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TS球児は甲子園の夢を見る  作者: 三津朔夜


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夜風に吹かれて

 球を鷲掴わしづかみにし、中指を浮かせて握る。手首は返さずロックしたまま、投げたい方向へ人差し指を突き刺すようなイメージで投げる。


 そうすると、直球より僅かに劣る速度を維持したまま打者の手前で曲がりながら落ちる。

 ただ、チェンジアップも人によって変化の仕方や速度に個人差が出るので、ピティエが同じ握りで投げたとしても、同様の変化をするかどうかは分からない。


「それ、いつの間に練習してたの?」

「いや? ぶっつけ本番ですよ?」

「え――――?」


 珍しくソレルが目を丸くする。まあ、普通はそういう反応だろうな。


「ちょっと待って。もし、仮に思った通りの変化をしなかったら、アナタはどうするつもりだったの?」


 どうするも何も……


「う~ん。別に三振が取れれば何でもよかったんで、変化についてはそこまで深く考えなかったっていうか……」


 もし、相手が空振りしたとしても、止める自信はあったので気にしていなかった。

 オレは自分のキャッチングに絶対の自信を持っている。何しろ前世から捕手一筋で、何十万球と捕って来た自負が、オレにはあった。


「あははははははははははは!」


 ソレルが噴き出したかと思うと盛大に笑い出した。

 どうやら、教えたばかりの変化球をぶっつけ本番で投げさせたのがツボに入ったらしい。


「フフフッ なるほど。それじゃあ、セレスティーナが打ち取られるのも、無理ないわよねぇ――――フフッ」


 笑い過ぎて涙がにじんで来たのか、まぶたを閉じた目元を指先で拭う。


「なにをそんなに笑ってるのよ?」


 剣呑けんのんな視線で見咎みとがめるのはミカ。ソレルの爆笑にあまり良い感情は持っていなさそうだ。


「その、ぶっつけ本番で新しい変化球を投げるというのは、そんなに珍しいことなのか?」


 素人のヴェニュスが疑問を持つのも無理はない。


「普通はやりませんよ。はっきり言って、博打ばくちですからね」

「博打?」


 そう、博打ばくちだ。

 教えた通りに投げたからといって、説明したような変化を見せるとは限らない。

 だからこそ投手は、長い時間をかけて練習を積み重ね確実性や再現性を高め、自身の武器へと鍛え上げる。


「じゃあ、勝てたのはマグレってこと?」

「う~ん。それもちょっと違うんだよなぁ……」


 リュクセラの指摘に対してはやんわりと否定しておく。アコニスも余りいい顔をしてなかった。

 オレの中では勝算があったのも事実。


 皆にわかりやすい説明をするため、アコニスのピッチングにおけるスイングを真似してみせる。


「アコニスの腕の振り方だと、強めのシュート回転が掛かるのは、ツーシームを投げさせた時に分かっていたからな」


 だからこそ、手首をロックして球のバックスピンを抑えればシュートしながら落ちる変化球になると睨んだ。

 そして、オレは賭けに勝った。


「やっぱり、フレーヌさまは素晴らしいのです♪」

「おわっ」


 ピティエに後ろから抱き付かれてオレはびっくりして目を白黒させた。


「打席じゃ良いトコ、一つもなかったけどね?」

「うぐっ⁉」


 いきなり降って湧いたラシーヌが辛辣しんらつだ。


「その点、ぼくは大活躍だったわけだけど」


 珍しく得意げな顔を浮かべ胸を反らす。

 彼女の発言は否定しようがない。実際、自身の俊足を活かして先取点を稼いでくれたお陰でピティエが投げやすかったのは間違いない。


「そうですね。正直、とても投げやすかったです」


 相好そうごうを崩すピティエ。やはり、彼女はプレッシャーのかかる場面での投球があまり得意ではないようだ。


(こればっかりはなぁ……)


