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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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勝者なき決闘

 決闘の後。駆け出して去って行くフレーヌ・アベラールを追いかけるラタトスク寮の面々が居なくなったグラウンドで、私はダグアウトに引き揚げていた。


「…………ッ!」


 鈍い音が響き渡る。悔しさのあまり、壁に拳を打ち付けた。

 気まずい空気が流れるが、今はそれを機に掛ける精神的余裕がない。

 負けた。ハッキリ負けた。


 確かに、実際の試合であれば平凡なショートフライ。

 だが、決闘方法はあくまで十球勝負。その条件で内野を越えたのだから、勝者は間違いなくフレーヌ。異論など、最初からはさむ余地もない。


(最後の一球……)


 完全に読まれていた。スライダーが来る、と。

 いや、そもそも。その前の九球目。カーブの見送り方には充分な余裕があった。

 チャンスはあと二回しかないという、あの場面で。


 解っていたのだ。スライダーを投げる前に緩い球でタイミングを外そうとするのを。

 昼食時。様子を見に来たソレル・アルクフレッシュの言葉が思い出される。


『聞くところによると、フレーヌ・アベラールは捕手らしいわ。配球を読んで来たりするでしょうから、対戦する時は用心した方がいいかも』


 彼女の指摘は正しかった。


「クッ……」


 自分の迂闊うかつさがうらめしい。どこかで、直球狙いという安直な固定観念があった。

 何故、そう考えたのか?

 多分、二回目投げた時にファールして相手が悔し――


「惜しかったですね」


 振り返ると、無邪気に笑う後輩の姿があった。やけに明るい声が心に爪を立てる。

 何でも私にあこがれて入部し、今では進んでバッティングピッチャーを買って出ている。率先して部に貢献してくれる。可愛い後輩。


「たまたま、ですよ。今回は、ちょっと運が悪かっただけですよ。先輩は負けてません!」

「それに、アレはまだ練習中だから……」

「ていうか。ぜったいズルとかしてますよ。アレは」


 それが呼び水となり、励ましの言葉がダグアウトの中に響いた。黄色い声音が心に不快をき立てる。

 チームメイトが口々に発するそれは耳朶じだに絡み付く蜜のようで、甘美ですらあった。


 だからこそ、我慢ならない。慰めの言葉を受け容れようとしている自分自身の弱さが。

 気が付けば、私は最初に慰めの言葉をかけて来た後輩の方を掴んで壁に押し付けていた。


「い、痛い…………」

「貴様、本気でそう言ってるのか……ッ」


 ギリギリと万力のように掴んだ肩に爪を立てた。苦悶くもんに顔を歪ませる後輩の方を無視して力をめ続けていた。今はどうしようもなく自制が利かない。顔が火照っている。下腹部に力が入ってしょうがない。

