みを顔に刻む。

 膝下に沈み込む中速球を、大股おおまたで体を開きすくい上げた。


「む……」


 芯を捉え損ねる。打球は逸れて一塁線よりも外に飛んでいった。なかなかどうして、簡単にヒットとはいかない。

 他方、打球方向に振り返ったアガットは硬直していた。

 逸れていたとはいえ、初見で軽々と外野まで運ばれたのは予想外だったらしい。


(まあ、少しはこたえたかな……?)


 オレは気を取り直して次の一球を待つ。

 定石セオリー通りに行けば直球だが、チェンジアップでタイミングを外してくるのもあり得る。

 二球目は直球。枠の上限を外れた釣り球。ボール。

 三球目はチェンジアップ。外角低めを外れてこれもボール。打者有利のカウント。


(さっきの動揺ぶりから見て、こっからドロップは投げないだろう。となると――)


 直球。外角低めの安全策で来ると予想する。

 だが一応、胸元を抉って来るスライダーも勘案して四球目を待つ。

 アガットが投げた瞬間、球は枠から大きく外れていた。変化球と予想。案の定、曲がって来た球は枠に収まるか否か際どい所を突き進む。


「ボール!」


 ストライクゾーンを外れてミットに収まった。これでカウントがワンスリー。相手はこれ以上、一球も枠外には投げられない。


(なるほどね……)


 ペシェットと比べると変化量が少ない。枠に入ってくれたら打てる、そんな確信すら抱いていた。

 そして放たれる五球目。


(なっ――――)


 空を仰ぐような大きな放物線。沈み始める球筋はドロップカーブ。終点は内角高め。落差を考えれば視線の振り幅が大きく距離感が掴みにくいので打ちづらい。

 だが――


(甘ぇんだよ!)


 蒼月流抜刀術『明月あけづき』。斬り下ろしのスイングで回転する球を捉え、そのまま振り抜いて外野グラウンドに突き刺す。左中間を高々と跳ね上がる球を尻目に、オレは俊足を活かして一塁を蹴って二塁へ。そのまま一気に三塁を強襲。左翼手の中継を経て返球が三塁手のグローブに納まった。


「セーフ!」


 返球よりもオレの脚力が勝っていた。三塁打。しかもノーアウト。


「すっご~い。ナイスバッティング♪」

「おう、やってやったぜ!」


 三塁側のコーチャーで破顔するペリエ。そんな彼女にオレもガッツポーズを決めて笑みを返す。

 続く二番打者であるピティエが一礼して打席に入ったのですぐさまそちらに意識を向けた。


 今回はDHで打撃に専念してもらう。勿論、アコニスがバント地獄で炎上しない限りは、だが。


(よし、行くか)


 狙うぜホームスチール。マウンド上の投手に意識を集中、隙があれば――


「うおッ!」


 牽制けんせい球。アガットがこちらを向いたかと思うと、瞬時に球が飛んで来る。

 ここで刺されるわけにはいかない、リードしていた三塁へすぐさま帰塁。セーフ。


「あ、あぶねぇ~」


 もう少しで牽制死するところだった。相手はオレの俊足を警戒している。迂闊なことはできない。しかしだからといって、


(リードを取らにゃ、走者の意味がねぇってモンよ)


 再びリードで三塁との距離を空ける。先程よりも僅かに距離を稼いで。こっちを見ろ。眼力で投手に訴えかける。


「そんなに空けて、だいじょ~ぶ?」

「ああ、気にすんな。問題――」


 またも牽制球。素早く帰塁きるいしてアウトは免れた。返球を受け、りずにリードを取る。

 振りかぶったが今度はフェイント。そんな虚仮脅こけおどし、オレには通じない。気のないことを一瞬で見切り、静観して様子を見ていた。


 諦めがついたのか、ようやく相手がセットポジションに入る。軸足だけで立った後、腰の高さまで上げた遊脚を一気に振り下ろす。

 その瞬間、オレは地を這うように疾駆した。バッテリーに動揺が走る。

 猛然と突っ込む中、精彩を欠いた直球は大きく外れてボール。タッチされるよりも一足早く、爪先からホームベースに滑り込んだ。


「セーフ!」

「っしゃああああああああらぁッ!」


 打者が左打席に入ってくれていると、ホームスチールの進路を妨害しない。

 ピティエの打順をオレのすぐ後ろに置く狙いは、そこにあった。

 まずは先取点。

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