 試合で実戦経験を積むしかない。アコニスの強心臓は一朝一夕のものではないのだ。

 そうやって考えると、ピティエとアコニスは互いを補完し合う関係と言えるのかも。


「ちょっと。活躍なら、アタシだってしたわよ」


 最後のダイビングキャッチとか。


「その前に、フライで凡ミスしたのは誰だっけ?」

「ぐっ……」


 ラシーヌの指摘にミカは言葉に詰まる。


「そもそもミカのダイビングキャッチは、アタシの好判断があっての事よ」

「ああ。確かにそうだな」


 リュクセラの発言を受け、ブリュムが頷く。

 実際、あのフライはブリュムの方が確実に捕れたとオレは思っていた。


「ミカはさ、取り返したかったんだもんね?」


 自分のミスを、自分のプレーで。


「別に……」


 ミニュイの台詞にそっぽを向く。その頬がほんのりと朱に染まっているのは、酒精アルコールだけのせいではないだろう。


「照れてる」

「るっさいっ 照れてないわよ!」


 いきり立つミカが手にしたジョッキを一気にあおった。


「ツンデレ」

「ツンデレ言うなっ!」


 ラシーヌに対してミカが顔を赤くして吠えると、ドッと笑いに包まれた。

 そうして、勝利の酒宴は賑やかに過ぎていく。


 〇                               〇


 艶冶えんやな三日月が優しく照らす夜。

 オレはバット片手に素振りを繰り返していた。


「……、ふっ……ッ」


 静寂に包まれた淡い月明かりの中、鋭い風切り音を響かせる。

 祝勝会で酒精に耽らなかったのは、一人静かに集中して素振りをするため。

 ただ漫然と振るでもなく、正しいスイングを刷り込むためでもなく。


 今日のペシェットの投球を思い起こし、仮想した球を悉く真芯に捉えて闇夜に飛ばす。

 クロスファイヤー、スライダー、カーブ、スプリット。シュートもツーシームも、カットボールでさえも。ひたすらに柵越えのバッティングを連発した。


 何度も、何度も。

 次相対する時のために。負けのイメージを、少しでも払拭しておくために。

 次は確実に打てるよう、何度も何度もイメージの塗り重ねを繰り返す。


 汗を拭う間も惜しんで一心不乱にバットを振り抜き、見えない打球を飛ばし続けた。


「あっ」


 不意に足がもつれ、踏ん張ろうとしても上手くいかなくて。芝生しばふの上に身体を投げ出した。


「ぶはっ」


 なけなしの力を振り絞って仰向あおむけに寝転がる。

 汗にまみれ火照った頬を、涼しげな夜風が撫でていく。


『打席じゃ良いトコ、一つもなかったけどね?』


 彼女も悪気があっての事ではないだろう。それでも――


(悔しいな……)


 月の艶姿えんしを眺めながらも、沸々と込み上げて来る。

 たったの一本でさえ、ヒットが打てなかったことが。

 あれだけ必死に練習して来たのに。対策も万全を期した。それなのに――


 想定以上の能力を出されては、対処のしようがなかった。

 はっきり言って、決闘の時よりも悔しい。

 オレは鉛のように重い腕で目元を隠す。


「クソ…………ッ」


 どうして――


「君ってさ、バカなの?」


 夜のとばりから声が降って来た。

 腕をどかすと、そこに居たのは獣人の少年ニュアージュ。制服の法衣ローブを纏っていた。


「どうした? こんな夜中に」


 特に魔力も感じなかったから、魔法の鍛錬とかではなさそうだ。だとすると、こんな時間に出歩く理由が分からない。

 勿論、自主練に励むオレは別だ。


「どうしたって。それはこっちの台詞だよ」

「? 見ての通り、自主練なんだが?」


 怪訝けげんな顔で正直に答えても、彼は呆れるばかり。何が言いたいのか、まるで要領を得ない。

 やがて、やれやれといった様子で隣に座り出した。オレは一回転して距離を空け、頬杖を突き寝そべりながら彼の顔に視線を向けた。


「…………なんだよ?」

「まあ、気にするな」


 空いた間隙をじっと見つめてから問い掛けて来るニュアージュを適当に流す。

 それから特に会話をするでもなく、沈黙だけが流れていた。

 帰ろうかと考え始めた時、おもむろにニュアージュが口を開く。


「そういえば、勝ったんだったね」


 試合。ニュアージュは視線の一つも寄越さず、虚空を見詰めながら呟いた。


「そういやお前、今日何してたんだっけ?」

捜索そうさくに駆り出されたんだろうが⁉ どっかのバカが誘拐ゆうかいされたおかげで!」


 ああ。そういえば、そんなこともあったな。ヴェニュスたちと観戦に来たと思ったら、ピティエが紙切れを手渡して――


「いやー悪い。試合のことで頭が一杯だったわ」

「まったく……」


 とにかく、誘拐ゆうかいされていたアコニスが無事で何よりだった。


「それで? アコニスが保護された後は、どんな感じだったんだ?」

「ああ――――」


 オレからの疑問を受けて、ニュアージュが語り出す。

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