 何が、偶然だ。何がたまたま、だ。


「そんなもの! 勝負に――」

「そこまでにしておきなさいな」


 間に割って私の言葉を遮ったのは、呆れ顔のセレスティーナ。

 冷ややかな眼差し。それを向けられて冷や水を浴びせられた気になり、昂る怒りが静まっていくのを感じた。


「…………申し訳、ありませんでした」


 気をしずめ、肩を上下させながら謝罪した。


「それはわたくしではなく。その子に、でしょう?」


 たしなめられ、私は後輩に向き直り改めて頭を下げて謝った。

 青ざめた顔には未だ戦慄が走っていたが、それでも許してもらえた。それを見届け、目を伏して安堵した。


「申し訳ございませんでした。ワタシがついていながら……」


 捕手を務めてくれたスリジエが謝罪の言葉を口にする。


「そうやって軽々しく頭を下げるものではありませんわ。それは時として、相手の侮辱にもなり得ますのよ?」


 横目でにらみ付けるセレスティーナ。その剣幕に気圧され、スリジエは「ひっ」と短く悲鳴を上げるだけで謝辞さえ口にできない。


「これは、ラタトスク寮に借りができましたわね」

「借り、ですか……?」


 一瞬、彼女が口にした言葉が理解できなかった。脊髄せきずい反射で発した問いに、先輩は頼もしくも自信たっぷりに首肯しゅこうした。


「ええ。今度の試合では、盛大に雪辱戦と行きましてよ」


 雪辱。もう一度、ヤツと戦う。

 その単語に胸の内から闘志が湧き上がり、拳に力が漲る。


「はい。必ずや」


 次こそは勝つ。そう胸に刻んだ。

 強く、鮮烈に――――。


 〇                              〇


 息も絶え絶えなオレは、バットと五体を投げ出して芝生の上に寝転がる。

 身体は重く、手足に鉛が埋め込まれたかのようだ。

 白銀の空、日も傾き始めた昼下がり。


 決闘が終わった後。全力疾走でラタトスク寮に戻ってからひたすらバットを振り続けた。

 少なくとも、一時間は集中していただろう。喘ぐように呼吸するだけで精一杯だ。


「クソ…………ッ」


 全身から噴き出した汗で服は身体に張り付き、不快でたまらない。

 疲労困憊ひろうこんぱいであるにもかかわらず、火照った五体を羞恥しゅうちの炎が内側から苛む。


 込み上げる悔しさは燃え盛って一向に収まることはなく、しかめた顔は一向に崩れない。

 勝負に勝って、試合に負けた。それがオレの現状だった。


 素直に喜ぶなんて、できる訳がなかった。

 もっとハッキリと、明確な形で勝ちたかった。

 だが、叶わなかった。それだけ実力が伯仲はくちゅうしていた。


(いや、違うな)


 相手の方が、強かった。

 そう思うと更に、胸にくすぶる怒りの炎が燃え盛る。

 不意に、肌寒い春風が横たわる身体を撫でる。吹き付ける風に面食らって思わず目を細めた。


「はあ…………」


 前世の記憶が戻ってから、野球を再開した。

 もう一度、全力で野球をするために。

 日々の練習に手を抜いたつもりはないし、野球に関しては誰にも負けなかった。


 確かに冒険者である立場上、野球にばかりかまけていられるわけでもなかった。

 だからこそ野球の才覚で天狗になどなれる訳も無かったし、ひたすらに特訓を重ねた。

 常にベストを尽くす。そう己に課して来た。そこに偽りはない。

 それでも、届かなかった。


(まさか、打ち取られるなんてな)

 

 こっちの世界では初めての経験だった。

 この世界で自分しか知らない最新の知識を持ち、それを駆使してなお。

 いわゆるチート。そんな物を持っていたにもかかわらず。


(ああ。そうか……)


 自分自身に向けられる怒りの正体が、ようやく分かった。

 ズルをしていたのに、負けた。その不甲斐なさが許せない。

 まさしく無様の極み。


「そりゃあダセぇわ……」


 はは。渇いた笑いが口からこぼれ落ちる。

 それと同時に理解した。ソラニテが、自分をここに呼んだ意味を。

 知識は、使いこなさなくては意味がない。

 教え広めるために、翻訳する必要がある。勇者パルフェの知識を。


「あ…………」


 寮に隣接する野球グラウンドから、時折声が聞こえて来る。

 ミニュイたち野球部員が練習しているのだ。

 こうしちゃいられない。行かなくては。


「っし! 行くか」


 休憩は充分に取った。

 立ち上がってバットを手に取り、意気揚々とオレはグラウンドへ駆け出した。


 〇                            〇


 翌朝。ミニュイたちと食堂に来たオレたちは、ペシェットたちが食事しているテーブルへと足を向けた。


「あ、いた」


 周囲からのいぶかる視線を浴びながら見渡すと、程なくして桃色の三つ編みを見つけた。

 こちらに気付いたらしい彼女は一瞥いちべつした後、何事も無かったかのように料理の皿へ食指を伸ばしていた。


「おはようございます。ペシェット先輩」

「おはよう。用件は何だ?」


 話が早くて助かる。後ろのミニュイに目配せして彼女が頷くと、さっそくオレは話を切り出した。


「はい。昨日、決闘に勝ったんで、今日の放課後にでも何人か部員を融通して欲しいんですけど……」

「悪いが。私に決定権はない」

「はぁ……」


 こちらに視線を向ける事無く断言した。

 どうしたものかと困惑していると、席を立ちこちらに歩み寄る生徒が現れた。

 おかっぱ頭に赤ブチの眼鏡をかけた女生徒。風格からして上級生だと推測した。


「初めまして、フレーヌ・アベラール。ワタシの名前はオネット。ユニコーン寮の野球部部長を務めているわ」


 魔法科の制服姿で背丈はオレの少し上。反らした胸は控えめだった。


「それで。例の人員斡旋の件ってことで良いのかしら?」

「あ、はい。そのために来ました」


 どうやら、ちゃんと約束は守ってくれたみたいだ。話が早くて助かる。


「フフ。なかなか楽しそうな会話をしているわね?」

「は?」


 近付いてくる声に振り返ると、そこには金髪碧眼の森人エルフ。平均して身長の高い彼らの例に漏れず、背丈はアコニスやペシェットよりも上背うわぜいがあった。

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