最後のアウトは
次は外角を低めに外すボール球。
開き気味のステップ。剛速球がベース手前で跳ねた。
「…………ッ」
白球がプロテクターにめり込む。少し痛いが、痛いだけだ。骨が折れる程の衝撃じゃない。アコニスを不安がらせないためにも、オレはマスクを脱いでニカッと笑ってみせる。
「よし、その調子だアコニス。思いっ切り投げ込め!」
ノーアウト一塁、バント警戒。呪文のように繰り返すそれが守備を活気づかせる。
そろそろストライクが欲しい。そこでツーシームを要求。少し驚いたものの、素直に頷いてくれて何より。
外角低めにツーシームが決まる。二球目も見送った。何とかフルカウントに漕ぎ着けた。
スリーバントが成功するも予定通り。これで六球を投げられたから、残り九球。
次に俺はボールとストライクを交互に投げるよう、アコニスに指示。その結果、相手は慎重にならざるを得ず、フルカウントからのバントで進塁。これで十二球。そして満塁。
後二点までなら許容範囲。同点なら次はオレからの好打順だし、球速も無い相手からならホームランも十分狙える。
次は八番打者のベレニス。最初は高目に外す直球。
可動限界まで全身を巻き込むトルネード投法。腰を沈ませるゆったりとした動作から一転、急激な踏み込みと体幹の倒れ込み。そして隠匿と加速の極致に達した腕のスイング。
それらが一挙に解放され、風を斬り裂く白球がミットの中で爆ぜる。響く轟音。
「ストライク!」
「しまっ――」
ベレニスはバットを引っ込めるのを忘れていたようだ。
だが、無理もない。アコニスの全力投球を体感するのは、今日が初めてなのだから。
「よしっ ナイスボール! アコニス、この調子でいくぞ!」
「うん!」
漸く彼女本来の球速、百五十キロ台が出るようになった。アコニスの完全復活だ。
バントで走らされたせいで予定より早まった。もっとも、それは最初からオレの計算ずくだったが。こうなることを予測して、オレは丁寧に投げさせた。
(とにかく、これでもう易々とバントはできないだろ)
ここでオレはクロスファイヤーのサインを出す。少し高めに投げさせれば、球がより速く感じられてバットを出しにくくなるはずだ。
予想通り、相手はバントができずストライク。三球目の直球は少し逸れたが問題ない。
これで追い込んだ。
最後はツーシーム。インコースから真ん中へ逸れていく球に追随できず、ベレニスはバント失敗。待望のワンナウト。ナイスボール!
続くデボラも同様の結果となり、最後の最後で打席に立つのはセレスティーナ。
「ハイ、ツーアウト満塁! 引き続き前進守備で、フォースプレイもあります!」
撃たれれば負け。アウトを取ればこちらの勝ち。
まったく、わかりやすい構図になったものだ。
「…………」
静かに打席へ降り立つセレスティーナ。最初の頃の賑やかさが鳴りを潜め、不穏さを感じさせる。
三球勝負で短期決戦。初球からフルスロットルで直球のクロスファイヤー。
大丈夫。初見のピティエでも打ち取れ――
「ファール!」
三塁側の観客席に打球が入った。オレは皮膚が粟立つのを感じた。
(ざけんな! なんで、初見のクロスファイヤーにスイングが合わせられんだよっ⁉)
マスクの下で戦慄する。しかし、今はアコニスの心配だ。
「ハイ、ナイスボール! テンション上げてこうぜ!」
返球の際、力強い笑みを見せて不安の払拭に努める。
二球目はツーシーム。目を慣れさせる時間は与えない。
これもファール。冷や汗が頬を伝う。だが、たった二球で追い込んだ。そう考えることにする。
ただ問題なのは、どちらもフルスイングだという事。
全力のフルスイングは厄介だ。巻き起こる風圧はバッテリーに恐怖を植え付け、ヒットを強く予感させるから。
このまま行けばいつまでもファールで粘られ、やがてはヒットにされる。
実際にツーシームと直球を立て続けにファールにされた。
次は打たれる。嫌な予感で身の毛がよだつ。
オレは初めて、ミットを構えるのを躊躇った。
(クッソ。これはもう手詰まり――――ん?)
