校内リーグ初戦を終えて
九回裏の攻防が始まる前にヴィットリアが面白味のない発言を口にしていたが、結果としてその通りになった。
最後まで、とても見応えのある試合だった。少なくとも、私はそう思ってる。
特大ファールをした直後にツーシームを打ち損じて凡退するのは、どうしたって考えにくい。初見の変化球に対処できなかったと見るのが妥当だろう。
「最後にアコニスが投げた球種、アナタは何か判った?」
私はギャルに質問を差し向ける。捕手としての能力を見込まれ奨学生になったのだ、豊富な知識から、特定できるかもしれない。そう考えたが、どうにも反応が芳しくない。
むしろ――
「パルフェの本を読んだソレっちの方が、何か知ってるってことない?」
私はその問いに首を振る。私が教えてもらったのは、あくまでもジャイロボールに関する事柄だけ。
そもそも、分厚い上下巻からなる勇者パルフェの本に記されている知識は膨大だ。
一朝一夕で読破なんてできないし、翻訳となればなおさら。
足りない知識で考えるよりは、本人から聞いた方が早いだろう。
「ホントに見なくて良かったんですかね? あの人……」
「大丈夫。絶対、楽しみが増えたくらいにしか思わないから」
バッテリーの話を受けてシャルラのルージュに対する懸念にはヴィットリアが淡々と答えた。
試合を観戦して、私には大きな収穫が一つあった。
「おかげで判っちゃった。フレーヌの弱点が♪」
「え? ウッソ、マジ? それヤバくない?」
その通り。彼女の弱点は、私との相性で言えば最悪と言ってもいい。
「それは打者として? それとも、バッテリーとして?」
もちろん、どちらの意味でも。
「フフフ♪ 試合が楽しみね」
本当に、今から待ち遠しくて仕方ない。
〇 〇
波乱の幕開けだった校内リーグ初戦を勝利で終えたオレたちは、昨日の酒場で二度目の祝勝会で大いに盛り上がっていた。
「今日は飲むぞ! 今回の一件に関しては、最大の功労者と言っても過言では無いからな!絶対飲み明かしてやるッ!」
何故かテンションの高いアルジャンが杯を高々と掲げ、一気に呷る。その後で盛大な吐息と共にジョッキが卓上に叩き付けられる。
これでもう、五回目だ。本人の弁が真実なら、余程事件解決に奔走したのであろう。少々、声高にアピールし過ぎなきらいもあるが。
「まったく。恩着せがましわよ」
「ああ。まったくだ」
リュクセラやブリュム以外にも、彼の不遜な態度をたしなめる言葉が飛び交う。
「やかましい! しょうがないだろ? そこに居るバカのせいで、おれは死にかけたんだよ。つうか、おれじゃなかったら死んでたし、マジで生きた心地がしなかったぜ……」
アルジャンから指を差されるヴェニュス。しかし、当の彼女はどこ吹く風でアコニスの隣に座って一緒に粉噴き芋をパクついていた。
蒸かしたジャガイモに刻んだパセリをまぶし、程よい塩気とホクホクの食感がたまらない。
パセリの香ばしさとバターがジャガイモ本来の味を引き立て、ほろほろと崩れる舌触りが軽やかでエンドレスに食べ続けられる。
「うむ。本当に美味しいのぅ、アコニス」
「うん……」
これがアコニスの好きな料理だった。試合後のクールダウンの時にオレが聞き出し、祝勝会で一緒に摘まもうと提案した。
もっとも彼女の場合、パセリやバターが付いたものは初めてらしいが。
アコニスの想いでの味は、シンプルに塩味のみ。質素な生活だったせいもあった。
『おかあさんが元気だった頃に、よく食べていたから……』
母親との思い出は彼女にとって本当に宝物のように感じているのだと、横顔に宿る穏やかな微笑みを見て強く感じた。
「美味いか? のぅ、アコニス」
「うん。これはこれで、なかなか……」
頬を上気させたホクホク顔のアコニスが、ヴェニュスに微笑む。その様子に満足そうな笑みで目を細める金髪の竜人は、可愛い妹分しか目に入っていないようだった。
いくら喚こうがアルジャンの事は完全に無視していた。
