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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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練習試合

 指で眼鏡を擦り上げるオネット。ただ、レンズ越しの視線は剣呑けんのんだった。


「ソレル・アルクフレッシュ。カーバンクル寮の野球部部長が、何の用かしら?」

「フフ。そう邪険にしないで。私の用事は、ラタトスク寮の野球部部長さんだから」


 ほっそりした白魚の指をあごに当て、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 その後ろには、赤毛の獣人アニムスの少女が険のある顔でこちらを見ていた。


「え? 私、ですか?」


 オレの後ろにいたミニュイ。突然のご指名に戸惑っていた。


「フフ。ええ、そう――」


 金髪の森人エルフは瞳の蒼碧を細め、不敵に笑う。


〇                                〇


 オレとミニュイがラタトスク寮の食卓に戻ると、自然と耳目が集まった。

 交渉の結果がどうなったのか、気になって仕方ない。そんな様子だった。


「それで? ちゃんと了承してもらえたのか?」


 褐色の森人エルフが話の口火を切ってミニュイに尋ねる。副部長の責任感からだろうか。ブリュムの横顔を見ながらオレは彼女の心中を想像する。


「ええ。ちょうど五人ほど、融通してもらえることになったの」


 結果は上々。その一言にひとまず安堵の吐息が漏れた。

 全敗で最下位のチームに人員を貸与する。普通に考えれば、あまりにもメリットが無さ過ぎて勘弁願いたい案件だろう。やはり、機関の影響力は侮れない。

 ミニュイはそこから更に言葉を継ぐ。


「それでね? カーバンクル寮から、練習試合のお誘いがあったの?」


 練習試合。聞き慣れない単語の意味を測りかねているのか、部員たちは一様に疑問符を浮かべる。


「ほら、アレですよ。模擬戦みたいな実戦形式の練習だから、練習試合、なんですよ」


 あとは紅白戦、とも言い換えることもできるかもしれない。


「つまり、試合ってこと?」


 リュクセラの言葉にオレとミニュイは首を縦に振る。それと同時に、部員たちがざわつき出した。


「で、誰が投げるの?」


 質問を投げかけたのはアコニス。投手である彼女のことだ。自分が登板するかどうかが気になるのだろうことは想像にかたくない。


「うん。それもあるけど、みんなはどう? 練習試合、やってみる?」


 皆のことを見渡しながら問い掛ける。


「いいだろう。望むところだ」

「やってやろうじゃない」

「前哨戦だね~」


 そこには日和ったり異論をはさむ者などいない。頼もしいチームメイトを前に、ミニュイの顔にも笑みがこぼれた。


「わかった。それじゃあ、ちゃんと返事しておくね」


 彼女が頷くと、みんなは更に気炎を吐いて意気軒昂いきけんこうになった。その様子を、周囲の生徒たちは物珍しそうに眺めていた。


(ふむ……)


 チーム全員が闘志をたぎらせる中。オレは静かに黙考した。

 恐らく、練習試合といっても手の内を全てさらすような真似はしないだろう。

 試合が平日だと考えれば相手は二軍か準レギュラー辺りが主力で、レギュラーが二、三人出てくればいいだろう。出て来ない可能性もあるが。


「それで投手は?」


 早く決めろ。アコニスは眉根まゆねを寄せ、不満を隠そうともしない。顔が整っている分、迫力がある。かといってオレが気圧けおされることはないが。


「どうしよっか?」


 振り向いたミニュイがオレの希望を訊いて来た。


「う~ん……」


 本格左腕アコニスから向けられる視線の圧を横目に、虚空を見詰めて逡巡しゅんじゅんした。


「先輩は投げたいですか?」


 水をミニュイに差し向ける。相手がベストメンバーで来ないなら、こちらもわざわざ切りアコニスを投入してやる義理はない。

 穏やかな顔を浮かべる先輩はゆっくりと首を横に振る。


「私は良いから。投げたい人が投げたらいいと思う」


 その言葉に、不満まみれだったアコニスの顔がぱあっと明るくなった。


「ピティエはどうする?」


 再び顔をしかめる長身の左腕投手。忙しいヤツだ。


「わたしは――」


 アコニスと対照的に、私の幼馴染は視線を落として訥々《とつとつ》としゃべり出す。


 〇                                 〇


 放課後。オレは群青のユニフォームの上にプロテクターを着け、投球練習の前にマウンドへ駆け寄って来た。

 ミニュイが練習試合を快諾するとその日の内に試合が組まれ、こうしてアコニスとバッテリーを組んでいる。

 あの時、ピティエは殊勝しゅしょうだった。


『……ひとまず、打者として試合に出てみたいと思います』


 思慮しりょ深く目を伏せ、淡々と告げた。それで今回、アコニスの登板が決定した。

 そして、当の本人はというと、


「で、調子はどうよ?」

「フン」


 気さくに話しかけるが、アコニスの反応はつれない。今朝のことをまだ気にしているのだろうか?

