右投げのクロスファイヤー
校内に横たわる格差にオレが憮然としていると、少し慌てた様子でミニュイが捲し立てる。
「あ、でもね。事前に申請すれば、校舎の方のブルペンも使えるようになるから」
なるほど。それなら一応、公平だ。
歩いて来た連絡通路の先。扉の前にはセレスティーナが待ち構えており、恭しく一礼をした。
「お待ちしておりましたわ」
彼女もユニフォームを着用しており、デザインはラタトスク寮とは違う。
純白のシャツブラウスはパフスリーブ、ミニ丈のスカートは赤と黒のチェック。それらを飾り立てる、ひらひらとした白いレース地のフリルが可愛らしい。
「今日の決闘に際し、わたくしが直々に案内して差し上げますわ」
得意げに豪奢なプラチナブロンドを掻き上げる。
「はい。よろしくお願いいたします」
恭しく礼を尽くすミニュイ。
その様子に満足そうな顔で頷き、踵を返したセレスティーナは扉の前で密やかに開錠鍵語を口にする。
「それでは、ご案内致しますわ」
扉をくぐる彼女の後に続くオレたち。
入寮すると誰もが一旦立ち止まり、物珍しそうにこちらに視線を向けて来た。
ユニコーン寮はとにかく広い。厄介になっていたソラニテの屋敷やラタトスク寮を基準に考えていたから思わず面食らった。
途中、好奇の視線に晒されたり遠巻きから聞き取れない囁き声が漏れ聞こえていたが無視した。
中庭にある専用グラウンドはちょっとした野球場くらいには設備が充実していた。
それを目の当たりにした途端、設備の使用権も賭けるべきだったかなと愚考した。
「来たか」
ミットに快音を響かせて投球練習をしていたペシェットが背筋を伸ばしてこちらを睥睨して来る。
「フレーヌちゃん」
声の方を振り返れば、こやかに微笑を湛えるコライユ。
「今日はよろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします」
ひらひらと手を振る彼女に、オレは礼を尽くしてお辞儀した。
頭を上げると陰が降って来た。見上げると、マウンドを飛び立ち純白の双翼を広げたペシェットがゆっくりと高度を下げ、コライユの元へと降臨した。
「はい。それじゃあ、今から決闘を始めます」
決闘を取り仕切る機関の長を挟んで、二人が対峙する。
「決闘に際し、宣誓をお願いします」
始めるに当たっての作法は協議の際、既に通達されていた。言葉を紡ぐ前に、自らの胸に手を当てる。それは、自らの本心であることを示すための態度。
「我、ペシェット・デュボアは定められた法理と秩序に則り、心身を律して決闘に臨み、降りかかる天運と自らの信念に殉ずる者なり」
「我、フレーヌ・アベラールは定められた法理と秩序に則り、心身を律して決闘に臨み、降りかかる天運と自らの信念に殉ずる者なり」
コライユの立ち合いの元、二人の声だけが朗々《ろうろう》と響いた。
「はい。ここに決闘の開始が承認されました」
開始宣言が出されると、オレは踵を返してバットを取りに行く。
「頑張ってください」
「おう」
手渡してくれたピティエに頷き返した。
「気を付けて」
「勝って来なさい」
「がんばれ~♪」
チームメイトたちが声援を送ってくれた。おう、と拳を突き出して応じる。
その場を後にしようとした際、初めてアコニスが口を開く。振り向くと、恥ずかしそうに瞳を伏せながら片肘を抱えていた。
「? どうした?」
何か、言いかけたのだろうか。オレが首を傾げていると、キッと睨んで来た。
「わ、私に勝ったんだからっ ほかのザコに負けるなんて、ぜったい許さない!」
「フッ わかった」
顔を真っ赤にしてオレを指差す姿があまりにもいじらしくて失笑してしまい、いまいちカッコつかなかった。
「~~~~っ」
スカートの裾を握り締め、紅潮し全力で羞恥に打ち震えている様子は本当に可愛らしい。
お陰でオレは、決闘に際しなんの気負いもなく挑むことができた。
「プレイボール!」
審判の号令が掛かり、いよいよ勝負が始まる。満を持してオレはバットを構える。
観衆がざわつくのを感じた。それはそうだろう。オレみたいに片手一本での構えなんて、普通はやらない。
(こっから更に度肝抜いてやるぜ)