オレが配球について思考を巡らせていると、マウンドの上からアコニスが手招きをしていた。タイムを取って足早に駆け寄った。
「そういえば、練習試合で秘策が三つあるって言ってたけど……」
あの時の秘策の三つ目は何かと尋ねて来た。
(ふむ――――)
あの時は確か、スプリットを教えようかと思っていた。
だが、それは既にペシェットが披露していたし、セレスティーナも打席に立ってある程度は見慣れているだろう。
だったら――
「おう、アレな。ちょっと耳貸せ……」
悪戯っぽい顔でオレはアコニスに耳打ちする。
スプリットではなく、ナックルやジャイロボールでもない。
尚且つ、アコニスの剛速球を活かす直進系の変化球。それをレクチャーした。
「それじゃ、頼んだぞエース」
「うん、わかった」
これで勝負を掛ける。マスクを被り直すと、コースはど真ん中でそれを投げるようサインを送った。
ぶっつけ本番。相手はチームの主砲にして最強の打者。
そんな相手に対し、いきなり教えたばかりの変化球を試させる。正気の沙汰ではない。
いつになく心臓が煩い。緊張で背筋が凍る。それなのに汗が止まらない。
今すぐ叫び出して逃げてしまいたい。心がふわふわと落ち着かない。
けれど――
(そういう勝負がしたくて、オレはマスクを被ってんだろうが!)
受け容れろ。オレは今、最高に緊張している。それと同時に、この打者が三振する所を見たくて仕方がない。
なればこそ。今、尋常に勝負――――――!
やがてアコニスが頷いた。いつになく、緊張の面持ち。この一球が試合の趨勢を決すると、肌で感じているようだ。それは正しい。
だからこそ、彼女に投げて欲しい。
アコニスならば。彼女の強心臓と勝負根性なら、勝てると確信してるから。
静寂のグラウンド。打者対投手の構図で、両者の一挙手一投足を全員が固唾を飲んで見守る。
彼女が一塁側から大きく振りかぶってゆっくりと投げ始める。
渾身の腕の振りから剛速球が、放たれた。速度はツーシームと同程度。
クロスファイヤーのコースは少し内角に入り込む。打ち頃と見做されたかもしれない。
その方が良い気もする。ただし、球がちゃんと思った通りの変化を起こしたらの話だが。
虚空を斬り裂いて驀進する白球に、打者がフルスイング。軌道に対し、ヘッドの進行方向がアジャスト。狙い撃たれる。球筋が変化しなければ、しかし――
「――ッ⁉」
スイングで付与されたシュート回転で球が変化。左打者に対し内角に折れながら急激に落ち始める。これはそういう球種だ。
これまで曲がったり落ちたりする変化球を相手にして来ただろうが、ここまで急激に曲がりながら落ちる球は見たことがない打球が高く舞い上がる。
(はああああああああああああああッ⁉)
いくらタイカップ式でミートポイントが広いとはいえ、なんで制動で体勢が崩れた打ち損じでそこまで飛ぶんだよ⁉
普通なら内野フライ。だが現在、打球はブリュムの頭上を越えた。前進守備が完全に裏目に出ていた。
「ブリュム、ストップ!」
二塁のベースカバーに入ったリュクセラが待ったを掛けたのには訳がある。三遊間の深い所に落球するのを、ミカが必死になって追いかけていた。
いや、そこは違う。打球の勢いがないから跳ね際を取ればそれでいい。
ダイビングキャッチはリスクが高過ぎる。尻ぬぐいに中堅手のラシーヌが後方に駆け出しているのがせめてもの救いだった。
「やあああああああああああああ!」
ミカが全力でダイビングキャッチを敢行。宙を舞い、白球に向かって五体を擲った。
取りに行くなら必ず捕ってくれ。切々と祈りながら固唾を飲んで見守る。
判定は――
「アウトー!」
「っしゃあああああああああああああッッ!!」
これで報われた。込み上げる猛烈な歓喜に、オレは力の限りガッツポーズを決めた。
「ゲームセット!」
審判が試合終了を宣告する。
ラタトスク寮 対 ユニコーン寮の試合。結果は六対四。
これが、オレたちが校内リーグで初めて勝った試合となった。