 愛想笑いを浮かべつつも、内心では辟易へきえきしていた。

 とはいえ、ここは女房役としてキッチリ仕事をこなしておく。


「さて。漸くの試合だが、最初が肝心だ。派手に頼むぜ? 大将」

「うるさい」


 軽口に対しては相変わらずの塩対応。取り付く島もない。


(メンドクセェな……)


 一体、彼女に何かしただろうか? 心当たりが全くないので、改善しようがない。

 まあ、いい。せっかくの高校デビューだ。平常通りふてぶてしく居直っているので、特に心配はしていない。


 所定の位置にしゃがんでマスクを被り、オレはミットを構える。

 さあ、いよいよおっ披露目だ。他寮の野球部員が驚愕の表情を浮かべるかと思うと、自然とオレの胸は躍った。


 静寂の中、アコニスが左手に球を握り限界まで全体を捻転。その一種独特な投球フォームに相手チームがわずかにざわつく。

 ゆっくりと沈み出した瞬間、身体の内側に溜めた力が解放される。


 竜巻トルネード、その名を関するに相応しく全身の旋回運動によって生じた力が一点、球に集約されて投げられた。

 虚空に白い線をく球は、ミットの中で遠雷のように激しく轟く。

 鋭いしびれがオレの全身を駆け巡る。捕球した際の衝撃は未だに慣れない。


「ナイスボール!」


 うん、ちゃんと球は走ってる。問題ない。

 二、三球投げさせ、感触を試させる。四球目からはオレの方からコースを指定して投げさせた。


 しかし、四隅よすみに投げ分けるよう指示すると途端に制球が乱れ、大きく逸れたり逆球になる事もあった。ひどい暴投にならずに済んだので、オレは気合で全てを捕球した。


 コースの投げ分けと制球は今後の課題。今すぐどうこうはできない、根深い問題だ。

 それだけ、あの投球は絶妙な均衡バランスの上に成立していたことを再確認した。


(……まあ、いい。球威でゴリ押しするだけだ)


 残り三球はアコニスの好きに投げさせて投球練習を終えた。

 審判はユニコーン寮の野球部員に頼み、主審より試合開始の号令が掛かる。

 プレイボールの宣言によって試合の幕が上がった。


 先頭打者。右打席に立つのはエメラルドグリーンのショートパンツに同色のトップスを着た少女。カーバンクル寮のユニフォームに身を包んでいた。

 ミニュイの情報やシートノックの様子から、相手は準レギュラー。対戦前に少しでも情報を引き出したい、そんな魂胆が透けて見えた。


 第一球、トルネード投法から風を唸らせる直球はど真ん中に叩き込まれた。砲音がミットから轟く。ストライク。

 オレは上目遣いで打者の顔を盗み見た。茫然自失ぼうぜんじしつという言葉が相応しいほどの動揺が見て取れた。


 間を置かずしゃがんだまま返球し、テンポよく二球目を投げさせる。これもストライク。


「コラ、いつまでも呆けてるな!」


 ベンチに座る赤毛の獣人アニムスが声を張り上げ、打者は我に返った。


(まあ、正気を取り戻しても、手が出るとは思えんが……)


 スモーキー投法で球の出所がわからない以上、タイミングを合わせるのは至難の業。

 一打席目でヒットなど、不可能だ。心の中で密かに太鼓判を押す。


 ただ一瞬、いつかのバント地獄が頭を過ぎった。

 そしてカーバンクル寮は機動力重視のチーム。なら、初回からバントもあり得る。

 警戒をおこたらぬよう、油断なくミットを構えて三球目を要求した。


 アコニスが始動すると、先頭打者はバットを水平に寝かせる。セーフティーバント。

 たとえスイングのタイミングが合わなくても、バットを差し出せば当てることはできる。


(そりゃそうだ……っ)


 予想通り。すぐさまオレは腰を浮かせた。

 寝かせたバットに白球が当たる。相手が駆け出した瞬間、オレも地を這うように疾駆。

 跳ね返った球は浮いてスクイズになった。


(これなら捕れる!)


 ヘッドスライディング。オレは落下する球と地面の間に飛び込んだ。

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