内心ほくそ笑みながら、対峙する投手を観察する。特に動揺は見られない。まるで、事前に知っていたような落ち着きの払い方だ。
(まあ、良い……)
そこは問題の本質じゃない。ワインドアップから投球動作に入るペシェット。
何か違和感を覚えると思ったら、プレートの向かって右端に軸足を置いていた。
(まさか――)
インステップ。踏み出した足を内側に入れ込み上体で壁を作り、リリースポイントを左打席から隠す。上体の旋回の際、一瞬だけ相手の時が止まったかのような錯覚を感じた。
打者のタイミングを狂わす、絶妙な溜め。直後、球が白線を曳いて強襲して来る。
直進する豪速球は、急角度でオレの内角に斬り込んで来た。
(なろっ――)
釣り球のような内角高め。爪先を突き立てて地面を噛み、後方に体を捌きながらバットを抜刀。底面を掠めることもできず、球は轟音を響かせてミットに収まった。
(チィッ――)
差し込まれながらも腰の旋回でバットを振り抜くも、結果は空振り。残り九球。
「対左打者の、クロスファイヤー……」
目から鱗だった。この発想は勇者パルフェの本にもなかった。
そして、球速はアコニスの直球と同程度。つまりは百五十キロ。
多少は目が慣れていたにもかかわらず、厳しいコースに失態を演じてしまった。
「面白ぇ……ッ」
思わずため息が漏れ、武者震いが込み上げる。
「ッシャ! 来い!」
漲る気合でバットを握り締め、オレは二球目を待った。強敵を前に血が滾り、自然と口角が吊り上がる。胸が高鳴って仕方ない。
「フン」
捕手から返球を受けたペシェットが興味無さそうに鼻を鳴らすと、球を握り込んでセットポジション。第二球目。
球が指先から離れた瞬間。ふわっと浮き上がったかと思うと、大きく山なりの軌道を描く緩い球。
(カーブ――)
軌道からして狙いは外角低め。躊躇うことなく踏み込んだオレは低空から高速抜刀。
バットが球とかち合う。しかし、芯から外れた。打球はそのまま後方へ流れるように多き逸れた。ファール。残り八球。
続いての三球目。外角寄りの高めから内角中段に向かってスライダーが斬り込んで来る。
(くっ――――)
差し込まれて変化量について行けず、バットは空を切る。残り七球。
ここまでは直球、カーブ、スライダー。後の変化球は確か、
(ツーシーム。それからカットボール、か……)
カーブ系の変化球が得意らしい。シュート系が得意なピティエとは文字通り対照的だ。
四球目。マウンド上の彼女は勢いづくでもなく、かといって興奮する様子もなく、淡々と投げ込む。放られた球はスライダーよりも速く、直球に近い速度で風を唸らせる。
一瞬、ツーシームが頭を過ぎったが判別する術はない。軌道は枠の中心より内角寄り。甘いコースだとしても油断なく、右足を大きく開きながらバットを走らせる。だが――
(やられた――――!)
オレは驚愕に目を剥きながら球の軌道を目で追った。打席手前で真ん中から更に懐へと弧を描いて斬り込んで来る。カットボール。
軌道の変化を織り交ぜた内角ギリギリを攻めるクロスファイヤー。
差し込まれながらも前回の反省を活かし、瞬時に腰を落として左手で引手をしながら加速。右手を外に引いてヘッドを宛がう。辛うじて触れた。ただし、バットの根元。芯で捉え損なった。
「……ッ」
奥歯を噛み締めながら手指を握り込んで手首を返す。結果はピッチャーゴロ。内野の頭を越えていないのでヒットとは見做されず、決着は未だ付かない。
「エグイなこりゃ……」
そんな感想がオレの口から零れる。これが内角ギリギリからストライクゾーンの外へ逃げていく軌道だったなら、容易く凡打の山を築けるだろう。
球数制限が十五球なんて、全球ストライクに入れるようなものだ。これではハンデをもらっているに等しい。
(オレだったら、球数制限は二十にするだろうな……)
勝負を急がず、三打席勝負と割り切った方がプレッシャーは少ない。
にしても、
「いやー。さすが、ユニコーン寮のエース様だぜ」
オレは鴇色の髪と羽毛を持つ有翼人の捕手を一瞥して軽口を叩く。
「当然です」
落ち着きの払った声に、つられてチラ見した。胸を張ってミットを構える姿はどこか誇らしげだった。