アコニス救出劇に関してはヴェニュスや当の本人が全く話題にしないので、オレから尋ねるのは気が引けた。今は勝利の美酒に酔いしれるのが最善に思える。
「はい、フレーヌさま、あ~ん♪」
「えぇ……」
一口大の粉噴きイモを差し出してくるのは、オレの隣が定位置のピティエ。
頬を上気させ、ご満悦の様子。世話を焼くのが嬉しくて堪らないと、顔に書いてあるのが見えるようだ。
(しょうがねぇなぁ……)
オレは心底呆れて嘆息する。
普通に考えれば今日の試合、ピティエの力投が勝利に大きく貢献したのは議論を待たない。オレが配球でリードしたとはいえ、それは彼女の制球力があっての事。
だからオレは、労いの意味も込めて彼女の望むままに行動しよう。次の試合でも活躍してもらうために。
「あ~ん」
もきゅもきゅと差し出されたホクホクのジャガイモを咀嚼した。せがんで来るのが解っていたので、オレも一口スプーンで掬って彼女の口元に運ぶ。
「はい、あ~ん」
屈託のない、とても良い笑顔でパクつくピティエ。
「~♪ フレーヌさま、とっても美味しいですね♪」
「ああ。そうだな……」
相槌を打っていると、リュクセラたちがからかって来た。
「アンタらってマウンド上だけでなく、こんな所でもイチャついてるのね?」
「お熱いですなあ♪」
「ちっげぇよ⁉」
誰がマウンド上でイチャつくかよ。
「はい。フレーヌさまはとてもお優しいお方なので……」
「お前も否定しろ! つか、なんでそんなに顔が赤いんだよっ⁉」
桜色に染めた頬を支えるピティエにオレが全力でツッコミを入れると、爆笑の渦に包まれた。何故だ?
「そういえば……」
笑いが止んで静かになると、思い出したように呟いたのはアコニス。何故か彼女はオレの方を見た。
「フレーヌの好きな食べ物って、なに?」
「ん?」
アコニスがオレの好きな食べ物について尋ねて来た。
彼女が他人に関心を抱くところを、初めて目にしたかもしれない。
オレの好きな食べ物。それは――
「それは勿論、クリームシチューです!」
おい、ピティエ。なぜお前が答えるのか。
「そうなの?」
「うん。そうだよ……」
なんか、横取りされたみたいで納得いかねー。
「理由を、聞いても?」
「ああ――」
ぶっちゃけ、前世の頃から好きなんだよな。鶏肉や牛乳が入っていてタンパク質マシマシだし。
そういや、原本にはPFC比にも言及されてたっけ。こっちの世界で栄養学がどの程度普及してるか知らんけど。
「まあ、そうだな。栄養満点ってのが大きいな」
味自体も好きだけど。
「なるほど。それでそのわがままボディなのね?」
「けしからんですな」
「うるせえよ」
ことあるごとにリュクセラとミカが絡んで来る。
「そう。他には?」
「他には、ねぇ……こっち来る前に、おばあちゃんと一緒に食べたな」
思い出深い話と言えば、そのくらいだ。
「どんな人なの?」
「そうだな……」
入寮の日に話したであろうことを中心に、祖母の人となりを教えてやった。祖母と一緒に野球をやったことも含めて。それを微笑ましそうな眼差しで聞いていたのが印象的だった。
「それで? セレスティーナに投げた最後の変化球は何だったのかしら?」
振り返ると、ジョッキを片手に微笑むソレルが好奇の目を輝かせて聞いて来た。
「ちょっと、なんで他寮のヤツがこの場にいるのよ⁉」
ミカからツッコミが入る。まあ、当然ではある。
「まあまあ、こういう席は大勢で盛り上がるのが良いじゃない♪」
初勝利おめでとう。ラタトスク寮の勝利を言祝ぐソレルがジョッキを差し出してきたので、共に杯を鳴らし合う。
「どうする?」
とりあえず、投げた本人に話を振った。オレはアコニスが教えて欲しくないといえば、それに従うつもりだ。
「うん。まかせる」
「私も、それが良いと思います」
ピティエと頷き合い、判断をオレに委ねて来た。
別に隠すものでもないので、教えてやることにした。
「アレは高速チェンジアップですよ」
「チェンジアップ?」
意外な答えに目を丸くしたソレル。




