感謝の言葉
結論から言うと、ヴェニュスの後始末に大分労力を費やしたらしい。
当のヴェニュスだが、致命傷を負ったので医務室へと直行した。治療はアルジャンが既に完了させていたが、
『腸の内容物が少しでも体内に漏れていると、腹膜炎になって死亡することもあるからな』
あくまで念のため。オイレウスに抱きかかえられて養護教諭が詰めていた野球場の医務室へと向かった。
彼女が不在の際、同伴していたアルジャンが去り際に事の仔細を説明した。
そのため、後の雑務はニュアージュを始めとしたラタトスク寮生や三峰機関の人間が主体的にこなしたとの事。
中でも一番面倒だったのは、死体の処理。全員の頭部はヴェニュスが爆砕して跡形も無くなってはいたが、恐らくは生徒だろうとの見方が強かった。
実際、ヴェニュスに致命傷を負わせたカルドスは間違いなく武芸科の生徒だった。
誘拐事件で死者が出た。それがオレにとっては衝撃だった。
因みに犯行グループからの声明は未だになく、言質を取る前に殺害しているので目的も判別していない。
ただ、ヴェニュスに致命傷を負わせた点からも殺害を目的としていたことは明白。
あくまでも標的はヴェニュスで、彼女を抹殺するための計画的な犯行。アコニスの誘拐はその計画の一部分に過ぎない。
それが、検分をした教師陣と三峰機関の下した最終的な決定だった。
「なんか、意外と大事になってんだな……」
頭での理解が追い付いてないオレは、それしか言葉が出なかった。
「本当だよ。まったく……」
胡乱な眼差しを浮かべて嘆息するニュアージュ。口に出さないだけで、色々と苦労させられたのだと判った。ご愁傷様です。
(それにしても――)
常に微睡んで温厚なヴェニュスがキレ散らかした時は、敵を殲滅するためには手段を選ばない。それがよく分かった。
そして手を下すのに躊躇わない辺り、過去に何度もこのテの荒事には遭遇して慣れているであろうことは想像に難くない。
彼女は彼女で波瀾万丈な半生を送って来たようだ。
そう考えると、少しだけ同情を禁じ得ない。
アコニスとの仲睦まじい姉妹のような一時は、彼女にとってそれだけ得難いものなのかもしれない。
(とりあえず、ヴェニュスだけは絶対に怒らせないようにしよう)
ニュアージュの時でさえ怖かったし。心にそう決めた。
「まあ、ボクのことはいいよ。で、君は? 勝ったのに気持ちが浮かないようだけど?」
「ああ――」
別に隠すことでもないので、芝生に座り直したオレは今日の試合について話した。
幻術のVR体験のお陰でペシェットの投球動作において最大の特徴、静止と見紛う上体の溜めの幻惑に引っかからないで済んだ。
加えて、幻術でスライダー対策を万全にしたからこそ、相手バッテリーはそれを囮にボール球を振らせようと画策して来た。勿論、それにはこちらも対抗して待球で球数を放らせることに成功した。
「いやぁ、まさかここまで役に立つとは思ってなかったわ。本当に、ありがとうございました!」
オレは居住まいを正すと、頭を深々と下げた。出した結論がソレだったので、今さら躊躇いもクソもなかった。
実際、ニュアージュの協力は今回の試合では必要不可欠だった。
毎日、十分、幻術でペシェットのスライダー百球をVR体験したからこそ、ウチの貧弱打線でも対抗できた。
まさに幻術様様だった。
だからこそ、一本のヒットも打てなかったのが悔やまれる。その辺についても、次いでだから話しておいた。次は必ず打つ。それも合わせて表明した。
聞き終えたニュアージュは、すぐには言葉を発さない。
数分の沈黙が続いた後、おもむろに口を開いた。
「まあ、なんにせよ。ボクの幻術が役に立ってよかったよ。ま、当然だけどねっ」
得意げな顔で、勝ち誇るように胸を張る。
「ああ。そうだな……」
本当に素晴らしい技量だった。あのヴェニュスが目を掛けるのも理解できるほどの。
夜風が、音を立て唐突に駆けていった。
「っくし!」
汗で張り付いた服が冷やされ、オレは堪らずくしゃみをした。
「ったく、そんな格好じゃ風邪ひくだろ」
悪態を吐きながら彼は法衣を貸してくれる。ある種の男臭さみたいなものが鼻先を掠めた。
ニュアージュに促されるまま自室の前まで辿り着くと、
「何してるの?」
振り返ると、そこにはミニュイが居た。
この状況、どう説明したものか。オレが逡巡していると、獣人の少年は法衣を剥ぎ取り、無言で去っていった。
とりあえず、自室に戻って寝間着に着替えてからオレはありのままを話した。
どっかの恋愛脳な女子とは違い、素直に信じてくれて助かった。安堵の溜息を漏らすと、
「ねえ? せっかくだから、少しお話ししない?」
微笑みを湛えたミニュイの提案。そこまで眠くも無いのでオレは快諾。
シーツに包まりながら、彼女が話を切り出すのに耳を傾けた。
「私、フレーヌさんにはずっと感謝してるの」
「感謝、ですか?」
いまいちピンと来なくて、思わず聞き返す。オレの疑問に対し、彼女は首を縦に振った。
「フレーヌさんが、変えてくれたんだよ」
ラタトスク寮野球部というチームを。
ミニュイは訥々《とつとつ》と説明し始める。
物語はオレの入部から始まる。
ペシェットとの決闘に勝ったオレが入部し、投手であるアコニスとピティエを紹介することで、皆が呆気にとられた。
ユニコーン寮を始めとした各寮のエースに勝るとも劣らない逸材。
そして、そんな彼女たちが活躍することで初めて対外試合に勝利した。
喜びを分かち合った祝勝会。
校内リーグの対戦表が告示され、ラタトスク寮野球部はユニコーン寮野球部への対策に乗り出した。
幻術まで駆使する徹底的な対策ぶりに少しずつ、皆の意識が変わっていった。
ただ楽しむだけが目的だった野球が、仲間と共に勝利へ向かって努力するものに。
そして今日。記念すべき公式戦で初の白星を獲得した。
文字通り、全員で一丸となって。
「――――それが、私にはこれ以上ないくらいに嬉しいの……」
しみじみと話すミニュイ。
それもこれも、全ては――――なんて言われると、さすがに背中がむず痒くて居た堪れない。頬の熱も高まるのを感じる。
「オレは別に何も……」
そんなありきたりな言葉しか出て来ない。
「ううん、そんなことない。フレーヌさんが――」
「キャプテンのお陰ですよ」
全部、アナタが居たから。オレは彼女の言葉を遮った。
「え――――?」
狐につままれた顔のミニュイ。褒められ過ぎて心苦しいオレは、ここで立て板を流れる水が如く一気にまくしたてる。
何事も、始まりが肝心。物事を一から始めるのには労力が掛かり、膨大なエネルギー消費を伴う。
野球に興味がない人間を誘い、興味を引き出して楽しみに気付かせるのはとても難しい。
それは、冒険者稼業の中で実際に何人か野球に誘ったことがあるオレだからこそ分かる。
中々できることではない。しかも、それを失意の中から始めたというのだから、その困難な道程における苦労は計り知れない。
途中で挫折していたとしてもおかしくないことを、ミニュイはやってのけた。
その前提があるからこそ、オレの専門的な知識と二枚看板の投手が活躍できた。
「だから、キャプテン。アナタはもっと、自分を誇ってもいいと思いますよ?」
失意の中にあっても腐らず、目の前のすべきことをこなし続ける。
それは前世では終ぞ、成し遂げられなかった事だから。
大変さは身をもって知っているからこそ、オレはミニュイに賛辞を送った。
「キャプテンはスゴいです。それはオレが保証します」
この人の下でなら、頑張れる。皆がそう思えるような女性だから。
オレに感謝するよりも、自分への信頼で胸を張っていてほしかった。
「……うん。わかった」
ありがとう。頬を上気させた微笑みはとても穏やかで、見ていて気持ちが安らいだ。
「フレーヌさんと話せてよかった……」
「オレもです」
ありがとうございました。オレも笑みを返した。
お休みなさい。互いに挨拶を交わしてからミニュイを見送り、満ち足りた気持ちでオレは床に就いた。




